ヴェイルーダ侯爵家の末路

すみ 小桜

第1話

 「クラリサ。気分はどう?」

 「最高よ。あなたの子が産めて」

 「まさか、あんな事になるなんてな。陛下も君との婚姻を認めてくれるとは」

 「でもこんな、へき地で暮らす事になったけどね」

 「私は、君と一緒ならどこでも頑張れる。かわいい娘も生まれたしな」

 「うん。ルフォン、ありがとう。愛してるわ」

 「私も愛している。君たちを幸せにすると誓うよ」


 二人は、唇を合わせた。甘い幸せな時間が流れていく。

 スヤスヤと産まれたばかりの女の子とベッドに横たわるクラリサを柔らかな瞳で見つめるルフォン。この家族の幸せは、多大な不幸の上に成り立っていた。


 本当に、プラシッドには感謝しかないわね。私を抱く気はないからルフォンに頼めなんて言われた時には驚いたけど。

 彼の作戦に乗って彼の子として宿したけど、本当に成功するのかと思ったけど、まあ彼が考えたよりもいい結果になったわよね。





 ヴェイルーダ侯爵家へ嫁いだサーシャは、体が弱く妊娠後、療養も兼ねて自然豊かな別邸で過ごしていた。不安がるサーシャの為に彼女の夫であるアドルフが、サーシャの友人であるユリアンナに来てもらおうと連絡すると、彼女も妊娠中だと発覚。

 ユリアンナは、男爵家へ嫁いでいたのでこれ幸いと、二つ返事で承諾。出産日も近い事から同じ助産婦に見てもらえるように手配し、一緒に過ごす事になった。


 同じ子爵家だった二人には、結婚で格差が生まれていた。侯爵家へ嫁いだサーシャは気にしていないが、男爵家へ嫁いだユリアンナはサーシャが羨ましい。なので、これを機に少し贅沢を分けてもらおうと思い過ごしていた。

 予定ではユリアンナの出産日が先で、二日後がサーシャだ。予定通り先に産気づいたのはユリアンナだったが、一時間もしないうちにサーシャもすぐに産気づく。そして無事に同じ日に子供が生まれた。

 サーシャにはかわいらしい女の子が、ユリアンナには元気な男の子が。

 だが無事に生まれたのにも拘らずサーシャは、落ち込んでいた。


 「どうしたの? 体調が悪い?」

 「ううん。違うの。体調は大丈夫。でも、男の子じゃない」

 「え?」

 「ユリアンナが羨ましいわ。私はもう子供が産めない。どうしたらいいの。アドルフ様は、男児を望んでいたのに」


 サーシャは、子爵家だが魔力量が多いとヴェイルーダ侯爵家に見初められたのだ。彼女は、アドルフに愛想を尽かされるのを恐れていた。

 ヴェイルーダ侯爵家は、魔導師家系で魔力量の多い者を娶る。より良い血筋の者を残すために、嫁はその道具・・なのだ。それをサーシャは理解していた。

 もう子を産めない体。一度きりの出産。彼女の運命を決める出産だったのだ。女児だとはいえ子は追い出される事はないにしろ、自分はそうだとは限らない。いやむしろ、男児が欲しいのなら邪魔だろう。離婚して健康な嫁をもう一度娶る為には。


 サーシャは、アドルフを愛していた。好きになったのは結婚をしてからだ。婚約が決まったのは、サーシャが10歳、アドルフが16歳の時だが、彼に会ったのは結婚する数日前だった。


 彼らが住むメオダート王国では、10歳になった子供の魔力を測定し魔力を持った子供は15歳から2年間、王国魔法学園に通う事が義務付けられ、卒業すればそれなりの職に就く事が約束されている。もちろん女子も職に就く事は可能だが大抵は、魔導師の家系へ嫁に行く。

 ヴェイルーダ侯爵家では、より高い魔力の者を娶る為に婚姻が許される16歳まで婚約者は作らずにおき、学園で最も優秀な者と今まで結婚していたのだが、その年に10歳になったサーシャが学園に通う者達よりも魔力量が多かったのだ。それを知ったヴェイルーダ侯爵家はすぐさま彼女と婚約して、サーシャが16歳になり学園を卒業するのを待って結婚をした。


 ヴェイルーダ侯爵家には、闇魔法を使う恐ろしい魔導師という噂があり、サーシャはアドルフと結婚するまでは恐ろしい魔導師だと思っていたのだ。顔合わせの時だってにこりともせず、サーシャは結婚をしたくないと思っていた。だが口少ない彼は、昼間寂しい思いをして過ごすサーシャに優しくしてくれたのだ。

 サーシャはいつも義母のローレットと過ごしていた。彼女は常にこう言っていた。「あなたの仕事は、立派な後継ぎを産む事よ」と。それなのに、生まれて来たのは女の子だったのだ。


 「ねえ、だったらこうしない? 子供を交換するの」

 「え!?」


 どうしようと怯えるサーシャに、ユリアンナは驚く提案をした。あまりの事にサーシャは、彼女をポカーンと見つめる。


 「あのね、将来二人を結婚させるのよ。そうすれば、その子はあなたの娘になるわ」

 「で、でも」

 「あなたの子はしっかり育てるわ。そうすれば、アドルフ様もお喜びになるわよ。二人が結婚する十数年を私達二人で見守りましょう」

 「で、でも……」

 「私が言いたいのは、あなたの味方なのよってこと。子供の事だし不安でしょう。魔法契約書を作成しておきましょう」

 「ほ、本当にこの子をちゃんと育ててくれるの?」

 「当たり前じゃない。結婚させる為にもそれまでは交流を続けましょう。でもこの提案を無理強いするつもりはないの」

 「……でも、助産婦さんは知っているわ」

 「ここは、お金で何とかしましょう。と言っても私にはお金がないからあなたに払ってもらう事になるけど」


 少し間を置いて、サーシャはこくんと頷いた。


 ユリアンナも少なからず魔力を持っていた為、魔法学園を卒業している。なので、結婚してから妊娠して一緒に暮らすまでの間だけ会えないでいたぐらいずっと一緒にいた親友なのだ。迷ったが、明日にはローレットがまず来るだろう。長く悩んでいる暇がなかった。


 きっと大丈夫。上手くいく。サーシャはこの選択が最善だと思ったが、ユリアンナはほくそ笑んでいたのだ。彼女は、サーシャの性格をよく知っていた。心では、バカな子と蔑んでいるなど、サーシャは思いもしない。


 そして二人は、この選択が恐ろしい結末になるとは露知らずにいるのだった――。

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