第2話

 二人の思惑は、驚くほどにうまく行った。

 助産婦も協力してくれたのだ。魔法契約書もちゃんと作成した。

 女児は、シューラと名付けた。その子は、サーシャとアドルフの子。魔力量が多いのは調べなくともわかる。その世代の一番になるかはわからないが、女の子の中なら一番になるだろうと、サーシャは考えていた。

 なので魔法契約書などなくとも大丈夫だと思うも、ユリアンナが信頼しあっているからこそ必要で、将来の事だからと作成に至った。


 魔法契約書は、それぞれの魔力により契約する。それは、契約が達成されるか不履行になるまで有効で、契約に背けば制裁が下る。


 サーシャ・ヴェイルーダは、プラシッドを預かり自分の子として育て、将来自身の子供のシューラと結婚させる事を約束する。

 ユリアンナ・グロンキーツは、シューラを預かり自分の子として育て、将来自身の子供のプラシッドと結婚させる事を約束する。


 こうして子供は交換され、それぞれの家で育てられる事になった。


 プラシッドは黒に近い紫色の瞳に紺色の髪で、サーシャにもアドルフにも似ていないのではないかと思うと、ヴェイルーダ侯爵家の者にバレるのではとサーシャはハラハラするが、まさか子供を交換しているなど思っていないのだから疑われるはずもない。後ろめたさがあるサーシャは、気が気ではないのでおどおどしてしまう。


 アドルフの瞳がディープシベリアンなので全く違う色でもないからきっと大丈夫とユリアンナに言われた通り、ヴェイルーダ侯爵家の者は男児だと大喜びしサーシャは安堵する。


 シューラは、サーシャの瞳と同じルビー色で髪もピンク。アドルフに似ず本当の母親のサーシャに似てしまったこの子は見せるわけにはいかないと、ユリアンナはヴェイルーダ侯爵家の者が来る前に先に自分の邸宅に帰っていった。

 こうして疑われる事なく、サーシャとプラシッドはヴェイルーダ侯爵邸に帰ったのだ。


 その後、約束通り二人の交流は行われる。

 シューラの髪は、サーシャに会いに行く時には、ユリアンナと同じ赤に魔法で髪を染めてごまかした。

 魔法でごまかしても凄腕魔導師の前では意味がないではないかと、サーシャは最初の頃はハラハラしていたが、魔力を持つ者は私生活でちょっとした生活魔法として色々と魔法を使用する。よっぽどの事がない限り、魔法を使っている形跡を感じてもどんな魔法を使ったかなど調べない。

 ユリアンナは、そこまで計算をしていた。サーシャの幼馴染で親友で一緒に子供を産んだ仲。子供を取り換えているなど思ってもいないのだから当然だ。


 「もう、堂々としていなさいよ」

 「そ、そうね」

 「子供にも影響するのよ」


 ボゾッとユリアンナは、サーシャに言った。

 子供達にも、自分達が入れ替わっているなど知らせていない。

 シューラとプラシッドが10歳になるまでこの関係を続ければいいだけだ。サーシャとユリアンナはそう思い、日々幼馴染の子を我が子として育てていた。


 魔導師の家庭では、5歳頃からちょっとした生活魔法を子供に教える様になる。ヴェイルーダ侯爵家も例外なく、プラシッドに教える事になった。だがそこで、問題が発生したのだ。

 普通は生活魔法をこなせるだけでいいが、ヴェイルーダ侯爵家はそうではなかった。魔法学園で学ぶような事を5歳の子に教えるのだ。指導するのは、常時家に居る母親のサーシャと祖母のローレット。

 ローレットは、アドルフに教えていてこれに関しては経験済み。だからプラシッドのへっぽこぶりに、凄く驚いた。


 半年経っても生活魔法以外の魔法を一つも使いこなせないのは、プラシッド本人のせいではなく教える側が悪いと、家長であるジャストに叱咤されたローレットは指導に熱が入る。いや、鬼のようにプラシッドに妥協を許さない。まさか、魔力が少ない・・・せいで出来ないとは思っていないからだ。


 月に一、二度、シューラと会う事も出来なくなった。そんな事をしている暇などないと、ローレットはサーシャにも辛く当たっていた。

 サーシャはどうしていいかわからなくなっていく。プラシッドは毎日泣き叫び、欠陥品を産んだとジャストとローレットには冷たい態度を取られるようになった。

 しかしプラシッドは欠陥品ではなく普通だった。15歳になってから習う事を5歳の子にさせようとしていたのだから。魔法学園に通う生徒の半数以上は教わるだけで出来る様になるわけではなく、ヴェイルーダ侯爵家が求める基準がおかしいのだ。

 だがヴェイルーダ侯爵家では、今までこのやり方で出来ない子はいなかったのだから仕方がない。


 サーシャも学園は卒業しているがすべてをマスターしたわけではなく、プラシッドはユリアンナの子で魔力も少ないだろうと推測で来た。なので、出来なくて当たり前だ。


 まず学園に入ると魔力量を増やすやり方を習うが、多いと思われているプラシッドにはそれは行っていない。因みにサーシャも行っていなかった。行うのは、学園で習う魔法を行える魔力量に達していない者達だ。だから半数以上の者は行わない。

 学園に通う者で魔力量が足りない者は、10歳の魔力測定で魔力があったと初めてわかった者達だ。つまり、代々魔導師の家系は、5歳から生活魔法を使う様になり、使う事により自然に魔力量が増えていく。学園に通う頃には、授業に必要な魔力量を超えていた。サーシャが異例なのだ。


 こっそり魔力量を増やす方法を教えたくとも知らないので教えられない。まさかこんな事になるなんて! と、今更後悔したところで遅い。サーシャが出来る事は、プラシッドを守る為にお願いする事ぐらいだ。ジャストやローレットに頼み込んでも聞き耳なんて持たない事はわかっている。だからアドルフに直接頼む事にした。


 「お願い、アドルフ様。プラシッドを助けて。あの子が出来ないのは私のせいなの」


 泣いて懇願すると案外簡単にわかったと承諾してくれて、プラシッドには自分のペースで行う事を両親に納得させたのだ。いや、ローレット達は、プラシッドに見切りをつけた。三人の話し合いを知らないサーシャは安堵する。


 その後やっとユリアンナに会う事が出来たサーシャは、事の顛末を彼女に話した。するとユリアンナは、プラシッドに魔法を増やすやり方を教えてくれるという。よく考えれば、ユリアンナも10歳の魔力測定で魔力があるとわかった一人だった。魔導師の家系ではない彼女は、魔法学園でその方法を授業で習っていて知っていた。

 ただヴェイルーダ侯爵家で、その様な事が行われるとは思っていなかったので、彼女も驚く。

 もちろんユリアンナが嫁いだグロンキーツ男爵家も代々魔導師の家系だが、一般的な魔導師の家系だったので生活魔法を教える程度だ。


 ユリアンナは、会わないうちに三人目をお腹に宿していた。その為、またしばらく会えなくなり更に問題が発生するなど、安堵したサーシャは思いもよらなかった。

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