第4話
「アドルフ様……」
サーシャが目を覚ますと、驚くことにアドルフが傍についていた。
「君は、ヴェイルーダ家には向かないな」
そう言って彼女の頭を優しく撫でる。
アドルフは、優しい彼女はこの厳しいヴェイルーダ家で過ごすには弱すぎると言ったのだが、サーシャはそう受け取らなかった。
満足に子育ても出来ない役立たず。そう捉えた。
もう何もかも投げ出したい。どう頑張ってもプラシッドをシューラと結婚させる事は不可能だ。それならもう、この家を出て行きたい。だがこのままプラシッドを残し家を出るとなれば、契約違反だ。ユリアンナは許してくれないだろう。いや婚約の事が知れれば、シューラがどうなるかわからない。
今ここで、本当の事を話したらどうなるだろうか?
ふとそんな思いがサーシャの頭をよぎる。
「どうした? どこか痛いか?」
いつのまにかまた、サーシャの頬には涙が伝っていた。
「シューラに会いたい」
ボソッとサーシャは本音を零す。
「わかった。すぐに会えるように手配する。ただし、それで彼女とは縁を切れ」
「え……」
仲がよい二人を引き離すのは忍びないが、きっと子供たちの結婚の約束をしたのだろう。縁でも切らなければ、サーシャはずっと負い目を感じつつユリアンナと交流しなければならない。
本来なら友人と会うのはストレス解消になるだろうが、彼女とはそうはならないだろうと、アドルフは直観する。彼の直観は当たるのだ。
「ど、どうして……」
「それが君の為だから」
そういうとアドルフは、部屋を出て行った。彼と交代するように、プラシッドが部屋に入って来た。
「お母様。ごめんなさい。僕のせいだよね?」
幼いながらも父親と喧嘩したのだろうと、その原因が自分なのだろうと思ったのだ。
「そうね……」
「え……」
だが直接そうだと言われれば、ショックも受ける。プラシッドはわんわんと泣きだした。その姿を見てもサーシャは何も感じない。彼は悪くない。そうわかっていても、プラシッドが魔力をもっと持っていれば何とかなったのではないか。
全部プラシッドのせいにしてしまおう。サーシャは、心が壊れてしまった。
「あなたは、私の子ではないわ」
「ご、ごめんなさい! もっと頑張るから……み、見捨てないで」
プラシッドは、言葉の意味を出来損ないはいらないと受け取った。今までかばってくれていた母親が、本当の母親ではないなど思うはずもなく、喧嘩の原因を作ったプラシッドにそう言ったと思ったのだ。
「シューラが私の子……」
サーシャは、本当の事を告げたつもりだったが、出来損ないの子はいらない。それならシューラの方がまだましだと言われたと思い、プラシッドはうわーんと泣きながら部屋を出て行った。
「今までごめんね……」
事実を知って出て行ったと思ったサーシャは、そう呟いた。
「こんな事をしなければよかった……」
「あ、そうだ。シューラにも告げて、二人で暮らそう……」
凄くいい案に思えた。今までの時間を取り戻す。
プラシッドは、ユリアンナの元に戻らないが、彼女には二人も子供がいるんだからいいではないか。それに、プラシッドは侯爵家の男児として過ごせる。しかも王女と結婚できるのだ。
万事丸く収まる。名案だ。やっと少し気分がよくなった。
「大きくなっただろうなぁ」
子供の成長は早い。一年ほど会えていない娘に思いを馳せる。
驚くことに、次の日にユリアンナはサーシャの元へ訪ねて来た。直接アドルフが訪ねて来て、明日来て欲しいと言われれば行かないわけにいかない。
ユリアンナは、二人の子を侍女に預けシューラを連れて訪れた。彼女の家には、乳母などいない。爵位を持っていても貧しいのだ。
シューラは、みすぼらしい格好で現れた。今までシューラの衣装代としてこっそりユリアンナにお金を渡していたが、一年も間が空けばそのお金もなくなる。そもそも親にすれば、他の子供より自身の子に買い与えるものだ。
そんな事は、サーシャには思いつかない。まずお金に困らないし、自身の子が傍にいないのだから。
我が子を目にしてサーシャは涙ぐむ。やっと会えた。
「シューラ、こっちへおいで」
そう呼ばれたシューラは戸惑い、ユリアンナをチラッと見る。
「行ってあげて」
わかったと頷くとシューラは、サーシャの傍へ寄った。
シューラには、プラシッドと遊んだ記憶はあっても、あまりサーシャの記憶はない。この歳で一年も会わなければそうなるだろう。だから突然、がばっと抱き着かれれば、凄く驚く。
その様子を見たプラシッドは泣きそうなのを我慢する為に、唇をかみしめた。
会わせるのは最後だと思っていたアドルフは、ユリアンナとシューラだけで会わせてやろうと思ったのだが、昨日の事もあり不安でたまらないプラシッドも同席したのだ。
「シューラ、ごめんね。私が、あなたの本当の母親なの……」
そう告げサーシャは、シューラを見つめた。
シューラは意味がわからず困り顔でユリアンナに振り向く。
ユリアンナは彼女が熱にうなされ、たまらずシューラに抱き着いたと思った。
「もう休むといいわ」
「もう少しだけ、娘と話させて」
ユリアンナはぎょっとする。アドルフがいなくてよかったと思いながらサーシャを寝かせ、シューラと手を繋がせる。
サーシャは元々体が弱い。こうして娘と手を繋いで横になっていれば安心して眠りにつくだろう。
それをプラシッドは、黙って眺めていた。彼にも娘と言う単語が耳に届いていた。
ふとユリアンナとサーシャを見ていて、不安がよぎる。
もし仮にシューラが本当に娘で自分が息子ではないのなら、自分は誰の子なのだろうと。プラシッドは、サーシャによく言われていた。シューラと同じ日に生まれたと。運命だと。
プラシッドは、怖くなった。もしかしたら自分はサーシャの子ではなく、ユリアンナの子なのではないかと。そんな事は決してないと思うも、ユリアンナはサーシャがもう少しだけとせがんだ時、頷いたのだ。
大人が見れば、混乱しているサーシャの気持ちを汲んで何も言わずに頷いただけととるだろうが、プラシッドはそこまで及ばない。
だから確かめずにはいられなかった。
「僕の母はどっち?」
サーシャを安心させる為に、少し二人から離れたユリアンナにぼぞっとプラシッドは聞く。
ユリアンナは、プラシッドに驚いて振り向くも、にっこり微笑んだ。
それを見たプラシッドは安堵する。
そんなわけないでしょう。あなたの母親は、サーシャよという笑顔だと思って。
「気が付いたのね。私が本当の母親よ」
だが耳を疑うような言葉にプラシッドは目を見開き、母だと名乗ったユリアンナを見つめるのだった。
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