第11話

 ぐしゃり。

 アドルフが魔法契約書を握った。


 「あぁ、お前の言う通り私は間抜けだった。だが、彼女はなぜこんな事をした?」


 その理由が、アドルフにはわからない。この愚かな行動をどうして行ったのか。


 「あの子は、あなたに嫌われたくなかったのよ。もう子供が産めないのに女児が産まれたって」

 「……だとしてもなんでこんな事になる」

 「そうね。私が言い出した事よ。でも魔法契約書を見てわかるでしょう? サーシャは男児が欲しかったのよ」

 「………」

 「だから子供を交換しようと言った。二人を結婚させれば、シューラは公爵家に戻って来るからって」

 「それでもわからない……」


 アドルフは呟く。

 理解し難かった。

 話を聞くまでもなく、理由はそれぐらいしか思いつかなかったが、まさか本当にそれが原因だったとはとため息をつく。


 「僕は、何となくわかるな、その思いだけは。後継者はこうであるべきと絶対的だっただろう。あの人が、結局言い出せなかったのはそうだったから。僕が他の者と婚約させられると言うのに」

 「それは契約書があるから言えなかったのだろう」

 「っは? 契約書? 言った途端死ぬわけでもないし。話せば命は助けてもらえたのにな」


 アドルフの言葉に、プラシッドは残念だったという素振りを見せる。

 プラシッドの言う通り、すぐに死ぬわけではない。アドルフに言って助けを求めれば、契約書を解除できただろう。

 今のプラシッドには、アドルフの凄さがわかるのでそう思った。

 だが、自身が施した魔法を解除し、闇魔法を展開する姿を見ていなければ、そう思い至らなかっただろう。

 魔法契約書は、それぐらいの効力があった。


 「確かに。私には、解けただろう。だが、彼女はそう思わなかったのだろう。こういう魔法契約書には、死守する対象も失う可能性がある。この場合は、子供達だな。それなのになぜ行った?」

 「……私の方は、約束を破る事はないと思ったからね。その魔法契約書は子供達が結婚するまで有効だから。まさかそれを解除できるほどの魔導師だったとは思っていなかったわ。本当に闇魔法を使うようですし。このまま、私達を殺す気ですか?」


 ユリアンナは、震えながらもそう果敢にアドルフに言う。


 「そうしたいと思っている……」


 その言葉に、二人は息を呑む。


 「グロンキーツ男爵夫人、あなたは親友だと言っていたサーシャを本当はどう思っていたのだ。私が縁を切れと言った時に、そのまま縁を切っただろう。あのままだと、サーシャが死ぬとわかっていながら」

 「そ、それは……私だって助けたいと思ったわ。正直、こうなるなんて思っていなかったもの。あなた方の教育が異常だったからよ! 話せば私は見殺しにされるかもしれないじゃない。この子がどうなるかもわからないじゃない! そもそもあの年で婚約なんてさせるからこうなったのよ!」


 ユリアンナとて、円満に魔法契約書通りになった方がいいに決まっている。

 変な話、あの時にお金を渡されなければ、後日でも話に言ったかもしれない。だがお金に目が眩んだ。

 自分との私生活が全然違うのが、行けばよくわかったから。


 「ふん。こんな僕を見捨てて、再婚なり愛人なり作って、子供をこしらえればよかったんだ。男児が産まれれば、僕を婿に出せばいい。そうすれば、円満解決だったかもな」


 魔法契約書には、結婚させる・・・・・となっているのだから、プラシッドの言う通りだった。


 「それは契約書を見た時思ったが、知らなかったからあれが最善だと思ったんだ! まさか自分自身の手で首を絞めていたなど思う訳ないだろう!」


 突然怒鳴り出したアドルフに二人は驚く。

 先ほどまでは怒りを内に秘めているが、そこまで感情的ではなかった。


 「まさか、サーシャを愛していたの?」


 二人は、政略結婚だった。

 アドルフの顔は整っていてサーシャが惚れるのもわかるが、彼女は平凡な容姿だ。魔力量が多いだけで、他に秀でているわけでもない。


 「……彼女は、侯爵家の息子として私を見なかった」

 「まあ、確かにそうね。私にはかなり羨ましかったけど」

 「プラシッドがそうだったように、私の幼少期も同じ様なものだった。だが母は、シューラの様に助けてはくれなかった。だから彼女を追い出したくなかったのだ。私は、二人を人間として扱ったつもりだった」

 「人間? 道具の間違いだろう?」


 その言葉を聞いてアドルフは、ギュッとこぶしを握る。


 「一つ言っておく。私は、プラシッドに魔力がなくても見捨てる気はなかった。お前には、私の様にならないでほしかったから。逆に安堵していた」

 「は? 何それ。噂の死神ってやつ?」

 「噂は本当だ」

 「………」

 「噂って何?」


 恐る恐るユリアンナは、プラシッドに聞く。


 「違法な事や不正をした魔導師を裁き、制裁を与える死神。でも本当に殺すわけではないだろう? 魔力を封じるだけ。僕には、何にも影響ないようなもんだけどな」


 最初から魔力が少ないプラシッドにはそこまでの罰にはならない。魔導研究員ではいられないだろうが、そもそもそれを選んだのは復讐の為だ。

 成し遂げられないのは残念だが、目の前にいるアドルフは苦しんでいる。プラシッドは、ざまぁみろと思っていた。


 「違うな」

 「違う? 何が?」

 「処刑の方法だ」

 「処刑? もしかして、本当に殺しているとか言わないよな」

 「そうだ」


 アドルフの返答に二人は、言葉を失う。冗談を言う相手でもなく、そういう状況でもない。


 「い、今までよく捕まらなかったな」

 「捕まるわけがないだろう。王家の命で行っているのだから」

 「なんだと!」

 「代々ヴェイルーダ侯爵家では、裏仕事として行っていた。お前とサーシャの為にクラリサとの婚約を承諾した時に、私も腹を括ったというのに!」

 「私達を殺すというの? 陛下がそれを命じたと?」

 「いいや。まだ命じられてはいない」


 ユリアンナは、その言葉に安堵する。


 「さて、娘はどこだ?」


 アドルフの言葉にユリアンナはビクッと体を震わす。


 「そ、それは……」

 「結婚したのだろう?」

 「いや、婚姻の形跡はない。どこにいる」

 「え……」


 さっき聞いたいないとは、結婚していないと言う意味ではなかったのかと、プラシッドはユリアンナを見た。


 「まさか、始末したのかよ」

 「そんなわけないでしょ!」

 「では、どこにいる?」

 「こ、この世にはいません……」


 青ざめ俯いたユリアンナが、聞き取れるかどうかという小さな声で言った。


 「な、なんだと?」

 「始末してないって言わなかったか? 死んだってどういう事?」

 「病気よ! シューラの葬儀の時に下の子達が風邪を拗らせて。それがうつったの。お金がなかったから薬を買えなかっ……ごほっ。え……まだ魔法陣が……」

 「そうだ。展開中だ。どれが嘘だ? 全部か! 答えろ!」

 「ひぃ。だってもう守らなくてもいいじゃない。薬代って高いのよ。だからあの子には、薬を使わなかった。だけど、死ぬなんて思わな……ごっほ」

 「懲りない奴だな。本当の事だけ言え!」

 「う……放置したわ。だって、このまま生きていて10歳になったらバレるじゃない! 気づくでしょう? だ、だから……うううう」


 ユリアンナの言葉を聞き、アドルフは彼女を凄い形相で睨みつけている。

 この闇魔法の効力で、質問を受ければ何かしら答えなくてはならず、そこで嘘を言えば命が削られる仕組みだ。

 結局ユリアンナは、自身の為にシューラを見殺しにした事を白状したのだった。

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