第12話

 「あははは……」


 突然笑い出したアドルフに二人はギョッとする。話を聞いてとち狂ったのかと思った。


 「……見殺しにしただと? プラシッドは、シューラの願いを踏みにじった。死に値する!」

 「は? そんなの私怨だろう! それともそういうのも王は見逃すのか? だったら王家も狂ってる!」

 「最初からすべて狂っていたではないか。女児だったらこの仕事もしなくて済んだというのに。この闇魔法は、王から賜る物だ。唯一王族には聞かない魔法。そして、扱えるのは男性のみ」

 「え……では、シューラは無駄な事をしたというの?」


 アドルフが望んでいたのは女児だったのだから。


 「母上も裏仕事の事は知らないからな。彼女に男児を産めと言ったのだろう。いや父上も望んでいた。私が裏仕事を渋っていたからな。あぁでも、それも今日で終わりだ」

 「な、何をする気だ」

 「関わった全ての者を屠る」

 「何ですって! 闇魔法ってそんな事も簡単に出来ると言うの?」

 「いや、簡単じゃない! 他の者の命を奪うという事は自身の命も奪うという事だ」

 「言っただろう? 全て・・の者と。私自身も含まれる」

 「だとしても。ふ、不可能だ! 魔法陣を展開してる中の人物だけだろう?」

 「あぁ、そうだ。ちゃんと勉強したんだな。偉いぞ」

 「っく、バカにしやがって!」

 「真面目にやったのは、魔法ぐらいだろうに」

 「……やったって無駄だろう? 褒めてくれた事があったか? 褒めてくれたのはあいつだけだった……」

 「そうだな。その唯一の者の願いを踏みにじったのはお前だ! せめて、その時に明らかにしてくれれば、シューラは助かったのに!」

 「何もかも今更だろう! 最初からおかしかったんだから!!」


 言い合いを始めた二人を呆然と見つめ涙を流すユリアンナ。

 こんなはずではなかった。侯爵家と繋がりを持って幸せになれるはずだったのだ。

 シューラが10歳になるまでプラシッドが婚約しなければ、万事うまく行ったはず。悪いのは、私じゃない!


 「何よ! 全て人のせいにしないでよ! あの子は追い詰められて私の口車にのったのよ! あなたが女児でいいからと一言言ってあれば起こらなかった事じゃない! 私は悪くないわ。シューラが10歳になれば凄い魔力の持ち主だとわかったのだから! そうすれば、二人が婚約したでしょう? サーシャは、懇願したはずよ! きっと10歳まで待ってって!」


 泣きながら大声でユリアンナが言う。

 サーシャはそう言ってアドルフに泣きつていた。だが、彼女達を追い出さない為にクラリサと婚約させる事でとどめたのだ。それが悪手だった。


 「確かにそう泣きつかれた。だが本当に浅はかなのだな。10歳になってシューラが凄い魔力の持ち主だとなれば、我々とて気づく。二人が入れ替えられたとな。二人が、行為で行ったのであれば可能なのだから」

 「え……」

 「ふん。この人がそこまで考えが及んでいたらこんな事してないだろう? 俺にだってわかった事だよ。でも考えてみれば、10歳の時に凄い魔力の持ち主は現れなかった。そうだよな。生きていれば、必ず知れた事だった。失念していたよ。まさか殺すとは思ってもみなかったから。彼女が生きていたら、その時に僕は公爵家から追い出されていただろうね」

 「そ、そんな……」

 「二人が生きていれば、入れ違いになっていると思われないと思っている時点で愚かだ。唆されたとは言え、本当にシューラはなんて馬鹿な事をしたんだ……。さあ、覚悟は出来ただろう?」

 「僕はもうどうでもいいさ。どうせ、暴露した時に死ぬつもりだったのだから。ただ、あんた達に生き地獄を味合わせられないのが悔しいけどな」

 「それなら生き残った父上が味わうだろうな」

 「いやぁ!! やっと息子の婚約が決まったのよ! こんな事で死ねないわ!」

 「だったら死ぬ気で走って魔法陣から出ればいい」


 泣き叫ぶユリアンナにプラシッドがそう言った。


 「え……出られるの?」

 「体が動くんだから出られると思うけど? ただ、死なないだけで生き地獄を味わうだけだ。わからないの? その息子の婚約は破棄されるさ」

 「そ、そんな……なぜこんな事に……ううう」

 「本当に腹が立つ。全部自分自身のせいじゃないか。自分の都合しか考えなかったツケが回ってきただけだろう」

 「言っておくが、この魔法陣からは解除しないかぎり中に居る者は外に出られない。でなければ、質問している間に逃亡が可能だろう? そしてこの中にいる限り、発動者以外の者は魔法を扱えない。だからお前は、屋敷から出られない」

 「屋敷だと! その大きさの展開を……」

 「もちろんだ。相手は複数の時もあるのだからな。私達の秘密を守る上でも逃がすわけにはいかないのだから」

 「ま、待って。もしかして、関係者って屋敷に居る者全員というの?」


 そう聞くユリアンナの声は震えている。


 「言っただろう関わった者と」

 「そ、そんな! 息子も居るのよ! お願い! 関係ないのだから見逃して!」

 「随分と都合の良い事を言うのだな。お前が侯爵家の娘と自分の息子をすり替えた事が知れれば、こんな男爵家は取り崩される。息子が生きていく術などなくなるだろう。そう最初からないのだ!」

 「あぁ……」

 「って、本当に出来るのかよ。屋敷の全員を殺す事。対価が命一つなんだけど」

 「そもそもそういう闇魔法だ。陛下から許可頂いた対象を屠るのには、他の代償が用意されているからな。ただ多大な魔力が必要なだけだ」

 「あはは……じゃ僕は、殺人鬼にさせられることろだったのかよ。ねえ、母さん・・・。僕がこんな侯爵家の息子になって満足?」

 「……ごめんなさい。許して、プラシッド」

 「許せるわけないだろう! 侯爵家には僕の幸せな時間などなかったんだから!」

 「羨ましい事だ。最後に親子喧嘩が出来たのだから――」


 その日、グロンキーツ男爵家に静寂が訪れ、次の日に主人が帰宅し、この惨事が発覚するのだった。



 屋敷の中は、昨日の静けさが嘘のように騒がしく複数の足を音が響き渡る。

 連絡を受けた兵士に魔導師が、グロンキーツ男爵家の屋敷の中を右往左往していた。


 「な、なぜこんな事を……」


 横たわるアドルフを目にし、事の次第を確信したジャストが膝を折り崩れ落ちる。

 王家から賜った闇魔法を使い、この屋敷の者を皆殺しにした。もちろん、自身の命と引き換えに。


 「その……隊長……ご子息の手にこれが……」


 配下の魔導師が恐る恐る手渡す紙二枚に、この醜態の全てがあるのだろうと悟りジャストは受け取った。


 「な……これを見た者はお前だけか?」

 「は、はい。誰にも見せておりません。も、もちろん、他言致しません」

 「そうしてくれ」


 魔法契約書と闇魔法の魔法陣の計画書。それを見ればなぜこんな事が起きたのかすぐに理解できた。

 ここには、息子だと思っていたプラシッドの遺体もあった。シューラの友人の夫人の遺体も。いやこの屋敷がその女の屋敷だった。


 「私が、男児に執着しなければ……」


 ジャストは、今までにない悲壮感を漂わせてる。

 きっと王家からのお咎めは免れないだろう。

 一番の気掛かりは、プラシッドとクラリサの間に出来た子。

 いやもうどうでもいいか。あんなに楽しみにしていたのに。プラシッドが不出来だった分、期待は大きかったというのに。

 ジャストは、だんだんとやる気がなくなっていく。そう希望が何もなくなったのだ。


 その後、残虐な行いをしたヴェイルーダ侯爵家は奪爵され、グロンキーツ男爵家は後継ぎもいなくなり廃爵となった。

 世間ではこの事件は、息子のプラシッドが、亡き妻の友人のユリアンナと逢瀬をしているのを突き止めたアドルフが、怒り狂い魔法を使い皆殺しという残虐行為に至り、自害したという話として世間を騒がせたのだった――。


                                END

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ヴェイルーダ侯爵家の末路 すみ 小桜 @sumitan

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