第9話
「失礼する」
「こ、これは……ヴェイルーダ侯爵。あの、ご子息は今日は休日でして」
プラシッドの上司が、アドルフが訪ねて来た事に驚き焦りを見せた。
自身の噂の事を知っているな。とアドルフは確信する。
王家の犬。死神と呼ばれ、魔導師の監察官である彼に睨まれると抹消されるという噂だ。世間では死神という二つ名が先行し、闇魔法を使うなどという噂が流れていた。
魔導師の監察官とは、魔導師の不正があれば罰する権利を王家から得ている。
報告があれば、辺境の地でもすぐさま赴き、真相を探るのだ。
そして、悪事が暴かれれば、罰を受けるだけではなく魔法も封印されると聞く。
一度魔導師になった者が、魔法を使えないとなれば死活問題だ。
それをその場で判断し、実行できる権利を持っていた。
知っていれば、彼らを見ただけで魔導師は恐れおののく。
「知っている。プラシッドの部屋を拝見したい。個室を持っていると聞いた」
「え! あ、いえ。彼が休憩時に使っている部屋で……はい。わかりました」
アドルフが睨めば、上司は渋っていたが頷きドアを開けた。
「こ、こちらになります」
上司が言うように、プラシッドに与えられている部屋は一応休憩用の個室という体裁だ。だが、部屋の中を見ればそうではない事が容易に見当がついた。
「プラシッドにこの部屋を与える事になった経緯を知りたい」
「え? いえ、単に休憩時に一人になりたいというので」
上司が言う様に、侯爵家の息子のわがままで、休憩用の部屋を与える事があるかもしれない。だがあくまでも、休憩用の部屋だ。ここはどう見ても、研究室。
「私が、ここを一から調べても構わないが? 手間を掛けさせないでほしいのだが。それに、息子が不出来なのは知っている」
「ひぃ」
アドルフが、そこら辺にあるものを手に取り見ながらそう言えば、上司はすくみ上がった。
まさか、自分の息子を調べる事になるとはな。
アドルフは、複雑な思いでいたが、セリフは淡々としている。
「すみません。あの実は……」
おずおずと上司は、その時の状況を話し始めた。
◇
「ねえ、この部屋休憩室として使わせてくれない?」
ある日突然プラシッドが、上司にそう言った。
「いや、そう言われましても……」
「じゃ、仕事させてよ」
上司は、困惑する。
仕事をさせてほしいと言われても、プラシッドはここに通う魔導師達の中で一番魔力が少なく、仕事を振ってもすぐに枯渇してしまう為に、ちょっとしか仕事をさせられないのだ。
かと言って、魔力を増やすポーションを使って仕事を行うには、あまりにもコストパフォーマンスが悪すぎる。
「僕もさあ、みんなが仕事をしている中、一人ポツンと何もしないでいるのは、しんどいだよねぇ」
仕事が出来ないのは彼が原因だ。それなのにさも、させてもらえないような言い方だが、上司は強く反論できない。
プラシッドの後ろに死神が見えるからだ。
「ここで仕事を終えたら後は部屋にこもっているよ。迷惑はかけないからさ」
周りの人達も彼が仕事を終えた後、じーっと見つめられるのは苦痛だった。
プラシッドは、仕事ができないではなく魔力が少ないので、魔力さえあれば優秀な人材だ。なので、それなりの部署に配属されていた。
「自分でポーションを買って、それを使って仕事すればいいだろう」
「なんで僕だけ? 君だって魔力がなくなれば終了だよね?」
研究員の一人にそう言われれば、プラシッドはそう返した。
彼が言う様に、他の者も魔力が枯渇する時がある。その時は、その日は終了となる。そう規約に定められているのだ。
もちろんそれは、一般的な研究員の魔力量に合わせた規約で、研究員が研究室にこもらない様にする為のものだった。
結局は、他の研究員の平常を保つ為にもそうする事にしたのだ。
プラシッドは、魔力が枯渇すると自身の個室で過ごすようになる。
初めは、本当に休んでいると思っていたが、彼が一人で何か作業をやっていると気が付く。だがそれを注意する事を上司は、躊躇した。
注意すれば、また前の状態に戻るだろう。
プラシッドは、カッとなって暴言を吐いたりはしない。逆に冷静に物事を見ており、自分のやりたい状況に持っていく。その為には手段を選ばないと知っていたのだ。
彼は、個室を望んだ。それを取り上げれば、権力を使って何かしてくるかもしれない。そう思うと何も言えず、放っておいた。
だが、研究員達は違ったのだ。彼らにもプライドがある。
仕事を定時までして、それから自身の好きな事をするのなら問題はない。それが、ポーションを飲んでまで仕事をしないと言いながら、部屋では明らかにポーションで魔力を回復して、何か作業を行っているのだ。許せるわけがない。
結局、密告されたのだった。
◇
「も、申し訳ありません」
上司は、深々と頭をさげた。
これは、彼だけひいきにした事になる。
観察に来た者が親だとは言え、態度を見れば息子だからとはいえ手を抜く様には見えなかった。
「それで、彼がここで何をしていたのか把握しておりますか?」
「それが……よくわからりません。材料も全部自身で用意していたようで、帰る時には、引き出しに全部しまって帰っておりますので、材料さえもわかりません」
つまりは、何を作っているのか尋ねた事もなければ、覗くと言う事もしていない。放置していたという事だ。
「上司としては、あなたは不合格ですね。ところでその引き出しですが、あなたは開けられますか?」
引き出しには、魔法でカギがかけられていた。
「……魔法を解除する事は可能ですが、掛けなおすのは……」
魔法を解除したとなれば、この引き出しを開けたのが知れる。
こっそり確認する為には、魔法を掛けなおす必要があるが、同じ魔法をかけるのには、解析しなくてはいけない。それが出来たとしても同じ魔法を扱えなければ、意味がないが。
上司には、どちらもできなかったのだ。
「覚悟しておいてください」
ため息交じりにアドルフはそう言うと、いとも簡単に引き出しを開けた。
アドルフは驚く事に魔法を解除したのではなく、カギを開けたのだ。これは彼が、魔法に優れている事を意味する。
カギを開けるのには、キーとなる言霊が必要だが、それなしで開けたのだ。
それを目の当たりにした上司は絶句する。
「あぁ、もうあなたはいい。仕事をしてくれたまえ」
「は、はい!」
上司は、慌てて部屋から出て行った。
引き出しには、上司が言う様に材料が入っていた。
研究には、二種類ある。新しい魔法を作る研究と、魔法陣や魔法アイテムを作る研究だ。
アドルフは、魔法陣や魔法アイテムを作る研究員だ。そして、彼は密かに何かを作ろうとしていた。
シークレットスペースがあるだと……。
アドルフは、引き出しの中に材料などが入っている事よりも、引き出しの奥に更に掛けられた魔法に目が行った。
そこまでするとは一体何があるのだ。
スペース的には、ほどんどない。
魔法陣か何かか?
同じ魔法を掛けなおしておくために魔法を解析して、解除する。
「まさか、彼がこんな事を考えているとはな」
プラシッドの個室から出て来たアドルフの無言の圧に、皆誰も口にしませんと青ざめていた。
彼は一体何をしていたのだと思うのだった。
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