第6話
「お母様、お久しぶりです」
もう長くはないと連絡が入り、プラシッドは一人先にサーシャに会いに来ていた。
「大きくなったわね」
懐かしむような瞳でサーシャは、プラシッドを見つめる。
誰よりも先に来たのは、母であるサーシャの愛しさから会いたかったわけではない。人知れず聞きたい事があったからだ。なのに本人を目の前にしたら言葉が出ない。
どうして僕らを交換したの? それを聞きたかった。彼女にも確認を取りたかったのだ。そして出来れば、何を言っているのと笑い飛ばしてほしい。そういう思いも片隅にあった。だが、自分の魔力量の事を思うと、ユリアンナの言葉が頭から離れない。
ユリアンナの方は聞かなくともわかる。侯爵家の息子に出来るのだから。上手くいけば、自身も美味しい思いが出来るだろう。いやそうなる予定だったようだ。
プラシッドとサーシャを結婚させる気でいたようだと、アドルフがポロっと言った事があった。
ただ結婚して娘が侯爵家へ戻って来る事になるとしても、代償が大きすぎる。だからこそ、プラシッドがヴェイルーダ家の者としてあり得ない魔力量だとしても、シューラと入違っているなど思いもしない。
もしこれが、性別が一緒なら手違いという事があり得るが、性別が違えばわざと取り替えなければ成立しない。
「3年経ったからね」
「そうね。結局一人で過ごす事になっちゃたわ。私はもう長くないようなの。わかってた。あなたがシューラ以外の子と婚約する事になればこうなると」
どういう意味だろうかと、プラシッドは首を傾げる。
「ねえプラシッド。お願いがあるの」
「なーに?」
「これをシューラに渡してほしいの。誰にも秘密にして」
「秘密? シューラの母親にも内緒って事?」
こくんと、サーシャは頷いた。
「わかった。会える機会があったら渡すよ」
「ありがとう」
プラシッドがシューラへの手紙を受け取ると、安心したのかそのまま寝てしまう。そして、目を覚ます事はなかった。
速やかにひっそりと葬儀は行われ、参列者はサーシャの両親とユリアンナぐらいだ。
「来てくれてありがとう」
アドルフは、ユリアンナに感謝を述べる。縁を切れと言った手前、連絡をしても来ないかもしれないと思っていたのだ。
「親友ですもの」
「ありがとう。今日は一人なんですね。サーシャは?」
「下の子達の面倒を見てもらっています」
「そうですか」
プラシッドは、語り合う二人をジッと見つめていた。
今では、あの時の紙袋の中身が何なのか、見当がついていた。ただ、アドルフがどうしてお金などを渡したのかがわからない。入れ替わっているのは、気が付いていないようだからだ。
「そういえば驚きました。ご令息の婚約者が王女だなんて」
「えぇ。でもこれでよかったのかどうか……」
「よかったと思いますよ」
そう言ってユリアンナは、去っていく。チラッとプラシッドを見るもそれだけだ。だからプラシッドも彼女を追いかける事はしなかった。
もうすでに母親が彼女だと、プラシッドは確信していたからだ。もちろんそれは、託されたシューラ宛の手紙を読んだから。最初からシューラに渡す気などなかった。きっとこれに真実が書いてあると思って受け取ったのだ。
彼は大人なんてみんな自分勝手だと、信じられる者などいなかった。
そんな幼少期を過ごしたプラシッドも今年で15歳で、魔法学園に入学する年齢になった。
彼には、魔導研究員になるという目標が出来ていて、それに向けて勉強には励んでいる。ただそこまで努力はしていない。なぜなら、魔法学園を卒業後に宮殿魔導研究員になる事がほぼ確定しているからだ。
本来なら魔法学園を卒業後、アドルフ達と同じく宮殿魔導師として働くのがヴェイルーダ家だ。宮殿で働くのなら魔導師でなくとも凄い事だが、特別プラシッドが優れた者だからそこで働くわけではない。
魔導師になれないから宮殿研究員になるのだ。
言い出したのはプラシッドだが、宮殿でとは思っていなかった。だが体裁を気にするジャストは、コネを使いその時からプラシッドを宮殿で働かせる為に手を回し、魔導研究員になる為の知識を彼に教え込んだ。
「いいか。魔導研究員になる為の最低限の成績はとれよ」
ジャストがプラシッドに発破をかけるも、わかってると返事を返す声に覇気がない。真面目だがやる気があるように見えないのが、ジャストにはもどかしかった。
これから2年間は、寮暮らしだ。ジャストやローレットは不安でしかないが、プラシッドにすればやっと地獄の屋敷から逃れられると、実は内心喜んでいた。
しかも婚約者のクラリサとは、会わなくていいのだ。プラシッドにとって彼女は、嫌いではないが目障りな存在だった。
自分より魔法が出来、自分より地位が上だ。それは結婚しても変わらない。いつまでも一人落ちこぼれのまま。しかも子が出来ても、自分よりは能力は上のはず。その為に選ばれた相手なのだから。
ヴェイルーダ家もわからないが、王族もわからない奴らだった。自分より身分が低い者に、自慢の娘を差し出したのだ。しかも相手は、アドルフのバカ息子。
一体そこまでして、ヴェイルーダに恩を売るのはどうしてか。大人の考える事はわからない。
けど内心いい気味だと思っていた。本当の息子ではなくヴェイルーダの血を一滴も継いでいないのも知らないで、駆けずり回っているのだから。闇魔法を使う魔導師と言われるヴェイルーダ家も大した事はないと、言ってやりたかった。
だが今の立場を手放す気はなく、最後まで利用してやると達観していた。幼い時から見た感じ変わっていない様に見えるプラシッドだが、考え方はかなりかわっていたのだ。
「プラシッド。令嬢には気を許すなよ」
「え?」
まさかのアドルフの言葉に周りも驚いていた。
彼が学園に通っていた時は、何とかしてアドルフを振り向かせようと令嬢たちはあの手この手と、うんざりするほどうざかったのだ。
アドルフは、ヴェイルーダ家の者として彼女たちを相手にしなかった。どちらにしても決めるのは父であるジャストだからだ。そしてまさかの10歳の子。
しかし蓋を開けてみれば、今まで一番出来が悪いという結果になった。
「僕に言い寄って来ると?」
そんなはずあるか。と鼻で笑う。
プラシッドは、自分の容姿が並みぐらいだとわかっていた。ヴェイルーダ家の者だが、すぐに化けの皮が剥がれ出来損ないだと知れるだろう。まあ魔導師になるつもりはないし、もう慣れた。つまりモテる要素がないのだ。
アドルフの時とは違い、王女という婚約者もいる。自分に乗り換えてもらえると思う令嬢などいない。そんな事をするより、お金がある令息へ嫁ぐ事を考えるだろう。
実母のユリアンナも、育ての母親のサーシャも特段美人ではない。アドルフはそれなりの容姿だが、自分には全く関係がなかった。シューラも小さな時の記憶しかないが、かわいいとか美人とか思った事などない。というかすでに顔すら覚えていないが。
彼の周りで容姿がいいのは、婚約者のクラリサだろう。プラシッドより濃い紺色のストレートの髪をいつも一つに結んでいて素っ気ない感じだが、大きなパッチリとしたあさぎ色の瞳で顔のピースはそれなりに整っている。なので、自分との間にできた子供には期待できるだろう。プラシッドはそう考えると、ため息しかでなかった。それこそどうでもいい事だ。
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