無口無表情男子が二人きりのときだけやけにぐいぐいくる話
くれは
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「
「わたしも! 最後の問題わからなかったんだけど」
授業終了のチャイムと共に、わたしはクラスメートに囲まれる。
できるだけ綺麗にわかりやすくまとめたノートを机の上に開いて、教えてという子のノートをシャーペンの先でつつき「ここが間違ってるせいだよ」と教える。
こうやって頼られるのは悪い気はしない。
それで、つい、張り切っちゃうのだ。
宿題だって、予習だって復習だって、いつもばっちりなわたし。しっかりしてて頼り甲斐のあるわたし。みんなに優しいわたし。
人を形作るのは行動だ。
なりたいわたしのために、わたしは頑張る。頑張れる。
くい、くい。
制服のカーディガンが引っ張られて振り向けば、いつもみたいに
遊は表情がほとんど変わらないし、人前だと全然喋らないから、何を考えてるかわかりにくい。
わたしの周囲にいたクラスメートたちは、遊の存在に気付くと遠慮するように一歩下がった。
「あ、
「わたしたちの用事はすぐ終わるから」
わたしはみんなを見回す。
「もう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だから。三ノ輪くんと行ってきなよ」
わたしはまた遊を見る。
遊は相変わらずの無表情。無表情のまま、頷いた。
その様子に、クラスメートの誰かが微笑ましそうに言った。
「三ノ輪くんには、咲ちゃんが必要なんだよね」
その言葉に、わたしはつい、頷いてしまった。
「ま、まあね。遊は頼りないから、わたしが面倒見てあげないとだから」
くい、くい。
またカーディガンが引っ張られて、わたしはぎくりと体を固くした。
自分でも調子に乗って余計なことを言った自覚はあった。
そっと遊を見る。表情は変わってない。
逆にわたしは笑顔を浮かべて、みんなに手を振った。
「それじゃ、行くね」
クラスメートに見送られ、遊と二人、教室を出た。
ほとんど人の通らない、非常階段の下。
遊にぴったりとくっつかれて座っている。
「僕、頼りない?」
無表情の遊に、顔を覗き込まれる。長い睫毛が瞬くのが、くっきりと見えて、わたしは俯く。
「あれは、その、そういうつもりじゃなくて」
「そういうつもりってどういうつもり?」
「その、本当にそう思ってるわけじゃなくて、その、つい言いすぎたっていうか、ごめん」
「怒ってないから、謝らないで」
怒ってない。
遊は嘘をつかないから、それはきっと本当。でも、遊はわたしの体を逃さないとでも言うように、ぎゅっと抱き締めた。
その体温に、わたしは顔を俯ける。
「僕は面倒見の良い咲のこと、好きだよ。だから、僕のことも面倒見てくれるなら嬉しい」
「ぅえ、あぅ、あの、近い、近いから。それにここ学校だし」
「そうだね」
顔を持ち上げなくてもわかる。
遊は相変わらずいつも通りの無表情で、なんてことない顔で、わたしを抱き締めてるんだと思う。
わたしは恥ずかしくって、もうどうして良いかわからないっていうのに。
「面倒見の良い咲も好きだけど、こうやってうろたえてる咲も好き」
遊が喋るたびに、耳元を、首筋を、遊の息が撫でてゆく。
熱を持ったわたしの体がさらに熱くなる。
「す、あの、ぅえ」
「好きってまだ慣れない? もう何度も言ってるのに。咲からは好きって言ってくれないの?」
「あ、ぅあ、あの、す、む、無理……」
昼休み終わりのチャイムが鳴るまで、遊はわたしを離してはくれなかった。
放課後、わたしはクラスのみんなからプリントを集めていた。
これを職員室まで持って行くのを頼まれたのだ。
こういうちょっとした頼まれごとも、頼りにされているという気分になって、わたしは好きだ。
遊は相変わらず何も言わないし表情も変わらないけど、そんなわたしの横にずっと付いてきてくれていた。
職員室に行くときも。
「おう、
プリントの束を渡して、先生のお礼を受け取る。
「いえ、また何かあればお手伝いします!」
お礼を言われる心地良さに、張り切ってわたしは答える。
遊はわたしの隣で、何も言わずに頭を下げた。
そして、帰り道。
ずっと無言で隣を歩いていた遊だけど、周囲に人の目がなくなったら、口を開いた。
「咲は、僕に好きって言われるよりも、みんなにちやほやされる方が、嬉しい?」
わたしは瞬きをして、隣を歩く遊を見上げる。
表情からは、相変わらず何を考えているかはわからない。
わたしはただ、しっかりもので頼りになる、そんな自分になりたいだけで。
でも、遊と一緒にいるのだって、嫌じゃないと思っているけど。
わたしの戸惑いを感じてか、遊は表情を変えないままわたしを見た。
「ごめん。意地悪な質問しちゃった」
「え、ううん」
何を言って良いかわからなくて、わたしは首を振って俯いた。
「僕はね」
遊のぼそぼそとした言葉が続く。
「僕は、面倒見がよくてみんなに良い顔しようと頑張っちゃう咲のこと、好きだよ。でも、そればっかりだと、咲が疲れちゃう気がして。だから、僕の前ではそうじゃない咲でも良いよって」
しっかり者で、みんなに頼りにされていて、面倒見がよくて、明るくて、元気で、優しくて。
わたしが憧れるわたし。
無理してるつもりはないし、わたしはそんなわたしになるのが好きでやってる。
だから、そうじゃないわたしなんて言われても、わからない。
考えていたら、遊がわたしの顔を覗き込んでくる。
足を止めて、そのまま見詰め合ってしまった。
「調子に乗りやすくて、恥ずかしがり屋で、僕が好きって言うと真っ赤になって、なかなか好きって言ってくれない、意地っ張りな咲のことも好きだよ」
わたしは口を開くけど、何も言葉が出てこない。
困って口を閉じる。
でも何か言わなくちゃと口を開いて。
でもやっぱり言えなくて、閉じて。
あうあうと口を閉じ開きすることしかできなかった。
「僕は、別に他の人にどう思われても構わない。咲が面倒見が良いから頼りない僕を放っておけないって思われてても、全然なんとも思わない。でも、咲のその顔を見るのは僕だけが良いな」
「か、顔……」
ようやく、口から単語が出てきた。
慌てて呼吸をして、言葉を続ける。
「わたし、そんな変な顔してる?」
「ん。真っ赤ですごく可愛い」
「か、かわ……」
自分でも、きっと赤くなってるって自覚してしまった。
顔が熱い。でもどうしようもない。
遊はわたしの顔を覗き込んできたまま、ふと、なんでもないように顔を近づけてきた。
そして、ふわりと、唇が重なって。
またなんでもないかのように離れて。
遊はいつもの無表情で歩き出した。
「ちょ、今! あの、待っ! 急に! こんなこと!」
わたしの言葉に、遊が無表情のまま振り向く。
「急じゃなければ良い? じゃあ、今度から、ちゃんと事前に言うね」
「そ、そういう問題じゃない!」
わたしは慌てて遊を追いかける。
そして、怒ってみせる。
きっとそれは照れ隠しだって、遊にはわかってしまっている気がする。
だって遊は、いつもの無表情で首を傾けて、
「そんなに嫌だった?」
なんて、なんでもないことのように聞いてくるのだ。
「い、嫌とかじゃなくて!」
「嫌じゃないんだ。良かった」
「だから、そういう問題じゃない!」
振り向く遊は変わらずの無表情。
でも、街路樹の木漏れ日がきらきらと、遊の顔を輝かせていた。
無口無表情男子が二人きりのときだけやけにぐいぐいくる話 くれは @kurehaa
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