第126話 終章

 ちょっとしたアクシデントもあったが祝宴も無事に終わり、エルディアとロイゼルドはグレイ侯爵家に戻って来ていた。エルディアの為に雇い入れられたメイド達は主人の帰宅を今か今かと待っていた様で、馬車が到着するやいなや新郎の前から彼女を連れ去っていった。


 あれよあれよと湯浴みをさせられ、寄ってたかって香油を塗りマッサージされると、ぴかぴかの肌の上に薄手の生地の夜着を着せられる。

 そしてメイド達はその出来栄えに満足すると、互いに目配せしあってエルディアを寝室へ案内し扉の中へ放り込んだ。


 中に入ったエルディアは自分の前に広がる光景に立ちすくむ。



(うう……これは……)


 寝室の中央に天蓋のついた豪奢なベッドが置かれていた。

 明らかに一人で寝るには大きすぎる。


(生々しいんだけど、どうしたらいいの)


 いや、結婚したんだから当たり前なんだけど、でもちょっと待ってと一人でわたわたしていると、今さっき入って来た扉がかちゃりと開いた。

 振り返ると軽装のロイゼルドが入って来る。彼はベッドに向かって突っ立っているエルディアを見ると、くるりと回れ右をして扉に手をつき、くつくつと口を押さえて笑いだした。



「神獣を従え騎士団でも稀に見る剣の使い手なのに、何をそんなに怯えて固まっているんだ?」


「……意地悪」



 笑わなくたっていいじゃないと小さく文句を言うエルディアに、ごめんごめんと言いながらロイゼルドは笑いをおさめる。それからうつむいたままの彼女の背後に近付きその手を握った。



「こういう場面ではどうしてこんなに臆病なんだろう。戦場では止めても飛び込んでいくくせに」



 そう言ってわざとらしく彼女の指先に口付ける。

 エルディアはカッと頬を赤く染め、拗ねるように顔を逸らした。



「それとこれは別なの」



 その様子にロイゼルドは小さくつぶやく。



「まあ、それがまた可愛いんだが」



 そしてエルディアの華奢な身体を両腕に抱いたかと思うと、そのままぽーんとベッドに飛び込んだ。



「きゃっ……」


「寝心地良さそうだろう?」



 ポムポムと跳ねるマットレスの上で、子供の様にそう言う彼にエルディアは目を瞬かせた。そのままロイゼルドはベッドのヘッドボードに寄り掛かり、エルディアを腕の中に抱きしめてその顔を覗き込む。

 紫紺の瞳が蝋燭の灯りを映してゆらゆらと揺らめいていた。



「やっと手に入った……俺の女神」



 低く艶めいた声が耳元で聞こえて、エルディアは思わずゾクリと振るえる。その反応を楽しむように首筋をつたう指が、つつ…と背中へ降りてゆく。

 ひっと息を飲み込んで目をつむったエルディアは、慌ててロイゼルドの胸をぱしぱし叩いた。



「待って、ロイ!」


「なんだ?」


「あのね、嫌じゃないんだけど、ちょっと暴発しそう……」



 プルプルと震えて必死に何かを耐えている。それを見たロイゼルドは一瞬その手を止め、そしてぷっと吹き出した。



「はははっ、狼に喰われそうになっている子兎みたいだな。ルディ、頼むからいい加減慣れてくれ。お預けを食い過ぎて、もう自制が効かなくなりそうなんだ」



 そう言って彼女を自分の正面に向かせる。

 熱を孕んだ瞳に真っ直ぐに見つめられ、エルディアはその色気にあてられ頭がくらくらした。


 ロイゼルドはエルディアが視線をはずそうとするのを顎に指を掛けて遮り、そしてそのまま奪うように口付ける。深く吐息を絡めるうちに、くたりと力の抜けた彼女は彼の胸に倒れ込んだ。


 微かな風がエルディアの金の髪を揺らしている。ロイゼルドが緩く巻いた髪をすくように撫でると、風はほどけるように消えてゆく。



「大丈夫だ。どれだけ乱れようと心配いらない。ヴェーラの刻印が魔力を無効化するから」



 ロイゼルドのはだけた襟元から首筋の刻印が見える。

 エルディアは目を閉じて、その刻印に接吻キスするように彼の首を両手で抱き締めた。






     *********






 幾日か経ってグレイ侯爵家での生活にも少し慣れて来た頃、王宮に出勤する前に食堂へ向かうと、元気の良い声がエルディアを呼んだ。



「ルディ!朝ご飯出来てるよ!」



 執事服を着込んで紅茶のポットを持ったフェンが、ニコニコと手招きしている。

 フェンは侯爵家で執事をする事に決めたらしい。



「はい、朝はちゃんと食べなきゃダメだよ」



 そう言ってベーコンエッグとクロワッサンを並べてくれる。


 ヴェーラはアルカ・エルラの元へ一度戻り再び帰って来たが、フェンと脅威的に気が合わない為、普段は魔術研究所にいる。天空と地上とを気が向くままに行き来しているようだ。



 任命式の後、エルディアは金獅子騎士団で副団長として仕事をすることになった。王族の護衛が主な仕事だ。金獅子騎士団と鷲獅子騎士団は基本王都にいるので、訓練などは合同で行っており今までとさほど変わりはない。


 ただ、アストラルドやリュシエラ王女達の外遊に護衛として付いて行くので、これまでより外国へ行くことは増えるだろう。エルディアの外見と能力を最大限に利用できるところが、いかにもアストラルドの采配らしい。


 他にも、ロイゼルドの後空席となっていた黒竜騎士団の副団長に、イエラザーム皇国で雄牛の魔物と対峙したユリウスがその功を賞して任命された。副将アリドザイルと同じく、白狼騎士団の団長ザラフェムも副官オリヴェーラにその座を譲り、レアルーダが副団長へと昇格した。


 この戦の終わりと共に若い世代が表に出てきたのは、次代の王への礎と呼べるかもしれない。




「美味しい。このクロワッサン、フェンが焼いたの?」


「そうだよ」



 サクッと焼かれたパンを口に運ぶエルディアの前に、ミルクの入ったグラスを置いてフェンが答える。



「ルフィは今日は研究所?」


「ううん、今日はイエラザームから使者が来るんだ。護衛は私達がするけど、今後の話もあるからルフィも呼ばれてる」



 イエラザーム皇国に出向していた魔術師達が使者と共に帰国するのだ。彼等の働きを見て自国にも魔術師団を作ろうと皇帝も考えたという。使者の中に顔を知っている騎士団長のシェインとグレアムがいると聞いているので少し懐かしい。


 フェンはそれじゃあ、とにっこり笑う。



「お昼はスコーンを焼くから、王宮に差し入れに行くね」


「フェンが来るとみんなが喜ぶよ」



 人懐っこく美しい神獣の化身は、王宮の色々な人に愛されている。ちょこちょこと差し入れに来るのが可愛いと評判だ。



「ルディ、早いな」



 ロイゼルドが騎士団の制服を着て食堂に入って来た。



「ロイ、紅茶はミルク入り?ストレート?」


「そのままで頼む」


「了解」



 エルディアの隣に座ったロイゼルドの為に、フェンが慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。



「すっかり執事だな」



 ロイゼルドの感心したような言葉に、フェンはふふんと胸を張った。



「だってルディは僕の主だもの」



 グレイゼルに人間の従臣は執事と呼ぶんだと言われた事を律儀に信じているらしい。

 エルディアは誇らしげなフェンを見て微笑む。






 ————すべてはこの白い狼に出会ったときから始まった。


 黒銀のフェンリルに襲われ知らずフェンと契約し、男装して騎士団に入った。魔力を与えられ人ならざる身体になって、普通とは程遠い生活に変わってしまった。


 でも、ロイゼルドに出会えたのもフェンのおかげだ。

 普通の貴族令嬢では無くなってしまったけれど、この身体も悪くない、近頃そう思えるようになった。


 このままずっと、大切な人達と一緒にいたい。



「ロイ、ずっとそばにいてね」



 隣を見ると、ロイゼルドの紫紺の瞳が優しく見返して来た。



「当たり前だ」



 肩を抱き寄せられ軽く接吻キスする。



「あー、ズルい。僕も仲間に入れて」



 フェンがぽふんと狼に戻って、肩を寄せ合う二人に飛びつくとすりすりと頬を擦り付ける。


 ロイゼルドとエルディアは笑ってフェンの頭を撫でてやった。









  〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 最終章完結いたしました。

 エルディアとロイゼルド、二人の物語を最後まで見届けていただきありがとうございました。


 この作品はコロナが猛威をふるいだした2020年12月から2021年10月にかけて連載した私の処女作で、物語として書ききれていない箇所がずっと気になっていたものです。今回もともとのストーリーはほぼそのままに初稿より七万文字ほど加筆して、ようやく改稿版が完成しました。

 拙い文章で綴った物語ですが、皆様にコメント等たくさん応援していただき励まされ、本当に感謝の極みでございます。

 この場をかりて御礼を申し上げます。

 

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黒銀の狼と男装の騎士 藤夜 @fujiyoru

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