第125話 誓いの式

 王宮の中に王族専用の神殿がある。小さいながらに白い大理石で造られた美しいその建物の周囲は、いつになく大勢の人々で賑わっていた。

 その扉の奥では大神殿の神官長であるフェイルが、光さす祭壇の上で今日の主役を待っている。


 祭壇のかたわらにはエディーサ国王と王妃、そして王太子と王女が並ぶ。その側にエルガルフとエルフェルム、反対側にはデガント伯爵と夫人、そして息子達夫妻が並んでいた。少し離れて親族である伯爵や子爵の面々の姿がある。

 そしてヴィンセント、ザラフェム、ハイゼレーヴの各騎士団長や副官他、騎士団の面々が揃って周囲を固めていた。



 その間を白い騎士の礼服と純白のドレスを纏った二人が、祭壇へ向かって歩いてゆく。

 ロイゼルドとエルディアだ。



 祝祭用の白い正装は袖に鷲獅子の紋章が入り、金の飾緒が肩章から下がり胸を彩る。長身の鍛えられた身体を金糸の飾り刺繍のされた白いマントに包み、真っ直ぐに前を見据える堂々とした姿はいつもに増して人々を魅了する。


 深い紫紺の瞳はその腕に手を添えるエルディアを窺い、時折気遣うように歩く速度を緩める。そよ風が彼の前髪を吹き上げ目を細めるその様子に、幾人かの参列する貴婦人達がうっとりと見惚れ、横にいる紳士が仕方ないといったふうに肩をすくめていた。


 彼の隣の誰もが息をのむような可憐な美女は、金糸の髪を美しく結い上げ、王女が腕によりをかけて念入りに美しく化粧をほどこした顔を恥ずかしげに俯かせていた。


 裾の長いドレスはすっきりとしたシルエットながら、幾重にも重ねられたレースが歩くたびにふわりと揺れる。繊細な模様のレースで覆われた細い首に掛かる後れ毛もどことなく艶かしく、首元と同じ白いレースの肘まである長い手袋をはめていた。

 その手袋とドレスの左袖口の間の肌に、赤い幾何学模様が刻まれているのが見える。


 ——フェンリルの刻印。

 純白のドレスの中でまるで赤いリボンのように白い腕に巻かれたそれは、不思議に彼女の美しさを更に彩っていた。



 神殿の祭壇に上がると、フェイルが神への言葉を告げる。そして二人に向かって祝福の言葉を送り、誓いの言葉を促した。


 見つめ合う視線が交差し、紫紺と緑の瞳が互いの姿を映す。死が二人を別つ迄永遠の愛を捧ぐ言葉を交わし合い、口付けで誓うと神殿内は拍手に包まれた。





 無事に式を終えた二人は、王宮の広間へと場所を変えて祝宴に招かれた人々の間を歩く。広間は大勢の紳士淑女で満ちていた。彼等は二人の主役を目にしては、その麗しい姿に感嘆の溜息を漏らす。



「ルディ、本当に綺麗」


 リゼットがエルディアの姿を惚れ惚れと眺めて溜息をついた。


「リュシエラ殿下がすっごくあれこれ手を入れてるんだよ。なんだか自分ではないみたい」


 磨きに磨かれて鏡の中の自分はまるで別人の様だった。こっそり胸もボリュームアップしているのは王女の気遣いだ。


「太陽の女神その人みたいに綺麗よ」


「もう、女神はすっごく綺麗だったよ。一緒にされると畏れ多すぎて恥ずかしくなっちゃう」


「褒めてるんだから素直に喜びなよ」



 騎士団の黒の正装を身につけたエルフェルムが、リゼットをエスコートしている。こちらも負けず劣らず人外の美貌を披露していて、すれ違う人が皆口を開けて立ち尽くしている。

 それを眺めるリアムとカルシードが顔を寄せ合って話していた。



「相変わらずあいつらの破壊力はハンパねえな」


「あの双子に囲まれて引けを取らない団長が凄い」


「俺達に彼女がいないのは、あいつらと一緒にいるせいじゃね?」


「……それは薄々感じてた」



 顔を見合わせてクスッと笑う。



「あーあ、俺も太陽の女神をこの目で見たかったな」



 リアムが大きな声で言うのを聞いて、ロイゼルドが近づいて来た。



「リアム、お前は相変わらずだな。女神はルディにそっくりだったぞ」


「団長、惚気のろけに聞こえる」


「いや、本当だ。なんせ終焉の神が見間違うくらいだ」


「まあ、今日のルディを見れば納得するけど」


「なんの話?」



 リアムとカルシードを見つけてエルディアも寄って来た。

 カルシードが軽く笑って答える。



「今日のルディは本当に綺麗だって話」


「うふふ、ありがとう」


「初めて会った時は男だったのになあ」



 銀髪の少年だった事を思い出してリアムが唸った。



「そうだね。でも姿は変わっても中身は一緒ってリアムが言ってくれたんだよ。ずっと友達でいてくれてありがとう」


「ああ、ずっと親友だ」



 エルディアの屈託のない笑顔に、リアムは眩しげに目を細めた。

 カルシードがその横顔を眺めて、ふとニヤリと笑った。



「そうか、お前もかリアム」


「何だよ……」



 含みのある視線にリアムが狼狽える。いつになく焦る様子を見せる彼に、カルシードが顔を寄せて囁きバンバンとその背中を叩いた。



「俺はデリカシーがあるから言わないでおいてやるよ」


「な、何の事だ?」


「んふふ。一緒に可愛い子探そうな」



 エルディアはキョトンとして二人のやり取りを不思議そうに見ている。

 リアムが慌ててカルシードの顔を押しやり、エルディアに向けて声を掛けた。



「ルディ、今夜は部屋を吹き飛ばすなよ」


「んなっっ!何言ってんの!」


「だって、新婚初夜までお預けはなしだろう。団長が可哀想すぎる」



 背後からロイゼルドがリアムの頭をポカリと叩く。



「こら、いらん心配するな」



 カルシードも真っ赤になって口を押さえている。

 固まって絶句していたエルディアは、わなわなとふるえてこぶしを握りしめた。



「リアムの馬鹿あっっ!」



 広間の天井に抜けるようにエルディアの叫び声が響き渡り、突如として彼女の周囲に嵐のような強風が吹き荒れた。

 吹き飛ばされそうになるリアムの襟首をカルシードがはっしと掴む。



「ルディ、落ち着け!」



 慌ててロイゼルドがエルディアの身体を抱き締めて、ヴェーラの刻印の力でその風を抑えにかかる。

 祝宴会場の客人達も屋内で起こった突然の嵐に悲鳴をあげて、何事かと右往左往している。


 こういう事も見越して神はヴェーラを自分に遣わせたのだろうか?


 なんとか風が収まった後も騒然とする広間を見ながら、ふとロイゼルドはそう思った。

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