第124話 謁見

 王への謁見の為に一度侯爵家に戻り、エルディアは鷲獅子騎士団の制服に着替える。襟を直しながらふとリゼットとの会話を思い出し、この制服を着続けるべきか少し悩んだ。まだ騎士である以上、王宮へ出向く時はこの服装で良いが、このまま騎士団でいても良いのだろうか。


 エルフェルムは自分の能力を活かせる行先をすでに決めている。皇帝ヴェルワーンは彼を補佐官として、更に国の礎を固めてゆくだろう。


 平和な世に、戦う事だけに特化した自分は必要なのだろうか。ロイゼルドが望むように騎士団を辞して、フェンと大人しく花嫁修行でもした方が良いのかもしれない。


 そんな事をつらつらと考えながら、エルディアは馬車に乗り込み王宮へ向かった。




「陛下、エルディア・マーズヴァーン参りました」


 軍議を行う時の部屋に案内されたエルディアは、そう声を掛けて扉を開けて入った途端立ちすくんだ。


 エディーサ国王ギルバートと王太子アストラルドが正面に座っている。その左右には王国の守護を担う騎士団の団長がいた。


 

 東の黒竜騎士団ヴィンセント・レンブル侯爵。

 西の白狼騎士団ザラフェム・ダルク侯爵。

 南の赤鷲騎士団ハイゼレーヴ・シュバルツ侯爵。

 北の鷲獅子騎士団ロイゼルド・グレイ侯爵。

 そして、中央の金獅子騎士団エルガルフ・マーズヴァーン侯爵。


 王国の守護を担う五侯が勢揃いしている。



「エルディア、よく来た」



 王のよく通る声が名前を呼んだ。場の空気に圧倒されていたエルディアは我にかえる。


(何故ここに私が呼ばれたのだろう)


 重圧が凄い。

 場違いな気がして内心ドキドキしながら、エルディアはゆっくりと前に進み用意されていた末席に腰掛ける。


「今回の戦いで諸侯には随分と助けてもらった。まずは礼を言おう」


 王が全員の顔を見渡す。



「おかげで魔物に侵略される事なく、我が国はトルポント王国に勝利した」



 侯爵達は視線を下げ、王の言葉をおしいただく。



「神を召喚し魔物を使役してこの大陸の二つの国を破壊したトルポント王国は、今は我々とイエラザーム皇国の管理下にある。諸侯の間では彼の国の滅亡を望む声もあろうかと思うが、イエラザーム皇帝は我が国と二国での監視下で新しい国を作らせる事を望んでいる。意見があればこの場で出してくれ」



 ギルバート王は忌憚なく発言するように求め、侯爵達はそれぞれの意見を述べて議論している。各国への支援の方法なども話し合われ、資金と人員の確保についても決められていった。それらの調達方法については改めて王太子が各貴族に打診して決定する。


 国の中枢の会議の場に同席させられたエルディアは、飛び交う会話をただ黙って聞いていた。

 国内外の戦後処理について様々な事柄を議論していく。難しいとは思わないが、自分が聞いていてよいものなのか少し疑問に思う。口出しすまいと貝になっていると、アストラルドが視線を寄越して来て軽く笑った。



「エルディア、魔獣達の呪いが解かれたというのは本当なのか?」



 突然話を振られてエルディアが飛び上がる。



「はい殿下」



 動揺を隠しつつ答えるエルディアを可笑しそうに見ながら、アストラルドが頷いた。



「では、もう各地の魔獣による被害は減るとみて良いのだね」


「そのはずです。フェンによると結界の消失で流入し各地に潜む魔物達は、目覚めた神獣達がある程度抑えるだろうという事でした」


「ではその分の費用と人員は回せるのだな」


「はい」


「今回の戦いで君のフェンリルが連れて来た他の神獣達は?」


「もう自分達の主人の元へ帰ったと聞いています」


「残念だな。もう少し手伝ってもらいたかった」


「彼等は獣とはいえ神の従臣だった者達です。我々人間に使役されてくれるような存在ではありません」



 エルディアの神妙な返答に、王太子はクスリと笑う。



「君のフェンは王宮にバスケットを持って差し入れにやって来たと聞いているけど」


「……フェンあれは特別です」



 執事服を着ていそいそとやってくる彼を見かけたことがあるのだろう、王とエルガルフも思わず笑みをこぼした。




「これでほぼ決めるべきことは決定した。改めて諸侯には褒賞を配ろう」



 ギルバート王が会議の終了を告げる。

 それから王は、ロイゼルドとエルディアに向けて笑顔を向けた。



「特にグレイ侯爵、鷲獅子騎士団を率いて召喚された終焉の神と対峙し、見事破壊の神を退けてくれた。エルディアも神獣達と共に神殿を守ってくれた事、本当に感謝する」


「勿体ないお言葉です」


「微力ながらお役に立てた事誇りに思います」



 二人が頭を下げてそれぞれ言葉を返すと、王はエルガルフの方を少し見てから二人に向けて提案した。



「ところで君達の結婚式だが、王家に取り仕切らせては貰えないだろうか?エルディアは我が妹アルヴィラの娘でもある。亡き妹に代わり、王女が手を尽くしたいと願い出ているのだ」



 これにはロイゼルドが驚いて顔を上げる。



「ありがたいお言葉ですが、陛下、臣下の式に王家の手を煩わす訳にはいきません」


「なに、君達はこの国だけでなく、いわばこの世界の恩人でもある。このくらいは当たり前であろう。なあ?」



 そう言って諸侯を見渡す。エルガルフとロイゼルド以外の三侯も、軽く頷き同意した。


 どうもあらかじめ話を通していたらしい。これを伝える為にエルディアは呼ばれたようだ。



「どうか我々の気持ちを受け取ってはもらえないだろうか」



 王にここまで言われては到底断ることはできない。ロイゼルドは謝辞を述べて頭を下げ、エルディアもそれに倣った。



「ああ、そうだ、エルディア、結婚しても君の騎士位はそのままにしておくね」



 アストラルドがわざと思い出したように告げる。



「これまでアリドザイル卿が金獅子騎士団の副団長を務めていたのだが、今回老齢を理由に退団することになってね。フェンの功績への褒賞として、代わりに主人の君を任命することにしたんだ」


「えっ!」


「殿下、それは……」


「神獣フェンリルの加護を受けたエルディアの能力は皆納得済みだし、側にエルガルフもいるから心配いらない。エルフェルムをイエラザーム皇国に渡すのを認める代わりに、エルディア、君はこの国の中枢に置いておきたいんだ。引き受けてくれるよね?」



 驚きのあまり硬直するエルディアに、アストラルドはにんまりと笑った。



「ロイに君を独り占めさせるのは勿体無いからね」


「殿下……」


「結婚は許しただろう?みんなの希望だ。諦めてくれ」



 恨めしそうなロイゼルドの肩を軽く叩いて、アストラルドは明るく言った。

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