第123話 恋の行方
リゼットから気になっているという人物の名前を聞いて、エルディアは驚いて身を乗り出した。
「リズの気になる人って、ルフィなの!」
「ちょっと、声が大きいわ」
「ごめん、びっくりして。すごい意外だ……」
紅茶をすすって気持ちを落ち着けると、エルディアは頬を染めるリゼットを眺めた。
「えー、どの辺で好きになったの?全然わかんなかった。リズの好みのタイプじゃないと思ってたから」
リゼットの好みは、ロイゼルドの様な大人の色気のある男性だ。それに対してエルフェルムは男性としては華奢な方で、女性のように綺麗な顔をしている中性的な魅力の青年である。
以前リゼットは男の姿の自分に全くドキドキしないと言っていたので、外見が好みだとは思えない。あまり今まで惹かれたような素振りも見えなかったので、全くノーマークだった。
この頃、リゼットはエルフェルムに会うと妙に大人しいなとは思っていたが、そういう事だったのかと納得した。
「イエラザームに攫われた時、ルフィにとても助けてもらって嬉しかったのよね。同い年なのにルディのお兄様だからかしら、落ち着いてて面倒見いいじゃない?エディーサに帰って来てからも、時々様子を見に来てくれていたの」
「ふーん」
エルディアはニマニマしている。
「なあに?その顔」
「いや、リズがルフィとくっついてくれたら嬉しいなと思って」
「まだルフィには言わないでよ」
「なんで?あ、気持ちがわからないってどういう事?」
「ルフィがわたくしの事を好きになって欲しい気持ちはあるのに、それじゃいけないという気持ちもあるのよ」
「どういう事?」
「ルフィはイエラザームに行っちゃうでしょう?」
エルフェルムは今回の戦いの後、エルガルフとギルバート王にある事を願い出ていた。それは、鷲獅子騎士団に所属しつつ魔術師団の研究所で勉強し、いずれイエラザームに戻って皇帝の側近になるという事だ。
イエラザーム皇国にも魔術研究所を作り魔術師を育てるという目的で、ヴェルワーン皇帝から打診されたらしい。騎士団の総帥であるアストラルドにも許可されている。
いずれこの国を出てゆくのだ。
「リズがついて行くとレンブルの領主がいなくなっちゃうね」
「そうなのよね」
それで悩んでいるのだろうか。
自分の気持ちが固まらなくて。
「でも、レンブルは黒竜騎士団の本拠地だから、お父様がレンブル領を返上したら次に団長を務める人が来てくれるわ。お父様も私は好きにしていいと以前から言っているし」
「ついていくの?」
「ルフィがわたくしを好きになってくれたらそうしたいわ。だけど……」
「だけど?」
「ルフィが皇帝の側近になったら、わたくし絶対二人を追っかけてしまう自信があるのよね」
「はあ?」
リゼットはピンク色に染まる頬を両手で挟んで、うっとりと何かを想像している。
「だって、ルフィとヴェルワーン皇帝気にならない?あの二人よ?並んでるとこ考えたら萌え死にそう」
「ちょっと待って、ねえ、人の兄で変な想像しないでよ!」
リゼットの頭の中では、妖しい雰囲気で見つめ合う二人の姿が浮かんでいるに違いないとエルディアは思った。
「んまっ、わたくしは高貴な美形同士が信頼し合う高尚な関係にきゅんきゅんしてるんですわよ」
「どうだか」
呆れた眼差しをリゼットに送り、エルディアは腕組みしつつ溜息をついた。
「ルフィが好きなのに?皇帝にルフィをとられてもいいの?」
エルディアの言葉にリゼットはぷうっと頬を膨らませた。
「好きだけど萌えちゃうんだから悩んでいるんじゃない。二人の関係を邪魔しちゃいけないって思っちゃうの」
リゼットの悪癖がこんなところでも……。
エルディアは嘆かわしいと言わんばかりに頭を振った。
「僕は好きな子にはヤキモチ妬いてくれる方が嬉しいな」
突然声が掛けられて、二人は驚いて腰を浮かせる。
エルフェルムとリアムが侍女に案内されて来ていた。
「ヴェルに押し倒されるより、僕はリズに迫られたい」
エルフェルムがリゼットの側に歩み寄る。いつになく色気を含んだエメラルド色の瞳に見つめられて、リゼットが真っ赤になって口をぱくぱくさせた。
エルディアはむうっと二人の訪問客を睨む。案内して来た年若い侍女が青ざめて俯いた。
「先触れは?」
「僕等が急ぎでって押しかけたんだ。彼女を責めないでね」
「悪い悪い。聞くつもりはなかったんだぞ」
「でも、おかげで嬉しい話が聞けた」
エルフェルムはリゼットの艶やかな赤い髪の一筋を手にとり、そっとキスして離した。リゼットは真っ赤になったまま動けずにいる。
その様子を見ながらふふふと笑って、エルフェルムはエルディアに向き直った。
「ルディ、陛下が呼ばれてる。それで急いで来たんだ」
「陛下が?何の御用だろう」
「父上ももう王宮に行っている。戻って謁見の準備をして」
「わかった。ごめん、リズまた来るね」
立ち上がるエルディアをリゼットも頷いて見送る。
そこに近付いたリアムがリゼットにコソコソと耳打ちした。
「アイツ、見た目は可愛げだけど、中身はすっげー手練れだぜ。イエラザームの貴族連中を手玉に取ってたらしいからな。閨の相手の一人や二人いたかも……」
「こら、僕の悪口吹き込まないでよ」
「リアム下品!」
エルディアがコツンとリアムの頭にゲンコツを落とした。
「リアムはちょっとデリカシーがないのよね。もう少し口を慎まないと女の子にモテないわよ」
「シードにも言われた事があるな、それ」
「リアム、一緒に来てよ」
エルディアがリアムの腕を引いてゆく。
「何だよ?呼ばれているのはルディだけだぞ」
「馬鹿、気をきかしなよ」
残されたリゼットとエルフェルムを横目で見ながら、リアムはああそういう事ねと呟いて、エルディアに素直に引きずられていった。
「リアム、残念?」
領館の馬車乗り場まで歩きながら少し気になって尋ねると、リアムはからりと笑う。
「ルフィならリズを任せても安心だろう。あーあ、俺の運命の美女はどこにいるのかねえ?」
「美女……リアムまだ男のロマンを探してるの?」
相変わらずだねえ、と吹き出すエルディアにリアムは胸を張る。
「ああ?こう見えて結構
「はいはい、わかってるよ」
「……わかってねーくせに」
どことなく拗ねた様子のリアムに気付かないまま、エルディアは待たせてあった馬車に乗り込んだ。
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