第122話 リゼットの相手

「で、結局女神はそのヤンデレ男に連れていかれたの?」



 リゼットがお菓子をつまみながらエルディアに尋ねる。



 王都に戻ってギルバート王に全てを報告し終えたエルディアは、残務処理の合間に領館に滞在しているリゼットに会いに来ていた。いつものようにお茶を用意してくれた彼女に、戦の終わった経緯を話して返って来た返事がそれだった。



「や、『ヤンデレ』?何それ?」


「心が病んでて好きな人にだけデレデレする奴の事よ。好きな人に振られたから周りの人間全部殺すって、絶対頭おかしいじゃない。大丈夫なの?女神様」


「そう言われたらそうなんだけど……」



 終焉の神のことをボロカスに言っている。

 彼等の恋をちょっと純愛かもと思いかけていたエルディアは目をパチクリさせた。



「ルディ、そんな変な男の事、一途で素敵なんて思ってないでしょうね?騙されちゃダメよ。全部そいつが悪いんじゃない。神獣が魔獣になったのも、魔物が生まれたのも、女神が封印しないといけなくなったのも」


「そ……そだね」


「おまけにロイ様、そいつのせいで腕を大怪我したんですって?どうなったの?」


「ああ、それは……」



 女神の間から帰還後すぐに、ロイゼルドはアーヴァインとアルファーディに連れていかれた。

 彼の腕はアルファーディの水の精霊魔法で浄化され、魔法で満たされた特殊な液体に漬けられ大事に保管されていた。

 そしてアーヴァインは、イスターラヤーナで学んだという切断された四肢を繋ぐ手術法に彼自身の魔術を加えて、ロイゼルドの腕を見事に繋げてみせたのだ。もちろん初めての事で、ロイゼルドは実験台だ。



「浄化が上手くいって、毒素の影響も出ずに綺麗にくっついたって言っていたよ。まだ固定していて指先しか動かせないけど、そのうち完治するだろうって」


「さすがアーヴァイン様、良かったわ。片手ではなにかと不便ですものね」



 リゼットはふうと息をついて、紅茶の入ったカップをテーブルに置いた。



「それで、いつが式なの?」


「何の?」


「貴女達の結婚式」


「まだだよ!今回の後片付けも終わってないのに」



 エルディアはわたわたと慌てて首を振る。


 戦場となった各地の片付けが進められているが、まだまだ落ち着いてはいない。聖地はだいぶん元に戻ってきているが、大神殿の屋根はエルディアが吹き飛ばしたままだ。修理の工員を王都からも派遣してもらうことになっている。


 被害を受けた各国の状況もようやくわかってきて、イエラザーム皇国が主体となって破壊された街の救済を始めたところだ。

 トルポント王国に囚われていたレヴィナ公国の公子とスリム王国の国王は、イエラザーム皇国軍によって救い出された。しかし、彼等の国土の被害は目を覆うようなものだった。

 エディーサ王国とイエラザーム皇国の両国が支援する事が決まったが、復興にはかなりの時間がかかるだろう。


 王を失ったトルポント王国の処遇も決まっていない。トルポント王国の王位継承権を持つ王族は、この戦で全て命を落としたという。

 トルポント王国では王の死の少し前より、魔物の召喚に不満を持つ貴族達の内乱も起きていたらしい。


 イエラザーム皇国で行われた各国の協定の調印に行って来たアストラルドの話によると、皇帝ヴェルワーンは弟のシャーザラーン皇子をトルポント王国の王に据えて再興をはかる事を考えているようだ。


 以前エルフェルムを誘拐したイエラザーム皇国の第二皇子の処分は、皇位継承権剥奪と辺境領での蟄居であったと聞いている。

 かなりの温情処分だったと言える。母親である元皇妃も、現在は監視付きとはいえ息子と共に暮らしているという。

 トルポント王国に独立を認めつつ監視下に置くには、両国の王族の血を引く唯一の皇子が国王として立つのが平和的であると、ヴェルワーンは考えたようだった。


 エディーサ王国は魔物の被害の大きいレヴィナ公国とスリム王国に魔術師団を派遣して、土地の浄化を行う事になった。そのうち鷲獅子騎士団も生き残った国民の救援目的で、各国に派遣される予定になっている。

 ロイゼルドは聖地と王都を行き来して指示を出していたが、忙しすぎてここしばらく姿も見ていない。



「で、どうするんですの?騎士団は退団するの?」



 鷲獅子騎士団は残るが、結成した目的は果たされた。もう聖地を守る必要がない以上、エルディアの役目も終わった。



「アストラルド殿下は騎士として残ってもいいと言っているんだけど、ロイがね……」


「ロイ様が嫌がるんですの?」


「上官と部下の関係が嫌みたい」


「ま、色気はないわね」


「私、貴族のお茶会出たり、他国の外交したりは苦手なんだけどな。父様に頼んでリュシエラ王女の近衛騎士団に入れてもらおうかな。護衛得意だし」


「貴女、中身、結構男前よね。でも、女の子達は喜ぶかも。知ってる?最近王都の貴族令嬢の間で貴女のファンクラブが出来ているのよ」



 ニンマリ笑ってリゼットはエルディアの鼻先を指差す。



「何が出来てるって?」


「強くて綺麗で騎士服姿が凛々しいって評判よ。あの御前試合で何人も恋に落ちたらしいわね」


「……へえ」


「嬉しい?美貌の騎士様」


「やっぱり騎士位は返上しようかな」



 リゼットはつまらないわね、と頬杖をついた。



「もうわたくし達も十八になってしまったわねえ。わたくしもいい加減婚約者を決めないと」


「リアムとはどうにかなったの?」


「リアム?何でリアムの名前が出てくるの?」



 思ってもみなかったというふうの反応に、エルディアが首を傾げる。



「前に恋人の予約してたじゃん」


「ええ?リアムは親しい友人よ」


「そうなの?」


「恋人って感じじゃないわ。仲の良いお兄様ね。第一わたくしとリアムが一緒になったら、なんとなく歯止めが効かないカップルになりそうじゃない?」


「よくわからないけど、落ち着かない夫婦になりそうな気はする」


「でしょ?……気になる人がいないわけではないんだけど」



 ふう、と溜息をつくリゼットに、エルディアの目が光る。



「誰誰?」


「それがね、わたくしも自分の気持ちがわからなくて……」


「?」


 いつになく悩ましげなリゼットの表情に、エルディアも困惑した。

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