Enemy of Security(エネミー オブ セキュリティ)

羽川明

Enemy of Security

 ──そう遠くは無い未来。


 機械によって統治された実質的な独裁国家の中、いつしか人々は、人工知能コンダクターに従うだけの操り人形マリオネットと化していた。


 機械が示した流行を、、食べ、踊り、歌う。

 人々は、〝自分〟を見失いつつあった。



 無人の歩行者天国に、ただ一人、男がいた。


 ツンと突き出した前髪の一部をブロンズとでも言うべき錆びた金髪に染め、片耳を垂らしたイヤホンからは自分の曲が流れている。


 それは、彼がバンドを組んでいたころに歌った最初で最後の社会風刺ソング。

 メンバー全員の反対を押し切り、死に物狂いで楽譜スコアつづった思い出の一曲だ。


「上から下までトレンド着崩し街を闊歩するそっくりさんマリオネットたち。人工知能アイちゃんなしじゃあ前も分からなくて~♪」


 自然と体が上気じょうきして、気付けば男は口ずさんでいた。


 声量をおさえた歌声が、さえぎるもののない歩行者天国ステージに響いてき消える。


 八方を囲むビルの合間を、舗装された漆黒の海を、くたびれた白のストライプとともに。


「……オススメスポット一極集中。つどい、あつまれば間違い探しさ。何よりもまずは自分を探せ。今日も三食オススメメニューで~♪」


 昔、彼には恋人が居た。


 間が悪く、興味関心が他人とずれがちだった彼女を周囲は変人と呼んでさげすんだが、彼にとってそれは些細ささいなことだった。


 のちに訪れる、その日までは──


White-crowワイト・クロウ, White-crowワイト・クロウ

 欺瞞ぎまんを餌に空を埋め尽くせ! そんな白さに染まるくらいなら、ゴキブリだって愛してやろうぜ!~♪」


 ある晩彼が帰宅すると、彼女は浅く水を張った浴槽の中で倒れていた。


 『……ねぇ、間違ってたのは、私なの? ──狂っているのは、私なの?』


 伸ばされた血だらけの手首を、彼はどうすることもできなかった──


 ──そうして男は前髪を流行の過ぎた金髪に染め、〝違い〟が異端のように扱われる世界に、それを造り出した人工知能コンダクターたちに、復讐を誓ったのだった。


「……ow, White-crowワイト・クロウ! 答えられるなら教えてくれ! こんな世界をどう生きろってんだ~♪」


 その時、両脇のビルのすすけたモニターが、問いかけに反応して青白く明滅した。


『──社会や世界に貢献できるような生き方をオススメします』


 映し出された美少女ナビゲーターは次の瞬間ひたい銃槍じゅうそう穿うがたれ、モニターもろとも爆炎となって砕け散った。


 噴き出す二つの黒煙に、ちろちろと青白い電光が走る。


「……指図さしずするなポンコツ!!」


 数秒遅れてそこかしこのスピーカーたちが一斉に騒ぎ立て、依然立ち上る爆炎に爆音を添える。


 公共物の破壊行為はREDレッド──重度の違法行為だ。ぶつ切りになった男の歌を、けたたましいサイレンが取って代わる。


 鋭くがなる重低音が、神経をさらに逆なでした。


 男はもう、引き下がる気など無かった。下ろした二丁の拳銃も、手放すつもりは毛頭ない。


 正面に立ちふさがるビルの頭上から文字通り飛んで駆けつけた二機の白いカラスが、照射した緑の照準ポインターを迷わず男の額に当てる。


 数秒前まで二つの〝点〟でしかなかったそれらは、すぐにその細部が目視できるまでに距離を縮めてきた。


 『警戒レベル2:White-crowワイト・クロウ』それが、白いカラスの正体だった。


 カブトガニに似た扁平へんぺいな楕円形の胴体ボディ下部から捕縛用ネットランチャーと小型光線銃が取り付けられたL字型の突起が生えている。


 人工知能コンダクターたちは、〝警察〟をセキュリティシステムとして機械化し、全国各地を24時間巡回させているのだ。


 中でもWhite-crow《ワイト・クロウ》は突出とつしゅつして起用台数が多い。

 男は、駆け出しながら双方の照準ポインターをなぞるようにして拳銃を構え、ためらわず引き金を引いた。


 入れ替わるように飛来ひらいしたエネルギー弾を、鋼鉄の弾丸が貫く。


「ぐっ!」


 結果として、両手の銃が吹き飛ぶのと二機のカラスが爆散するのはほとんど同時だった。


 つま先を上げて急制動をかけると、イヤホンの外した片側が目元まで跳ね上がり、マットブルーのスニーカーから焦げるような匂いが立ち込めた。


 ──鳴り止まぬサイレンの中に、一際甲高い音が加わったのを男は聞き逃さなかった。


 遠くで細々と聞こえていたはずのそれが、唐突にクリアになる。


 蒼白そうはくとなって振り返ると、ビルとビルを結ぶ連絡通路を飛び越え高々と飛躍した人型の白い鉄の塊がすぐそばまで迫っていた。


 それは頭に乗せた流線型りゅうせんけいの回転灯を赤く怒らせながらコンクリートを数メートルにわたり巻き上げ着地する。


 そうして壁のごとく立ち塞ぐ2.5メートルの巨躯きょくで男の顔を見止めるや否や、胸部きょうぶのパトカーを模したV字型の回転灯までもを鋭く響かせて威圧し、機械音声の咆哮ほうこうを上げた。


 『警戒レベル4:SPスペシャル・ポリスAアーマード』だ。


 男は、四肢ししの震えを必死に抑え込みつつジャケットのふところから一台のスタンガンを取り出すと、虚勢を固めて迎え撃つ。


「……わりぃな鉄クズ。ロックバンドに、指揮者コンダクターはいらねぇんだ!!」


 ──今なら、あの手をつかんでやれるだろうか。


 間違っていたのはだと、狂っているのはだと。

 そう、告げられるだろうか?


 想いを胸に駆ける。

 いつか操り人形マリオネットたちが、〝自分〟を取り戻すと信じて。



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