第5話

 もうすぐ私の部屋。

 聖女の話を打ち明けた時、なぜか改装されそうになりました。阻止できたので通常の内装のまま過ごせています。


 早く人目につかないところへ……!


 長い廊下を恨んだのは、今日が初めてでしょう。それくらい、私の中のいけない感情が爆発しそうです。


 ついに、ついに!

 自宅へお誘いしちゃったわ!!


 静かにドアを閉めて、はしたなくベッドへ飛び込む。こんな姿、騎士様に見せられない!


 どうしましょう……。

 どうおもてなしすれば、騎士様は喜んでくれますか?


『あたしの名前、教えましたよね? ちゃんと呼んで下さい』


「きゃっ!!」


 今日の出来事を思い出してしまい、枕を掴んで悶える。今日も騎士様はとても格好良くって、ときめきが止まらない。


「祐奈ちゃん……」


 妄想の中の騎士様に応える。全身が熱湯に浸かっているみたい。幸せに包まれて息ができない。


 こちらの世界では名前で呼び合うのが普通。しかし前の世界では真名には力が宿るものとして、呼び合うことは禁止されていました。

 ここまでは騎士様に伝えられたけれど、例外があります。


 私の騎士様は、私の伴侶様になって下さいますか?


 考えてしまったら、勝手に足がばたつく。誰にも見られてはいないけれど、神様にだけ懺悔をする。


 名前を呼び合うのは、心も体も一つとなる伴侶のみ。

 などと、今さら言えるはずもなく……。

 それに、私も望んでしまったことなのだから。


 目が合った時から心奪われてしまった。あの優美な姿はどんな相手も惹きつけられることでしょう。

 その証拠に、周りに存在する可憐な花達は、いつも騎士様に熱い眼差しを送っている。この揺るぎない事実に、胸が痛みます。けれど、私にまで気さくな方。


 私の願いが叶ったのが、わかってしまった。

 それくらい、心臓が激しく反応した方でした。


「はぁ……」


 出会いを思い出すと、鼓動が早くなる。騎士様と一緒にいても同じ。

 この前も抱き上げられた時に、騎士様の手が偶然私の胸に触れてしまって。いつもより激しい心拍が伝わってしまうかもと、気が気ではありませんでした。それに変な声も出してしまいましたし。恥ずかしい。

 どうか、諸々気づかれていませんように。


 でも騎士様が望んでいるのは、清楚な聖女。

 本当の私ではない。


 崖から突き落とされるぐらいの早さで、私の体が冷えていく。私は清楚とはほど遠い、人間です。


 前の世界が平和になって、力の弱い聖女はさらに必要がなくなって。

 それでも神様から慈悲をいただけました。


『魔王討伐を成功させた者の内の一人として功績を讃え、転生の儀を執り行う。聖女として望む世界へ送り出そう』


 だから願いました。

 力の弱い聖女でも、求めてもらえる世界に行きたいと。

 その時、私の望みまでもを伝えてしまった。


『普通の人間としても生きてみたい。私だけの騎士様に出会いたい。その方と添い遂げたい』


 なんてことを願ってしまったのでしょう。こんなことを望む聖女など、存在しません。

 それでも、今が一番、幸せなのです。


 騎士様に知られるわけにはいきません。

 私の願いを知られてしまったら、きっと嫌われてしまう。


 視界がぼやけ始めたので、枕に顔を押し付ける。このようなことで泣くなんて、許せない。聖女とはもっと気高い者なのを、私が一番よく知っているのですから。


 もしも、もしも受け入れて下さったら……?


 期待してはいけないのに、騎士様の笑顔が浮かんでしまった。それだけで心が満たされる。涙もすぐに止まりました。


 しかし、この想いを告げることはないでしょう。

 今以上を望んではいけないのです。


 前の世界では、同性でも儀式を行えば婚姻を結び、子を成すこともできました。

 しかしこちらの世界は違う。

 それでも、さらなる未来を頭に描いてしまう。


 想像してはいけない!

 これ以上はしたくなってしまったら、騎士様は絶対に私から離れてしまいます!


 私は自分を律するべく、枕を叩いて煩悩を退散しました。


 ***


 いつもながら賑やかなクラス。だけど聖女様の顔色が優れない。


「乙女ちゃん、失礼します」

「きゃあっ! あのあのあの!!!」

「落ち着いて下さい。お疲れのようですから、保健室へ向かいましょう」


 すべすべの肌が気持ちいい。

 ずっと触っていたい!


 聖女様の前髪の下から手をすべり込ませる。優しく持ち上げ、あたしのおでこをくっつける。

 役得! 同性だからこそどこでも堂々と触れ合えるし。


 熱はない。けれど、今度は聖女様の白い肌がじんわり赤く染まり始めた。夏風邪は長引くっていうし、今日はもう帰った方がいいかもしれない。


「私のことを気遣ってくれるのは嬉しいです。でも、ゆ、祐奈ちゃんの隣が一番、安心できますから、このまま教室にいたいです……」


 今、なんて言った?


「きゃあっ!」

「すみません。本当にすみません」


 幸せすぎて鼻血が止まらない。

 照れた顔も、可愛すぎる呪文も、ここまで心許してくれたことも、全部が嬉しすぎて大好きです!

 これからもあなたの騎士はずっとずっーと、隣にいますからね!

 



【完】

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聖女様を護り隊! 〜女子校に降り立った女神は異世界転生してきた聖女様でした〜 ソラノ ヒナ @soranohina

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