第1話 3日目

 今日で生後3日目。午後からの面会だったが朝から気分が高揚している自分がいた。

 そう、単純にうれしかった。うれしいという感情だけを素直に楽しむことができた。病院までの車の運転にもゆとりがあり、それは燃費という形で確認できた。

 面会時間になり、インターホンを押す。開錠の音を聞いて扉を開き、待合室へと入る。荷物をロッカーに入れる。さすがに3日目ともなればスムーズだった。

 手洗いは昨日以上に念入りに行った。今日も肌の触れ合いをさせてもらえることが予想できたからだ(ホールディングといったか)

 保育器の中にいる娘は相変わらず小さかったけれど、顔は昨日とはまるで別人だった。例えば保育器に場所が変わっていたとしたら、探し当てることができる自信がない。それくらいの劇的変化だった。

昨日までの顔は生きてはいるものの、死がまだすぐそばに佇んでいるような気配があった。今だってすべてのチューブが抜かれ、保育器から放り出されたら1日だって生きていることはできないだろう。生前は母によって守られていたが、今は現代医学によって守られようやく生存できている。

 何から守られているか。それはもちろん死である。初日は死がすぐ後ろからジッと見つめているような、そんな薄ら寒さを感じられた。

 今はもう死相が薄らいでいる。きっともう何日もしたら目を凝らさなければ分からないくらい遠くへ去ってしまうだろう。

 昨日、一昨日のように感情に悲壮感が帯びることはない。死と隣り合わせでない生を初めて楽しむことができたのが今日だった。

 次に会ったときは名前を呼ぼう。以前から決めていたが顔を見るまではとためらった振りをし、その実は死に連れ去られた時の喪失感を想像し、それを少しでも和らげるためにためらっていた名前を呼ぼう。

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遇麗美人(うるわしき おとめに あい たまひき) 捨 十郎 @stejulon

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