終幕 追放されたテイマーはまだ死なない
「あ!いた!」
「ん?ああ、リンダか」
マルシェーヌにある最近はさほど隠れていない名店、『ランジェロス』。
そのカウンターの端。
暗がりのそこに赤い髪の男が座って酒を飲んでいた。
それを目ざとく見つけたのは青い髪の双剣士。
いつものやり取りである。
赤い髪の男、リュウセイはその前に立つ悪い顔のマスターに何やら怪しげな包みを渡す。
悪い顔のマスターは、包みの中を確認して満足気に頷いている。
これもいつものやり取りである。
「……いつもながらお前もなんで分かるんだ?」
帰ってきたと連絡は取っていない。
リンダは当たり前のように、リュウセイの隣に置いてある黒い荷物を席ごとよっこらせとどかすと、新しい椅子を持って来て座る――
「ちょっと!?何すんのよ!?」
――荷物がしゃべった。
「邪魔だからどかしたのよ?」
荷物――もとい、リンダからは荷物にしか見えなかった黒髪の艶女、クロマムシこと、オリザである。
やたらと露わなその豊かな胸元にはこれ見よがしに大きな青い宝石が飾られている。
「こんなところで、人の男に色目使ってないで、自分の店で適当なヤツからぼったくときなさいよ」
「失礼ね!ぼったくりゃしないわよ!料金表には書いてない別途価格を頂戴するだけよ!そもそもアンタの男じゃないでしょ!自分で言ってるだけじゃない!」
「言い続ければ真実になるのよ」
これもいつものやり取りである。
「こんばんは。リュウセイさん」
その後ろから『えへ』と愛嬌を覗かせるのは、すっかり逞しさを身に着け、見習いから卒業したヒーラー。
「ああ。リミもいたのか」
「あの…、…ミミです」
えへへ、と泣き笑い。
「にしても、リュウ。アンタもウロウロしてないで、家持ちなよ?いつ一緒に住むのよ?」
「知ってるだろ俺はこの街に住めん」
リュウセイは現在根無し草の冒険者である。
別に望んで根無し草をしているわけではないが、それを気にもしていない。
「……ちゃんと命令しないからでしょ?」
Sランク素材を大量に持ち込むリュウセイをマルシェーヌは手放したくはないのだが、街に住まわせられない理由がある。
とかくトラブルが絶えないのだ。
「マイルズにケンカ売ったバカが悪い」
それは随分前の話。
マイルズをバカにした冒険者たちがいたのだ。
まさか言葉が通じるとは思わなかったであろう彼等の結果は語るまでもない。
「コロポンとバルディエは?」
「……自由な奴らだからな」
コロポンは飲み屋が店先に掲げていた飾り物の巨大ソーセージを勝手に食ったことがあり、バルディエは珍しいものを見かけると借りたがるクセがあるからだ。
しかも、実力が実力なだけに文句が言えない。
「Sランクダンジョンを踏破出来るテイマーが、管理能力不足で使役獣の連れ込み禁止なんて聞いたことないわよ?」
「聞いたことがあろうがなかろうが、俺は俺だ。アイツらはアイツらだし」
くすりと笑うのはマスター。
「何これ?」
いつもの話を渋い顔で聞き流せば、リュウセイの鞄にぶら下がっている宝石を見つける。
「ああ。こないだ拾った」
それは赤い宝石。
小指の爪先ほどの小さな石だが、その存在感は凄まじい。
「うわあ!ありがとう!」
返事も聞かず、その宝石を奪い取る。
「「あ!!」」
恐ろしい素早さである。
ミミとオリザが声を出した時には、もうポケットの中だ。
リュウセイは全く気にしていない。
「青い髪によく似合うんじゃないか?」
そう言って色っぽい手付きでリンダの髪を撫で梳いた。
「あ!リュウセイさんだ!」
その声が響くと、酒場がざわめいた。
「「「ちっ」」」
盛大に女性陣が舌打ちした。
振り返れば、そこには絶世の美女。
と、美女を十重二十重に取り囲む男達。
男達は二十人ぐらいいる。
シフォンと
「レイチェルさん、お元気そうで」
「お前もな」
いつまで経っても様にならない伊達な服に身を包んだレイチェルが応える。
「あの、私は?」
「「「「「「「「「「スウィートハニープリティプリンセスには我々がおりますよ!!??」」」」」」」」」」
声が野太い。後、妙に必死で、しかも、微妙に揃ってない。
「次はどこへ行くんだ?」
自分の分だけ酒を頼んだレイチェルが尋ねる。
そのままオリザの隣に座ろうとしたが、オリザはするりとリュウセイの反対側へ移動した。
「次は海の向こうに、と思ってます」
「「「「はあっ!?」」」」
奇声が上がる。
「東の大陸で、珍しい肉があるらしいんですよ。いいソーセージが作れそうなんでね」
リュウセイは楽しそうに笑った。
今頃、街の外でモッファンの滑り台になっているであろうコロポンを思う。
そして、それをからかうマイルズとバルディエを。
アイツ等といれば、どこにだって行けるのだ。
リュウセイは昔と変わらない安い蒸留酒を口に含んだ。
☆☆☆
一冊の本がある。
『
その概要は以下の通りである。
"赤髪のテイマー・リュウセイは、慈愛の神・ランクセノンより命を受けて、かつてランクセノンが封じ、間もなくその封印が解ける悪神・ジェブエスの討伐へと旅立つ。
リュウセイと共にランクセノンの加護を受け、夜を司る黒い魔狼と化した心優しいモッファン。
仲間を殺された不条理に怒り、神の試練を乗り越えて昼を司る白い妖虎と化したニャルフィッシュ。
霊峰に住み、太古より人に叡智を授けてきた昼夜の狭間を司る赤い怪鷹。
三匹の使役獣を従えたリュウセイは、様々な難関をその機転で潜り抜け、蘇った悪神との戦いに挑む。
悪神の強さは壮絶で死闘となったが、リュウセイ達はその絆と心の強さ、そして神をも欺く深謀により悪神の隙を突き、星の石を使った滅神術により悪神討伐を果たす。"
その本は表紙が掠れ、指の跡が付くほどに読み込まれている。
本の持ち主たる少年は、その本の中身を諳んじる程に読み尽くしている。
それでもまだその本を読んでいる。
いよいよ明日。
ついに明日である。
少年が青年と認められる15歳になるのが。
彼は初めてこの本を読んだときから、主人公のリュウセイに憧れた。
三様の獣を巧みに操る頭の回転の速さ、そして、悪神を討ち果たすという不屈の心を持つ勇士。
甘いマスクと、乙女心をくすぐる細やかな気配りで数々の美姫を虜にした絶世の美男子。
驕らず、人の心の機微に聡く、何よりも人の幸せを願った、慈愛の神より寵愛を授かるほどの人格者。
何より、様々な窮地を冴えわたる知略でくぐり抜けた、テイマーらしいそのスマートな戦い方がかっこよかった。
先月、一足先に旅立った隣の家の幼馴染は身体が大きく力も強いからか、何でもかんでも腕力で解決すればいいと考える脳筋一直線で付き合いにも辟易した。
身体が小さく非力な少年はリュウセイのような神算鬼謀に憧れた。
特に最後の最後。
最も好きなクライマックス。
隠し持っていた星の石を用いて、ランクセノンより授けられた起死回生の滅神術を放つ
本と同じテーブルには小瓶。
髪を染める染料だ。
染料の色は赤。
壁に立て掛けてあるのは真新しい槍。
「テイマーになったら、先ずモッファンを仲間にするんだ!」
少年の明るい声が響いた。
〈終〉
--------------
ここまでご覧いただきありがとうございます。
これにて、【追放されたテイマーはもう死にたい】終幕です。
今の私ではここ以上の終わりどころは用意出来ません!!笑
予定通りでもあるんですが。
書き始めてから約五カ月。
ご覧くださった皆様には本当に感謝です。
コメントもたくさん頂いていて、書いていて楽しかったです。
特に毎話にコメント下さったご両名がおられなかったら、途中で心が折れてたかと思います 笑
皆様に頂いたハートの一つ、コメントの一つ、フォローの一つ、星の一つが本当に嬉しかったです。
……星は3つの方が嬉しいですが 笑
本当に望外な評価も頂いてまして、嬉しい限りでした。
さて、せっかくのご縁ですので、続けて読んで下さってるの把握できてる方で、作品を上げられてる方のご紹介を。
月白輪廻 さん
https://kakuyomu.jp/users/add_
フランチェスカさん
https://kakuyomu.jp/users/francesca
ぞいや@🐍黒ヘビ/🦊千階旅館/🍓幼馴染 さん
https://kakuyomu.jp/users/nextkami
他にもたくさんの方のご縁で支えられました。
ありがとうございます。
自分の宣伝も少し。
少し前から新しく連載やってます。
【荷物な荷物持ちは追い出されない 〜自分と世間からの評価は壊滅してるけど仲間からだけは実力を正しく評価されている規格外荷物持ち〜】
https://kakuyomu.jp/my/works/16817330666507912930
こっちは追い出されない話です。
こちらにも遊びに来て頂けると嬉しいです。
本当にありがとうございました。
またご縁を頂けるのを楽しみにしております。
――石の上にも残念 拝
追放されたテイマーはもう死にたい。~死に場所を求めた魔境ダンジョンで災厄級のダンジョンボスがテイム出来た~ 石の上にも残念 @asarinosakamushi
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