第106話 悪神の悪意⑱ チーム・リュウセイ
「……終わったの?」
宙ぶらりんになったシフォンがポツリと呟く。
そこにいたはずの悪神も、前世の肉体も何も見えない。
さっきまであった死闘は、まるで夢だったように霧散している。
しかし、それが夢でなかったのは荒れていた草原がデコボコに掘り返されているから。
そして、身体に痛みが残っているから。
ふわりふわりと身体が下がる。
足が地面に着いた。
立とうとした身体は腰から下に力が入らず、べちゃりと膝をついた。
☆☆☆
「うむ!」
コロポンが尻尾をぶんぶん振り回しながら、リュウセイの周りをぐるぐると駆け回っている。
「うむ!ヌシ!すごいぞ!」
やたら上機嫌である。
その向こうではマイルズが落ちた赤いマフラーを拾っている。
「凄いぞ!ヌシ!」
「何がだ?」
「あの石だ!」
「石? ああ……なんかあったな?白い大きいのが。よく見えなかったが」
「うむ!それだ!」
尻尾の揺れ方が凄まじい。
空でも飛べそうだ。
「アレは凄まじく旨かったぞ!」
「――何!?ホントか!?」
旨いと聞いてリュウセイの目が光る。
「ほんとかって、エレメンタルストーンですよ?あんなもん食べるんですか?」
「エレメンタルストーン?」
横から入って来た声に応える。
「ええ。私がお借りしてたのを、シフォンさんが使いたいって仰ったので、貸したんですよ」
「……あの、デカいヤツか?」
「ええ」
「ふむ。アレか。アレはあんなに旨いものだったんだな!」
「……あの石は、借りたって言ってたな?」
「ええ。ミカエルさんが泡吹いて倒れた時に、きれいだなぁって、お借りしてました」
「……もうないんだが?」
「ふむ。もう無いのか。残念だ」
「そうなんですよね。困りましたね」
「困りましたね、じゃ済まないだろ!?」
「そんなことより「そんなことじゃないぞ!?」
なんせ、有り得べからずサイズのエレメンタルストーンである。
ごめんなさいで済む話ではない。
「まあ、それは後で考えることにしまして、あちら」
ピラっと翼が一点を指す。
「あちら?」
「ふむ?」
その翼の先には、ぐったりと倒れ込む金髪の女性。
「おいおい!!」
慌てて駆け寄る。
泥に塗れて、ヒューヒューと荒く短い息を繰り返し、真っ青な顔をしている。
「大丈夫か!? マイル……マイルズ!?」
回復役に助けを求めようと、白猫を探せば、何がどうなったのか、赤いマフラーにぐるぐる巻になって、か細い鳴き声を上げていた。
☆☆☆
「死んだかと思いました……」
マイルズの回復魔法でかなり顔色が良くなったシフォン。
「にゃあ……」
リュウセイにマフラーを解いて貰って、ちゃんと首に巻いてもらったマイルズ。
「……ん?なんですか?マフラー?」
マイルズを見ながらボソボソ独り言を始めるシフォン。
「マフラーがどうしたんです? は? 何かってなんです?」
眉間にシワを寄せて、ワタワタと手を振り回すシフォン。
『アイツ、大丈夫か?』
『ふむ?』
『にゃあにゃにゃあ』
『元々おかしいってマイルズさん。マジェリカさんじゃなくてシフォンさんが喋ってますね珍しい』
『ああ、なるほど。一応二人で喋ってるのか』
「おい?」
「何か気になることがあったって何なんですそのあやふやなのは?」
「おい!」
「え? あ、はい!?」
ビクっとリュウセイに気付く。
「あの高慢チキはどうした?」
「高慢……あえ?マジェリカさん?あれ?私?え? 何?……はあ?…え?そうなんですか!?」
「??」
「あの、何か魂の使い過ぎで、人格として表に出れなくなったみたいです」
「へえ」
「………」
「………」
「…………」
「…………え?それだけ?」
「ん?何がだ? それだけだが?」
「…………私に怒らないで下さいよ」
「無事ならそれでいい」
「ええ。お陰さ……ってなんですか?ああ、もう、その話はあとでいいです……ん?え?犬?」
「犬?」
「うむ?」
犬と言われて、視線がコロポンに集まる。
「大丈夫か?何がですか?」
「なんだ?」
「ええ。はい。うん? 悪いもの食べてって食中毒みたいなそんな……」
「なんだ?」
「ふむ?」
「いや、悪神食べちゃったけど身体はおかしくないかって、マジェリカさんが」
「元気そうだが?」
「うむ。あれはさほど旨くはなか……」
そこで、言葉が止まる。
「ん?どうした?」
「ぬ?む?何だ?おおっ??」
突如ワタワタし始めるコロポン。
「コロポンさん?え?大丈夫ですか?なんか色々漏れてますよ?」
「にゃ?」
「ぬおっ!?ぐぬっ!?」
コロポンの身体の表面がパチパチと弾ける。
「!!?? え、ちょっと!?大丈夫ですか!? 素と魔力と神気がなんかめちゃくちゃになって」
「ぬぐおぉ!!??」
苦しむコロポン。それに呼応するように、パチパチがバチバチへ変わり、更に、紫電が走るように、身体中を得体の知れない光がビシバシ駆け巡る。
「お、おい!?大丈夫か!?」
「にゃ!?」
近付くリュウセイをマイルズが引っ張る。
「近づいたら危ないです!!」
一呼吸遅れてバルディエもリュウセイを引っ張る。
コロポンは荒れ狂う光の繭に包まれたようになっている。
「ぐぬぬ……ぬがっ!?」
「コロポン!?」
「!? にゃにゃあ!!」
マイルズが慌てて結界を張ったその時――
「ぬおおおおおおおぉおぉぉっ!!!」
――コロポンが爆発した。
☆☆☆
「うむ。時にヌシよ?」
「ん?何だ?」
気のない返事が返って来る。
「うむ。我は腹が減ったのだが?」
「にゃ!」
「そうですね!」
「……絶対おかしい……って言われてましても」
「お。ああ、そうか!……そうだな……いや、もう少し」
その声は段々と溶けるように小さくなっていく。
「また後で好きなだけ触れば良かろう?」
リュウセイは身体ごと抱き着いた巨大な尻尾をモフっている。
黒いふさふさの尻尾はコロポンの尻尾だ。
「……あり得ない……精霊の核に、エレメンタルストーンが?……いや、でも……まあまあ、本人が喜んでるんですし、いいんじゃないですか?え?良くない?なんで?」
独りでぶつぶつと会話をこなしているのはシフォンである。
「我は、あのソーセージが食いたいぞ?」
「ソーセージ?」
「うむ!最高傑作というヤツだ」
「にゃあにゃにゃにゃあ!」
「そうですね。私もまだ食べてませんし」
「ああ……」
爆発からこっち、リュウセイはコロポンに抱き着いたり、抱き着いたり、抱き着いたりと半分以上、夢見心地である。
空を白く染めるほどの大爆発をしたコロポンは、爆発後もけろっとしていたのだが、何が起こったか、肉体を獲得していた。
ふさふさの毛皮は変わらぬ黒。そして大きな身体に似合わぬほどに柔らかで、艶やかで、まさに極上の触り心地だった。
シフォンの中のマジェリカが混乱しながら何やら推測を述べていたが、誰も聞いていなかった。
『コロポンがモフれるようになった』
その事実だけで十分だった。
「あのソーセージはもうないぞ」
「何!?」
「にゃ!?」
「ええ!?」
「あの時食ったので全部だ」
もふーんと尻尾に馬乗りになるリュウセイ。
「おい!ヌシ!すぐだ!すぐ次を用意するんだ!」
「あ!?」
されるがままになっていた尻尾をピンと持ち上げて、リュウセイを落とす。
「肉だな!?肉がいるなら取りに行くぞ!今からだ!」
「にゃあ!」
「そうですね。ここからならダンシェルも近いですし、ちょっと一狩り行きましょうか?ダンシェルの素材で作るソーセージも美味しいんじゃないですか?」
「……ええ?明日でも良くないか?」
「ダメだ。我の背に乗るがよい!」
「背中?」
途端に目がキラキラするリュウセイ。
「お!そうか!よし行くか!!」
「ん?行くか?え?待って下さい!こんなところにか弱い女性ひと……って話ぐらい聞いてくださいよ!」
我に返ったシフォンが手を伸ばした時には、リュウセイ達は棺の入口に飛び込んでいた。
時間は間もなく夜明け。
空にある時間を過ぎたランセルの星は姿を隠し、人知れずいつもと変わらぬ朝日が昇るのを見守っていた。
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