赤い靴を履いた女の子 9

「ルナ? なにしてんの……え」


 ルナが生ゴミから飛び出し、俺に抱きついてきた。

 また妙なことして、と思って受け止めたら。

 下半身が生ゴミになった写真の少女がいた。


 だから、思考が停止してしまっていた。


「あっ……あぁ……」

「え? あれ、ん?」


 怯えているようだが。

 なんで怯えているんだろう。

 いや、人を殺してしまったからなのか。

 見つかったから……そうか見つけたのか。


 というか本人なのか?

 生ゴミのそういう妖怪?

 写真と見比べる。


「や! みないで!」

「あ、ごめんね……」


 目を逸らしたあと気づいた。

 いやおかしいおかしい。

 なんで従ってるんだ俺は。

 まだ混乱しているみたいだ。


「どうしよう。死んじゃう……どうしよう」

「……?」

「死んじゃう。死んじゃう!」

「お、おい!」


 なんだ?

 様子がおかしい。

 死ぬ。絞首刑ならば確実だろうし、そのことを言っているのか? なら、いち早くこの場から逃げるべきだが。……しかしそうではないらしい。

 少女はその場で頭を抱え、震えている。


「大丈夫か?」


 殺人鬼に妙な心配だったが、見た目がこれなのだ。

 死ぬ、死ぬなんて怯えていたらだれだってそうしてしまうだろう。


 問いかけに反応したのかは分らなかったが、彼女は独り言のようにつぶやいていた。


「私、だれかに見られたら死んじゃうんだ」

「なんだって?」

「見られたから死んじゃうんだよ……やだよぉ」


 ルナと顔を見合わせる。彼女も戸惑っている。

 見られたら死ぬなんて、そんな話。

 というか、そもそもだ。


「死んでないぞ」

「……え?」


 少女は本当にそう思い込んでいて、死なないことが意外だったらしく、手を何度も握ったり開いたりしている。まるでそれが常識だったみたいに。

 演技しているのか? なくはない。しかし。

 

 ……なんだ、この、不安感は。


「ホントだ……なんでだろ?」

「落ち着いたな?」

「うん……」


 彼女はおそるおそる、顔を上げた。

 そこでなにかに気づいた様子で、震えた声をしながら、たずねてきた。


「おにいさん、ひと殺しなの? 私も殺すの?」

「あれ、なんで知ってるんだ?」

「や、やだよぉ……!」


 そのまま泣きはじめた。

 なぜかルナに顔面をはたかれた。


「いって! なにすんだよ」


 そういって睨み返すともう一発はたかれた。

 なんだこのアホ人形。

 頭のどっか修理したほうがいいんじゃないのか。


 ……どうやらなにか伝えたいことがあるようだ。必死に少女を指さしていた。切り裂き魔の件か?

 いや、そういう切羽詰まった感じでもない。


 こういうとき困るから、文字書けるだとかしゃべれる機能つけてって言ったんだけどな……メリーいわく『言葉を持ったら人形の意味がない』らしい。

 それはそうかもしれないがやっぱり不便だ。


「お人形さん……ありがとね……あぶないからもうやめて……あなただけでも逃げてね……」

「うん? ルナといたのか」

「ルナ……ってお人形さん?」

「そうだよ。名前」


 急に少女は泣き止んだ。

 それから生ゴミから這い出て、興味深そうに俺の胸のなかにいるルナを眺めはじめた。


 こうしてみれば疑いようもない。

 薄汚れていることを除けば、外見的な特徴は一致していた。やはり写真の少女で間違いなかった。


「お兄さん、お人形さんとお友達なの?」

「まあ、そうなるのかな」

「いいなぁ……なんで動けるの?」

「よくわからないけど、魂込めて作ったらしいよ」

「そうなんだ。不思議だなぁ」


 ただ話していると、まるで一致しない。

 写真ではなく殺人鬼の印象と一致しなかった。

 この期に及んでまだ、納得できない。

 

 俺はきっと、見極めようとしていた。


「私にも作れるかなぁ……作りたいな」

「俺の友達が作ったんだ。いつか紹介するよ」

「え、ホント? いいの?」

「悪い子には紹介しないけどね」


 例えば、七人殺害した切り裂き魔なんかには特に。


「おにいさんもひと殺しなのに?」

「そうだよ。俺はたまに殺し屋なんだ」


 そう言うと、彼女ははっとして俺の眼を見た。

 真剣な、赤い瞳が徐々にうるんでいた。


「そんなことしちゃダメだよ」

「どうして? お嬢ちゃんは殺すの嫌い?」

「うん。だって……」


 また、泣きそうな顔をしていた。


「私、悪いこと嫌いだもん」

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五寸釘マン カオスマン @chaosman

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