切開
一縷 望
履き潰した靴底のごとくベラベラと剥がれるスマホカバーを固定するべく、セロファンテープをぐるぐると巻いた。その時、小さなスピーカも塞いでしまったらしい。
数日前のそんな出来ごともすっかり忘れた私は、休日の暮れを布団に伸びて過ごしていた。
ふと携帯を取れば、不在着信の報せが画面で光っている。
何故気づかなかったのだろうか……と電話の主を調べてたまげた! 私が片思いしてるあの人じゃあないか! と。
卒業式に連絡先を交換したっきり、まっさらだったトーク画面に着信履歴がポツリ。
これは是非かけ直して内容を問わねばなるまい! そうだ!そうしよう!
しかし、いざ通話ボタンを押そうとすると、手が震えて震えて……まるで人を刺す直前みたい。
強張る横隔膜を無理やり動かし、フウフウと整えた息のまま、よし、やろう、つって押しちまった。
コール音が鳴るが、どこか籠ったような変な音で、耳がおかしくなったのかとボリュームを最大まで上げる。その直後、ついに相手が出た。
『----・`^<-^^<-^--』
「ん!?」
声もやはりくぐもってしまい、何と言ったかさっぱり聞こえない。
私はスピーカを耳に押し当て、また声を待つ。
『ーー・’∧<ー!』
わからんっ!! さっぱりだ!!
携帯がついに壊れたかと耳から離して、合点がいった。スピーカをテープが覆っていたのだ。
焦って剥がそうとするが、何重にも巻いたテープは頑固だった。
我が慕い人との再会を邪魔するか!! 怒った私はカッターを持ち出した。
スピーカの上に刃を置けば、薄い金属を通して、話し続けるあの人の声が手に伝わってきた。私のよりずっと低く、大きな振動は、私の骨の髄まで染み込んで、思わず昂った心が痺れる。ああ……ずっとこのままあの人に酔っていたい……。
ほんの少し力を込めると、テープは「ぷつ……」とどこか恥じるような音を立て、素直に刃を通した。
少しばかりあの人の声が大きくなった。まるであの人のベールを少しずつ剥いでいるような心地がして、どこか後ろめたい。
スピーカに沿って刃を入れる。あの人の厚い声帯の奥に思いを馳せる。
どんどん声が近くなる。震える手を抑え、どこまでも降りてゆく。あの人の心の中まで──。
ついに全てを切り取った。電気信号の羊水の中からあの声を赤子のように取り上げ、その振動と戯れる。あの人は何度も、何か言っていたが、もはや内容など私には聞こえていなかった。
突然、『プ』と電話が切れて、声が途絶えた。掴まえられるはずもない声を追って、私の指が空を掻く。
開きっぱなしの画面に、ポッと白い吹き出しが咲いた。
『間違ってかけただけ。すまん』
本当はそんなことわかっていた。だから、だから少しでも長く聴いていたかった。
すっかり薄暗くなった部屋に、湿った風がゆるりと吹き込んだ。
切開 一縷 望 @Na2CO3
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