• SF
  • 現代ドラマ

どんぐり

 えい、どんぐりの面長にコンクリートを振り下ろす。乾いた音の聴こえたそばからぞわりと興奮の針が全身をさかのぼり、大人が見ていなかったか辺りをうかがう。
 手のひらよりも大きい鈍器をズズ、とずらせば、砕けた薄黄の実があられもなくアスファルトを汚していて、もっとその顔を見せておくれと髪を払うように殻を除ける。みずみずしい双葉を養うはずであった胚乳は、もうここで乾くのを待つばかりで、帰り道の林道でつやつやと光っていたあの健やかな面影はどこにもない。ふう、ふう、と荒れる息には若干の嫌悪と、それに勝る昂りが混ざっている。
 今年のどんぐりは凶作だった。こんなにも完璧などんぐりを割れるのも、今秋で今が最後だろう。意を決して夢中で実をほじくりだす。しゃがんだままの足がしびれて膝をつく。残った半身をどうしようか考えているそのとき、目の覚めるような痛みが指先から流れて、爪が赤く滲んだ。切っ先を晒して殻は、何食わぬ顔でそこにある。途端に興が冷めた。
 立ちたがった私はどんぐりに思いきり踵を振り下ろす。鈍い衝撃とアドレナリンがどうしようもなく腹で波打って泡立って、もう一度踏みつける。どんぐりが滑って飛んでいったから、追いかけて、また振り下ろし、いつの間にか鳴っていた五時の鐘はがんがんと耳元で咎める。全てが鳴り終わったあと、もういちど足を振り上げて、力尽きて下ろした。実を蹴飛ばして、白くなった道路をざりざりと擦る。石をいつもの場所に戻して、もう帰ろうと思う。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する