彼が空に手を掲げると、雨は必ず降った。
太陽の視線を遮るように、手のひらを中空でひらけば、温かな光は彼の皺だらけの手をひと撫でして、その数多からなる丘陵の一つ一つに夜と昼をもたらす。
瞬刻のうちに空は暗くなり、いつの間にか太陽は見えない。男は尚も手を掲げ、冷たい風が背後から彼を抱く。
男は自らの手を透かして眺めるように目許をしぼり、瞳孔から発せられる意志をさらに鋭くした。その先には、黒く厚くふくらむ雲が堂々。
はじめの1粒が乾いた土を舞い上げ、2粒目がそれをかき消す。ランダムに、しかし丹念に地面が鈍い色に塗りつぶされていき、水は地下でその出自を忘れ、1つになった。
「君は、いつまでそこで眺めているんだい?」
彼はやっと手を下ろすと、やさしい目でこちらを見た。
気付かれていたのか、と苦笑しながら、私は岩陰から立ち上がる。だが、そこから動く気は更々なかった。
「いつまで——そうやって眺めているんだ?」
彼は繰り返す。空へ掲げていた手を、私に差し出しながら。
私は、湿潤した空気を大きく吸い込むと、1歩、また1歩と温かな手の許へ向かった。
雨は全てを溶かし込み、私の出自をも、また、彼と1つにしてしまった。