おまけ:風《アイレ》を感じた日
ドール専門店「魔女アスティアの人形工房」
子供ではなく、大人をターゲットにした球体関節人形を取り扱う店
サイズも大きければ金額もお高いドールを専門に取り扱っているこの場所では、顔や目、手のパーツから服まで・・・ドールに関するものの全てが販売されていた
その中でも、特徴的な販売物が一つ
「魔女アスティアが作り上げた一点ものの人形」という設定で販売されている人形だ
豪華なドレスを身にまとった彼女たちは、様々な人々の元へと旅立った
あるものはコレクターの場所へ
あるものはドールに初めて触れた若者の元へ・・・
「・・・」
無機質な目で店を歩く人々を眺めた
後ろに座っていた彼女は初日に旅立った
隣にいたはずの彼女はもういない。いなくなったのは半年前だったか
あの子も、あの子も、あの子も・・・私と同時に店頭へ並べられた子たちはもういない
「また「売れ残り」だけかぁ」
「早くこの「売れ残り」を引き取ってくれる人が来ないかしら」
店員たちがぼやく姿を静かに眺める
当時の私は、眺めることしかできなかったから
まだ名前がなかった頃
私の呼び名は「売れ残り」だった
今日もまた店が閉じる。私は「売れ残り」のまま夜を過ごすことになる
その次の日だった
あの人が、怜さんがやってきたのは
・・
職場から東京出張を命じられた私と天野は、飛行機に乗って現地へと向かう
一通り仕事を終えた後、私と天野は「天野が行きたい店」という場所に向かうことになった
どうやらその店は東京にしかないらしい
せっかく東京に来たのだから、そこに寄らないと損だと彼はいい続けた
私はホテルに帰って早く寝たかったのだが、それは彼が許してくれなかった
・・・そういうわけで、私も彼についてそのお店に向かうことになってしまっている
「ここかい、天野?」
「ああ。そうだぜ。
「君の趣味が高じ、手芸趣味に加えて人形趣味が追加されていたのは、君の「可愛い相方」の写真と共に聞かされてはいたが・・・なぜ私もついていかなければならない」
「まあまあ。せっかくだからさ!付き合うだけでいいんだよ!」
「なぜ」
疑問をぶつけた瞬間、天野が耳元に顔を近づけ、小声で理由を告げてくれる
うっ、耳元に生暖かい空気が当たる。呼吸音気持ち悪い・・・勘弁してほしい
「ここさぁ・・・女性客多いんだよ」
「・・・そうだろうな。雰囲気からしてそんな気配がするし、実際に店の中を見ても、店員さんを含め、女性しかいないな」
「そういうわけ。流石に俺一人じゃ入りにくいんだよ。頼むよ、晴月!」
「・・・仕方ないな」
「サンキュー!じゃあ、早速入ろうじゃあないか!」
これ以上言い合っていてもキリがない。早めに折れておいたほうが得策だろう
心底興味はないが・・・まあ、見るだけだ。
味方を見つけた瞬間、天野は意気揚々と店内に足を進めていく
私は天野から引きずられるように店内に入った
視界に広がる西洋風の小部屋
あえて薄暗くされた部屋は、魔女の部屋に立ち入った感覚を覚えさせられる
「・・・それで、天野。君は何をしにここへ?」
「ユズたんの撮影だけど?」
「・・・」
天野の鞄からは、見慣れたピンク髪
写真でよく見せられる天野のお人形こと「ユズリハ」で間違いないだろう
なぜこんなところにいるんだ
「やっぱさぁ・・・東京まで来たんだから、記念撮影したくない?俺はしたい」
「仕事中にもそのユズたんとやらを鞄の中に仕込んでいたのか。君には心底呆れるよ」
「ぼ、ボロくそ言うなよ・・・」
「君が取引先に持っていくはずだった資料を忘れていなければ、ここまでは言わなかった」
「あれは申し訳ないけど・・・晴月が持ってきてくれていたから助かった!」
「あれは予備だ。全く・・・」
天野は営業成績こそいいのだが、とにかく失敗が多い
資料を忘れるミスなんてしょっちゅうなのだ
それをサポートするために、今回の出張だって同行させられたというのに
私はデザイナーだぞ・・・なぜ仲介役である天野の世話をしないといけない
・・・この男は、本当に手がかかる
「晴月は本当にしっかりものだよな〜」
「・・・そういう状況だからね」
「それは大変申し訳無い!」
「もう少ししっかりしてくれ・・・」
「じゃあ俺は撮影してくるから、晴月は適当に店内を回っていてくれ」
「あ、ちょ・・・」
店へ入れないだけで、店の中では一人で行動できるらしい
本当に分からない
「さて、どうするか」
なにもかもわからない空間で一人放置される私の気分にもなって欲しいものだ
しかし文句を言ったところで、天野が早く撮影を終えることはないだろう
彼はこだわりにこだわりを追求する面倒くさいタイプだ
とにかく、待ち時間が長いことは確定だ
置いて帰ってもいいのだが、後が面倒くさそうなのでここで待っておこう
適当に店内を回り、商品を見ていく
髪の毛、カラフルな目玉。それから服
髪と目の相場は分からないが、服は人間のものより高いな・・・
「何かお探しですか?」
「あ、いえ・・・連れを待っていまして」
「お連れ様は?」
「今、撮影?に・・・」
まさか店員さんに話しかけられると思っていなかったので、少しだけ挙動不審になってしまう
変だと思われただろうか。大丈夫だと信じたいが・・・まあ、そのあたりは気にしないでおこう
少しずつ心の冷静を取り戻しつつ、店員さんとの会話を続けていく
話している間に、天野が戻ってきてくれたらいいのだが
「なるほど。お客様自身は、ドールにご興味が?」
「・・・こういう場には初めて来ましたので、よくわからなくて」
「なるほど。本当に付き添いなのですね。そうだ。こちらへどうぞ」
「?」
店員さんから案内された先には、パーツ単品だけではない存在が待っていた
全てを身に着けた「完成された存在」
ドールとして成り立っている薄茶色の少女は、私を静かに出迎えてくれた
「パーツだけではイメージが浮かばないと思いまして」
「確かに、そうですね」
あれらを全て当てはめたら・・・こうなるのか
どこか憂いのある表情を浮かべた彼女を見ていると、不思議な感覚を覚える
なんだろうか、この胸の高鳴りは
「よい〜っす。晴月、戻った・・・ぞ」
「・・・」
「おい、晴月?晴月さん?
「・・・」
「もしかしなくても・・・ひ・と・め・ぼ・れ?」
「・・・かも」
光が反射して、彼女の青い目が光った気がした
ああ、なんだろう
可愛いというのは、美しいというのは・・・こういうことを言うのかもしれない
「おやまあ!」
「うるさい」
「この子、いつでもお迎えできますよ?」
「おむ?」
「・・・な、晴月。今すぐおむろ?お迎え。つまり買うんだよ」
「そう安々と決めていい金額じゃないと思うのだが」
「フルセットだからな。ほら、クレジットカード持ってたろ?一括が無理なら分割。それが駄目ならリボで行こう?」
「闇の誘いじゃないか!」
友達にリボ払い進めてくるヤツ、初めて遭遇したわ
早めに縁を切りたいが、こいつとは一生縁が切れない
心からそう感じている
「お客様。こちらの子、セール中でして・・・」
「え?」
「今、有料会員になると五割引きなのですが」
「お迎えしちゃえよぉ」
「記念で、限定お洋服とメンテナンスセットもつけています。特売品ですよ?」
「なっ・・・!?」
「俺も御祝儀だしてもいいぜ。好きな服、買っちゃいな・・・?」
「ひっ・・・!?」
店員さんと天野のそれぞれから詰められる中、彼女と目があった
青い瞳はなんとなく輝きを増し、私に何かを期待をしているような感覚を覚えた
それに私自身も・・・今、この機会を逃すと後悔する気がしたのだ
・・
それから数時間後
「ありがとうございましたー!」
「・・・」
大袋を持った私は、天野と共に店の外に出た
夕方だったはずなのに、気がつけば日は暮れて・・・夜になっていた
「やっちまったな、晴月?」
「・・・」
「その場のテンション?」
「それもあるだろうけど、直感的に「買うべきだ」って思ったんだ。後悔はしていない」
「そっか」
「それに、この子はなんとなくだが、私に新しい風を運んでくれると思う」
「かもな。今日からお前の殺風景な一人暮らしも彩りが混ざったわけだ。きっと、色々といい方向に向かう」
「そうだといいな」
「そういえば、名前。何にすんの?」
「名前?」
「そうそう。うちのユズリハみたいに、名前をつけたほうが愛着わくぞ?」
「名前か・・・」
ふと、思い浮かんだのは風
彼女を見てそれを感じたからかもしれないが
それにちなんだ名前にしたいなと考えた
「・・・アイレ」
「スペイン語で風だっけ?」
「ああ・・・多分、彼女にぴったりだと思う」
ふと、アイレが収まる化粧箱が小さく揺れた気がした
これが全ての始まり。私とアイレの出会った日のことだ
・・おまけの人物紹介
・アイレ
売れ残りの球体関節人形。薄茶色の髪に海色の瞳を持つ
衝動買いで怜に迎えられた。一緒に暮らす内に彼を支えたいと思い始め、彼が風邪を引いたタイミングで動き始めてしまった。面倒見が怜に限りとてもよく、生活サポート他なんでも全部おまかせあれ状態
・晴月玲
建築デザイナー。二十六歳。気難しいしっかり者。仕事に集中しすぎると生活が自堕落になる。手先が器用でアイレ用のミニチュアや設備をよく作っている。
好きなものは特売。財布の紐は雑魚。アイレと押しに弱い。五人いる姉と女っぽい名前が嫌い
・天野一樹
営業マン。二十六歳。怜の小学校以来の友達でビジネスパートナー
なんだかんだでアイレを迎えたきっかけ。ユズリハのオーナー
手芸が趣味で、副業でドール服販売をしている。双子の妹「
・ユズリハ
里子の球体関節人形。ピンク髪と桜色の瞳を持つ
元々は壱葉のドール。彼女の死後、一樹がオーナーを引き継いだが、それに納得しておらず、壱葉を探すために動き出した。甘えん坊で寂しがり屋。でも一樹の前では我儘
・
イラストレーター。二十四歳。怜と一樹のドール友達
二人とはイベントをきっかけに出会った。動くドールのオーナーとして情報を共有し合う。ヘッドメイクを副業としており、色々な子を生み出した。その中でもフランは特別
・フラン
創造の球体関節人形。白髪に赤い目を持つ
双葉にメイクを施された初めての人形で、完成した日に動き出した。彼女の理想を体現した彼女は、真逆だからこそできる事があると信じて彼女の側に留まり続けている。あがり症の双葉に代わり、SNS等の管理は全てフランが行っているとか・・・
50cmの同居人はオーナーを甘やかしたい。 鳥路 @samemc
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