こければいいのに

三奈木真沙緒

もし呪いが現実になったら

 つい舌打ちをした。

 さっきから、目の前をのろのろふらふら走っている自転車が目障りだ。小雨の中を傘さし運転しているのが、ふらつきの原因だろう。さっさと抜き去ってしまいたいのに、はかったようなタイミングで自転車は、右側に大きくはみ出してくる。対向車の接近を考慮すると、ブレーキを踏まざるを得ない。幅にはあまり余裕のない道路だ。こういう自転車に限って、歩道ではなく堂々と車道を走る。

 イライラが止まらない。

 まただ。もう何度目のことか、がつんとブレーキを踏み込み、誰もいない車内で不満を声に変換してまき散らす。自転車がふらふらと左側に戻って行き、黒い軽自動車と行き違うのを待って、アクセルに乱暴に足を乗せた。

 ああいう人は、自分が背後にどれだけ迷惑をかけているか、考えることさえしないのだろう。

「こければいいのに」

 そんな呪いが、口をついた。

 と――。

 不意に、自転車が大きくぐらつき、バランスを崩した。ぎょっとする。こければいいのにとは確かに言ったが、今すぐ目の前でなんて。ブレーキだけでは無理だ。とっさにハンドルを大きく右へ切る。投げ出される自転車、人体、傘。よけられたか。

 重いクラクションで、意識を前方へ引き戻される。目の前に、減速しきれていないダンプカーが……。

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