風竜様起床大作戦! 3

 次の日、ガイ様が風竜様を魔術で浮かび上がらせてお城まで連れてこられました。

 魔術をかけられて空を飛ばされているにも関わらず、風竜様は熟睡したままです。


 ……普通は起きると思うのですけど、なぜ起きないのでしょう。


 風竜様は、昨日のうちに整えられた広間へ運ばれます。

 広間には天蓋付きの大きくて豪華なベッドが運び込まれており、風竜様はその上に下ろされました。


「……相変わらずよく寝るな」


 ガイ様が小声でぼそりとこぼされます。

 何か用事があるときでないと会うこともなかった疎遠な関係だったそうですが、会いに行くたびに風竜様は熟睡なさっていたのだそうです。


『おお、風竜様……!』


 サラーフ様がベッドの上でくーくーと寝息をかいている風竜様の姿に、感動したように声を震わせました。見ればファティマさんも目を潤ませています。


 ……この姿を見ても感動できるなんて、バラボア国の方々の風竜様への信仰はなかなかのものがありますね。わたくし、子供姿のガイ様には威厳を感じますが、さすがに気持ちよさそうに熟睡してピクリとも動かない風竜様に威厳を感じることができません。


「頭を殴ったら起きますかね」


 ドウェインさんなんて、ピラミッドのキノコ探索がかかっているからか真顔でとんでもないことを言い出しました。風竜様への尊敬の念は爪の先ほども感じられません。


 ……さすがに竜を殴るのは、後が怖いので止めてください。


 しかしガイ様はガイ様でやはり真顔で「殴ったくらいでは起きんだろう」と言っています。どれだけですか風竜様!


 広間には酋長の方々も大勢いらっしゃっています。

 本来、魔物が活発化する三日間を終えたら各町に戻られるのだそうですが、風竜様がお目覚めになるかもしれないので皆様王都に残っておいでなのです。


 ……皆様、風竜様に畏怖を抱いていらっしゃるのか、広間にひれ伏して動きませんね。

 ちなみに宴会の時の舞子の方の一件がございますので、酋長様のお嬢様方は広間に入ることを禁止されています。と言いますか。サラーフ様がわたくしに近づくことを禁止されたのです。


 あの舞子の方と、その方にお命じになった酋長のご令嬢がどうなったのかは、サラーフ様もファティマさんも教えてくださいませんでした。ただ、城の中にはいないから再び危害が加えられることはないだろうとのことです。


 ……気になりますが、この話題は掘り下げてはいけないような雰囲気でしたので、わたくしも深く追及はしませんでした。軽い罰であることを祈ります。


 お城の使用人の方々が、広間に次々に美味しそうなご馳走を運んでは並べていきます。

 すごいですね。何十人……いえ、何百人分という量のお食事ですよ。

 わたくしとガイ様は、風竜様が眠るベッドのそばの椅子に座るように言われましたので、広間に運び込まれる食事を見ていることしかできません。大変そうなのでお手伝いしようと思ったのですが、ファティマさんに止められてしまいました。

 ドウェインさんはわたくしとガイ様のそばで、真剣な顔をして風竜様を見つめていらっしゃいます。早く起きろ、という呪いに近い念を感じますよ。


 食事がすべて運び込まれると、サラーフ様の合図で、扇情的な衣装をまとった舞子の女性の方々が十人ほど入ってこられました。

 にぎやかな音楽に合わせて、皆様が息の合った舞を披露なさいます。


 ……今回は剣舞ではないのですね。安心して見ていられます。


「うむ、なかなか見事だな」


 ガイ様も楽しそうです。


 ……ドウェインさんは言わずもがななので、放置しておきますね。


 ドンドンという太鼓の音に合わせて皆様が手拍子をしていますので、わたくしも真似をして手を叩きます。

 一曲目の舞が終わると、今度は女性と入れ替わりで男性の方々が入ってきて、手に持っている飾りのついた槍を振り回しながら力強い舞を舞われます。


 ……槍は怪我をしないか心配ではらはらしてしまいますね。


 でも、「やあ!」という大きな掛け声を聞くと、こう、わくわくしてきます。

 男性たちの槍を使った舞が終わると、今度はまた違う女性たちが入ってきて歌を披露なさいます。


「……んー」


 そのときでした。

 女性たちの歌声に交じって、ベッドの上で「くーくー」と寝息しか立てていなかった風竜様が、くぐもったお声を発しました。

 ハッとして振り返りますと、枕をぎゅうっと抱きしめてごろんと寝返りを打ちます。

 まだ目は開いていませんが、さっきと違って眉間にぎゅっと皺が寄っていました。


「アレクシア。適当に料理を取り分けて枕元に置いてみろ」


 ガイ様の助言で、わたくしは料理を取り分けに参ります。

 ファティマさんも手伝ってくださって、取り皿に数種類のお料理を盛ると、わたくしは風竜様の近くに持って行きました。

 すると、くんくんと風竜様の鼻が動きます。

 ガイ様も椅子から立ち上がり、ベッドの上に乗り上げました。


「何でもいいから口元に一つ近づけてみろ」

「わかりました」


 わたくしは串にささったお肉の塊をそーっと風竜様の口元に持って行きます。


 パクッ


 風竜様がお口を開けて食べました!


「……怠惰なやつだ」


 寝ころんで、目を閉じたままお肉に食らいついた風竜様に、ガイ様はあきれ顔です。

 ガイ様はベッドの上を膝行して風竜様に近づくと、ぺしっとその頭を叩きました。

 それを見ていたファティマさんとサラーフ様が息を呑みます。

 広間にいらっしゃる酋長さんたちには天蓋が邪魔をして見えなかったと思いますが、見ていたらきっと大騒ぎだったでしょう。


「ええい、いい加減起きぬか! 起きぬと、我がそなたに用意された食事をすべて平らげてしまうぞ!」


 ガイ様が風竜様の耳元で怒鳴りました。


「んー!」


 風竜様の口からは、抗議するような唸り声が聞こえてきます。


「いいのだな? 本当に我が全部食べるぞ?」

「むー!」

「嫌ならさっさと起きろ!」

「んーっ」

「眠い、ではない! もう五百年も寝ておろうが! いい加減起きぬと、土竜のように白髪頭の老人になるぞ!」

「……ぐっ」


 よくわかりませんが、会話できているみたいですよ? ガイ様すごいです!


 風竜様は「ぐぬぬぬぬ」と最後の抵抗のような唸り声を上げました。

 ガイ様がピクリと眉を跳ね上げて、わたくしに小さくてぷくぷくしている可愛らしい手を伸ばします。


「アレクシア、先ほどの肉をよこせ。頭にきた。目の前で平らげてやる!」

「ガイ様、さすがに全部食べたらお腹が苦しくなってしまいませんか?」

「我をなめるな。この場にあるものすべて平らげることなど造作もない!」


 さすが火竜様です。わたくしのちっぽけな胃と違ってたくさん食べられるのですね! 羨ましいです!


 ファティマさんサラーフ様は驚愕した顔をなさっていますが、ガイ様をお止めするつもりはないみたいです。

 ドウェインさん? もちろん止めるつもりもないですよ。むしろ率先してお料理を取りに行きました。風竜様が目覚めるかもしれないとあって嬉しそうです。「キノコキノコ」とキノコしか歌詞のない歌を歌っています。


 わたくしが串焼きのお肉を渡しますと、ガイ様がそれを持って豪快にかぶりつきました。

 そしてあっという間に一本目のお肉を平らげると、ドウェインさんが持って来た二本目にもかぶりつきます。


「そのまま我が食べつくすまで眠っていればいいのだ」


 ガイ様がふんっと鼻を鳴らしたときでした。


「……小憎たらしい声がすると思えば、ガイではないか。お前、そのちんちくりんな姿はどうしたんだ」


 寝起きの、かすれた声がすると思ったら、風竜様の碧色の目がぱちりと開いていました。


「風竜様がお目覚めになった‼」


 サラーフ様が叫びますと、歌っていた方々が歌をやめ、ひれ伏していた酋長さんたちも顔を上げて大きな歓声を上げられます。

 声が大きすぎて地響きの音みたいに聞こえてきますよ。

 むくりと起き上がって、ふわーっと大きなあくびをする風竜様に、ガイ様はむっと口を曲げます。


「誰がちんちくりんだ! シュロ! そなたこそ、いい加減その怠惰な生活を改めろ!」


 ……どうやら風竜様は「シュロ様」とおっしゃるのですね。


 さらりと風竜様のお名前を呼んだガイ様に、ファティマさんとサラーフ様が息を呑んでいます。


 ……ガイ様、ちょっとまずいかもしれませんよ。


 わたくしはひやりとしてガイ様をお止めしようとしたのですが、ガイ様とシュロ様の応酬は止まりません。


「とっかえひっかえ女を代える女好きは黙っていろ」

「誰がとっかえひっかえだ! 言っておくが、我は同時に何人も侍らせたことは一度もないぞ! 常に一人だけだ! 一途なのだ‼」

「一途なのは水竜のようなやつのことを言うんだ。お前のどこが一途なのだ。それで、そこにいる女は新しいそなたの伴侶か?」

「アレクシアは違う。我の世話係だ」

「世話係ねえ。見たところ火竜の……ああそうか、そういことか。だから俺はたたき起こされたのか」

「何がたたき起こされただ。五百年も眠れば充分だろうが」

「充分ではない。もうあと百年は眠るつもりだった」


 ……ひゃ、百年単位でですか⁉


 わたくしは驚いてしまいましたが、風竜様――もとい、シュロ様は、目をごしごしこすりながら、ガイ様が手に持っているお肉を見ました。


「仕方がないから起きてやることにする。それで、その食事は俺のものだろう? よこせ」


 シュロ様がガイ様の手からお肉を奪い取って豪快に頬張ります。

 ファティマさんがハッとされて、慌ててシュロ様のお食事を取りに行かれました。

 わたくしはお肉のソースで汚れたガイ様の手を拭いて差し上げます。


「ほれへ、ほあいあおいれいるろいうおとあおあのほおいれいるおあ?」

「食べるか喋るかどっちかにしろ‼」


 シュロ様は口の中のお肉をごっくんと飲み込んで、もう一度口を開きました。


「それで、お前が起きているということはほかのも起きているのか?」

「ああ、そういうことか。他のは知らん。我が起きたのもつい最近だ」

「ふぅん」

「どちらにせよ、全員が同じ時代に起きることは稀だろう。たぶんほかはまだ寝ているのではないか?」

「まあ確かに。……だったら俺のことも起こさずにいてくれればよかったのに」

「そうはいかん。そなたが起きねばアレクシアがいつまでもこの国に留まることになる。第一、あの妙な鍵を作ったのはそなただろう。責任はそなたにある」

「まさか鍵を反応させることができるものが現れるとは思わんじゃないか。このあたりにはほかに竜はいないし……」

「五百年も経てば事情も変わる」

「五百年なんてほとんど一瞬じゃないか……」

「寝てばかりいるからそうなんだ!」


 ……お二人の言い合いはまだ続きそうです。


 まあそうですよね。少なくとも風竜様がお眠りになったのが五百年前ですから、それと同じだけ会っていなかったのでしょう。積もる話もたくさんあるはずです。……ほとんど喧嘩に聞こえますが、きっとじゃれあっているのですね。


 なんにせよ、これにてわたくしの役目は終了ですね。

 よかったです。一時はどうなることかと思いました。

 わたくしがホッと胸をなでおろしておりますと、ファティマさんが言いにくそうに口を開きました。


「アレクシア様、その……ガイ様は、本当にアレクシア様の弟君でいらっしゃるのですか?」


 ……ハッ!


 わたくしは息を呑んで、ガイ様とシュロ様を振り返ります。

 仲がよさそうに(?)言い合いをしているお二人を見れば、お二人が旧知の仲であることは察せられるでしょう。ましてやガイ様はシュロ様のお名前もご存じで――


 ……こ、これ以上は誤魔化せないでしょうか?


 わたくしは助けを求めるようにドウェインさんを見ましたが、ドウェインさんはそわそわとシュロ様を見ていて全然頼りになりません。いつピラミッドのキノコ探索の交渉をしようかと、そればかり考えているのでしょう。


 ……で、でも、この状態で何ですが、わたくしの一存ではお話しできませんし……。


 ファティマさんもサラーフ様も疑いのまなざしを向けられていますので、下手に誤魔化すのはよくないですよね。


「そのことについてですが、わたくしの判断ではお話しできません。実は、わたくしの夫が今こちらに向かっている途中でして、数日後には到着するはずなのです。お話はそのときでよろしいでしょうか?」


 すると、サラーフ様が驚いたように目を見張りました。


「……アレクシアは、結婚していたのか」


 あ、そういえば、サラーフ様には言っていませんでしたね。





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2025年1月10日 12:02
2025年1月17日 12:02

【Web版】大魔術師様に嫁ぎまして~形式上の妻ですが、なぜか溺愛されています~ 狭山ひびき @mimi0604

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