最終咄 草履で絶交って、どんだけ~
で、馬琴ちゃんと北斎さんは、大ヒットした三七全伝の続編をまたぞろ共作することになったんでゲスよ。
もう喧嘩することは、ぜってェ見えミエなんですから、「やめんしゃい」と思うでしょ。ところが、この二人、喧嘩するほど仲がいいって不思議な関係だったみたいで、性懲りもなく、またセットになって仕事しちゃうんですよ。
それが『
この作中の場面に、大立ち回りのシーンがあるんですよ。まあまあの山場なんですけど、そこの場面の雰囲気を盛り上げるために馬琴ちゃんは、ちくとアタマをひねりました。
立ち回りの男の口に草履をくわえさせて、歌舞伎のように大ミエを切らせれば、団十郎ばりの面白い絵になるんじゃないかってね。
そこで馬琴ちゃんは北斎さんに言いました。
「あのさ。挿絵ポイントは草履だよ。草履を口にくわえさせた必死の形相を描いておくんな」
これに、北斎さんがへそを曲げます。
「ヤだねったら、ヤだね。箱根半里の~半次郎だよ」
「なんで、唐突に氷川きよしが出てくるんだよ」
「そんな汚い絵を描くのかヤなんだよ。それによ、いくら咄嗟のきわなんてェギリギリの場面でも、泥のついた草履なんか、くわえるヤツがどこにいるんだよ。その寝ぼけ顔を洗って出直してきな」
こうなると馬琴ちゃんもアタマから湯気がポッと出ます。
売り言葉に買い言葉ってんで、キツイ一発をかましました。
「ふん。この本の作者はオイラだよ」
「それが、どうしたってんだ」
「前から言いたかったけどよ。絵描きってのは、作者の注文どおりに描くってのが、この世界の慣例よ。ルールよ。この際、その習わしに従ってもらおうじゃないの」
「おきゃあがれ。絵師を低く見やがって。冗談はイワシの干物みたいな顔だけにしな。あっ、待てよ。そこまで言うなら、オメエが草履を口にくわえてみな。ほれ、この草履だよ」
そう言って、北斎さんは土間の草履を馬琴ちゃんの前にポンと投げつけました。
思わず額に青筋を浮かべた馬琴ちゃん。ぶるぶると口をふるわせながら、こう言い放ちます。
「もう金輪際、オメエとは仕事しねえ。顔を見るのもご免でえ!」
北斎さんも負けずに言い返します。
「てやんでえ。あきれ蛙の立ちションベン。それは、こっちのセリフだいッ」
かくして、二人は絶交と相なりましたが、江戸の版元連中がこのベストセラー製造機の二人を放っておいてくれるはずもなく……。
ホントはこの因縁話、まだまだつづきますが、もうこの辺でヨシコさんにします。おふざけ文章の拙作で今までお目汚しされた方に、「ごめんなさいね」と謝らせてください。
あっ、マジメな文芸調?の北斎作品を改めてお読みになりたい方は、カクヨム様投稿作『北斎とお栄―その晩年』をどうぞ。電子書籍の北斎三部作も上梓していますけど、我田引水みたいになりますから、ここでのタイトル名公表は控えさせていただきますね。
――終わり(いずれ、江戸随一の版元、蔦屋重三郎さんの物語も執筆予定です)
馬琴ちゃんと北斎さん 海石榴 @umi-zakuro7132
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