第8話 狐に化かされて?スッタモンダ

 なんやかんやトラブルはありましたけど、馬琴ちゃんと北斎さんは合宿することで、名作、力作、傑作などを次々と世に送り出し、自分たちもすっかり「センセ、先生、センセー」なんて言われるようになってメデタシ、めでたしでござんした。


 ところがセットで売れっ子になったものですから、二人の因縁はこれで終わりゃしません。江戸の版元があの二人で本を出せば売れるってェんで、注文殺到。そのひとつが、『三七全伝南柯夢さんしちぜんでんなんかのゆめ』ってェ読本でゲス。


 この本で主人公の三勝さんかつ半七はんしちが情死、つまり心中をはかるシーンがあるんですけどね。そのさびしい場面の挿絵に、北斎さんが狐を描き加えちゃいました。ところがですよ。この狐って、ストーリーのどこにも出てこないんですよ。


 でね、馬琴ちゃんがムクレました。

「この情死の場面に、どうして狐が出てくるんだよ。オイラの本のどこに、狐がいるんだよ。唐突に狐なんか描き足すんじゃァねえよ。オメエ、狐にでも化かされているんじゃァねえか?」

 喧嘩っ早い北斎さんが、てやんでえと言い返します。

「ふん。バッキャロー。狐きみてェな貧相な顔しやがって。情死の場面だからこそ、狐が出てくりゃ、なんちゅーか、妖しい雰囲気がたちこめるってェ寸法よ。それがわからねェなんて、ああー、イヤだ。いやだ。バッカじゃねえの?」


 二人とも頑固そのもの。一歩も引きません。まるで子供の喧嘩ですけど、互いに認めあっているからこそ、喧嘩もできるってモンです。それに、馬琴ちゃんも北斎さんも、こいつにだけはぜってェ負けたくないなんて、ライバル意識があるからモー大変。


 延々と言い争った後、北斎さんが狐ならぬイタチの最後っをかまします。

「あー、そうかよ。そうでござんすか。あくまでも狐を消せと言い張るんなら、この本に今まで描いたオレさまの挿絵は、もう一切合切、使わせねェ。あー、やめた、ヤメタ。オレはこの仕事から降りたっていいんだぜ」

 

 この北斎さんのセリフに、版元の市兵衛さんが真っ青になります。そんなことになったら、来年の正月の売り出しに間に合いません。稼ぎはイッコーさんじゃありませんけど、まぼろしーになっちゃうてんで、必死になって事態の収拾に相つとめ、なんとか丸くおさめました。


 結局、北斎さんの狐は生き残り、本も翌年正月、無事に発売されて、これがまた大ヒット。馬琴ちゃんと北斎さんの名声はますますウナギのぼり、鯉の滝のぼりってワケでゲス。


 となると、江戸の版元は、ますますこの二人の天才にモミ手すりすり。

「センセ、うちからも本を出してくだせえよ」

 てんで、平吉(木蘭堂もくらんどう)ってェゲスな男が、二人に提案します。

「いかがでげしょう。大当たりの三七全伝、続編を出すってェのは。へへへっ、柳の下には二匹目のドジョウが……ってェ寸法でさァ。えへへっ」

 

 よその版元が出した本の続編を作ろうってんですから、この平吉ってェ男もどんだけーなんですけど、この当時の江戸ってなんでもアリみたいな時代だったようですよ。

 でもね。この馬琴ちゃんと北斎さんて、またぞろ、性懲りもなくやっちゃうんですよー。さあ、皆さまお立合い。

 

 ――つづく(次回あたり、そろそろ終わりにしますね)

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