【書籍化記念SS】誕生日も、騒がしい


 奏斗かなとが『便利屋ブルーヘブン』の店主であるてんに出会ったのは、十五歳の誕生日だった。

 十一月二日。肌寒い明け方の公園で傷ついた体をベンチに投げ出していたら、犬の散歩途中だった天に声を掛けられ、怪我の手当をしてくれたばかりか、朝食を与え店で休ませてくれたのだ。


 夜の仕事をしながら、ガラの悪い男たちと付き合う母親。男たちは、ストレス解消のためだと、奏斗を殴る毎日。

 やがて借金とりにまで暴力を受けるようになった奏斗は、母親を守るためと身を挺して一方的な暴力に耐えていたが――母親とは別れ、便利屋に身を寄せることを決意する。

 

 だからそれまでの奏斗にとって誕生日は、特別でもなんでもなかった。ところが今は――


「おーい、カナト。大学終わったら、直接ねこしょカフェな」

「はい、天さん。行ってきます」

「おう、気をつけてな〜」


 便利屋と同じ商店街にある『ねこしょカフェ』――猫と古書が楽しめるカフェだ――で祝うのが、毎年の決まりになっている。

 はじめは、朝七時から午後三時までが通常営業時間のカフェで、わざわざ皆が集まれる夜の時間帯に開けてもらうことに罪悪感があった。奏斗が頑なに断ったところで、便利屋店主で大天狗である天が「遠慮すんなばーか」と、物理的に首根っこを掴んで無理やり連れていくものだから、押し切られる形で受け入れているうちに、早くも四回目である。身長百八十二センチで、鬼の血を引く分厚い体である奏斗は、自分のような『ゴツくてデカい』男の首を掴んで運べるのは、日本中どこを探しても天(身長百九十二センチ)ぐらいしかいないと思っている。


 一年目は、天と奏斗の他、ねこしょカフェオーナーのたまき、店員の光晴こうせいとカフェの二階に間借りしている退魔師の蓮花れんか、看板のシオンが祝ってくれた。翌年はそこに二神にかみという、蓮花に片想い中のサラリーマンが加わった。奏斗が大学生になった今年は、仕事で関わりのあった人々も来てくれるという。大学の同級生のはやて羽奈はな、同じ商店街にある洋菓子店のパティシエであるしょうとその彼女の麻耶まやだ。こうして考えると、なかなかの大人数だな、と大学へ向かいつつ奏斗は思う。


(まさか俺が、こんな風に誕生日を祝ってもらえるようになるだなんて)


 実の母親に捨てられた自分。しかも鬼の血を引いていて、尋常でない怪力の持ち主。愛想もないし、目立った良いところもない。


(みんな、優しいよな……)


 物思いに耽ったまま電車から降り、駅のホームを歩いていると、視線の先で異様な気配がした。

 通勤通学ラッシュで人の多い中、身長の高い奏斗でなければ、行先すら見えないぐらいの混み具合である。高い目線を活かして異様な気配を辿っていくと、五、六人を隔てた先で女性の頭が不自然に揺れている。何度も身じろぎをしているように見えた奏斗は、迷いなく歩を進めた。


「すんません、通してください」


 奏斗に声を掛けられて振り返れば、耳にはボディピアスが並ぶ、黒マスクを着けた目つきの悪い強面こわもてである。多少身動きがとりづらくても、誰しもがびくっとなり、あっさり道を譲ってくれた。

 内心苦笑しつつ、奏斗は目的の場所まで進んで行った。


「なにしてんの」

「えっ」


 目を見開いて奏斗を見上げる女性は、十代後半ぐらいか。

 通勤通学とは思えない、露出度の高いミニ丈ワンピース姿だ。ぱっちりとした二重の大きな目に長いまつ毛、ふっくらとした唇は赤い。明るい茶髪はゆるやかに巻いてあり、いかにも男性が好きそうな見た目だなという印象だ。奏斗は女性に対して、静かに告げる。


「あんたさ。なんか怪しいことしようとしてない? そのカバン。服装に全然合ってねえけど」


 ギョッとなった女性の態度を見て、奏斗は意外と素直だなと妙なところに感心する。

 女性が胸に抱くようにして持っているカバンは、どう見てもビジネスバックだ。A4サイズで、ノートパソコンも書類も入る機能的な黒いナイロン製。少なくとも、ミニ丈ワンピースで持つような物ではないだろう。


「なによ! なに言って」

「はいはい。んじゃ落とし物? 駅員室行くならついていくけど」

「っ余計なお世話!」


 否定するものの、下唇を噛み締めて何かに耐えている様子の女性を見て、奏斗は努めて優しい声で話しかける。

 

「余計なお世話なのは、わかってんの。でも悪いことなんかすんなっつの。だせぇ」

「っ」

「追い詰められてんのかもしんないけどさ」


 女性はハッとして顔を上げた。図星か、と奏斗はその様子を見てとる。

 

「なら……」


 奏斗は、スマホカバーの中に何枚か差してある、ショップカードを一枚取り出した。


「どうぞ。うちはんで」

 

 カードには、青い文字で『便利屋ブルーヘブン』と書いてあり、裏には住所と電話番号と『なんでもお手伝い!』のキャッチコピー。

 

「とりあえずさ。それ。忘れものかも、て届けたら? 付き添ってやるから」

「うっさい! ……一人で、行ける……」

「そか。んじゃ、俺はこれで」

「ちょ、アタシが嘘ついてたら」

「いや、嘘はついてねえだろ」


 奏斗は女性の目を見て、断言した。これでも便利屋として様々な人間を見てきて、多少見る目はあると自負している。


「困ったら、連絡しろよな。んじゃ」


(黙ってられねえよな。あやかしの気配、したもんなあ……)


 誕生日に、余計なことに首を突っ込んだかもと少しだけ後悔しつつ、奏斗は小走りで大学への道を急いだ。

 その背中を、女性はホームに突っ立ったまま、見送っている――

 

    ◇


 大学での講義が終わった後、レポートのために図書館で調べ物をし、奏斗が家路についたのは十八時ごろだ。

 勉強に集中していたため、マナーモードにしていたスマホへ天からの着信があったのに、気づいていなかった。


「うわやべ。……もしもし、天さん?」


 キャンパスを歩きながらスマホの通知をタップして掛け直すと、天はすぐに出た。


『おいぃ、カナトぉ。なんかややこしい客来たぜぇ』

「え」

『かわい子ちゃん』


 朝の子か、と奏斗はすぐに思い当たる。

 

「あー……今朝あやかしの気配したんで、とりあえず連絡先渡したんすよ」

『なるほどねえ。とりあえずねこしょカフェ連れてっとくわ』

「わかりました、すんません。今から行きます」

『おう』

(しまった、メッセージ入れとくべきだったな)


 天の懐の深さに感謝しつつ、奏斗は帰路を急いだ。


 ――そうして、カラロンと古風なベルを鳴らし、お馴染みの『ねこしょカフェ』の扉を開けると、柔らかな笑みを浮かべた店員の光晴こうせいが出迎える。


「やあ、奏斗くん」

「みっちーさん、ちわっす」


 光晴は、ミツハルと呼び間違える天が付けた「みっちー」というあだ名が浸透しているため、奏斗もそう呼んでいた。

 テキストとノートがみっしり詰まった重たいリュックを下ろしながら、奏斗が店内奥へと歩を進めると、大体のメンバーが揃っている。


「おかえり、奏斗。二神は残業で遅くなるそうだ」


 カウンターの中から奏斗へ声を掛けたのは、退魔師の蓮花である。長い黒髪をポニーテールにし、エプロン姿で何かを作っている様子だ。

 

「ただいまっす、蓮花さん。ありがとうございます」

「いや。それより」


 蓮花に、目線だけで奥のブースを指された。猫又のシオンが人の姿で、天とともに女性の前に座っている。


「うわ、やっぱりか。行動早いな」


 思わず愚痴のこぼれた奏斗に、蓮花が半ば呆れたように言う。

 

「奏斗、あれは厄介だぞ」

「あー……」

「おたまさんがいなくて良かった」

「うっ」


『おたまさん』というのは、ねこしょカフェのオーナーであり、大天狗の天さえ一歩引くような大妖怪でもある。


「まあ、まあ。お話聞いてみようよ、ね? 二神くん来るまで時間あるしさ」


 にこやかに微笑む光晴に甘えて、奏斗は頷いた。


「あ……!」

「どうも」


 朝の態度とは打って変わって、女性から謙虚な姿勢で頭を下げられたのが意外である。


「あのアタシ、百目木どめき茉莉衣まりえと言います」

「あー、奏斗、です……天さん、シオンさん。連絡してなくてすみません」


 挨拶しつつ、天とシオンにも頭を下げると、シオンは

「いいよいいよ」

 と微笑み、天は呆れ顔で

「カナトぉ、おまえ、お手柄なのか厄介ごとなのか、わっかんねえぞこれ」

 テーブルの天板に片肘を突いた。


「えぇと、なんですか」


 戸惑いつつ茉莉衣の隣に奏斗が腰を下ろすと、じっと横顔を見つめられる。


「なに……?」

「一目惚れしました」

「はあ⁉︎」


 何言ってんの⁉︎ と叫びそうになった奏斗を、天とシオンが心底面白そうな顔で見ていて、逆に冷静になった。


「誕生日にカノジョできるとか、すげえなカナト」

「やるじゃん、カナトってば」

「いやいや、やめてくださいよ」

「え! 今日、お誕生日なんですか⁉︎」


 からかう天とシオンの言葉を聞いた茉莉衣から、ぐいっと身を寄せられ、奏斗は思わず仰け反った。


「なんだっての……勘弁して」

「アタシ、叱られたの初めてで」

「ええ?」


 ひたすら困惑する奏斗にオレンジジュースを持ってきた光晴が、眉尻を下げる。

 

百目木どめきコーポレーションのお嬢さん、なんだってさ。昔の取引先だよ、懐かしいな」


 光晴は、今はカフェ店員だが元はM商事でサラリーマンをしていた。その光晴の説明によると、百目木コーポレーションは某西側諸国の王族とも懇意な、国内でのエネルギー調達最大手企業だそうだ。奏斗のような一般人でも、テレビをつければ流れるCMで、企業ロゴは毎日のように見ている。

 

「はあ⁉︎ いやいやそれってなんのドラマすか」

「現実だよ奏斗くん……すごい引きだよね」

「みっちーさんまで⁉︎ 俺はただ、あやかしの匂いがしたから……あ」


 やべ、と奏斗が口を塞ぐも、茉莉衣はニコニコしながら口を開いた。


「はい。うち、百々目鬼どどめきの血を引いているらしくって。昔はお金盗りまくって財を成したんですけど、今はやってないですよもちろん。でもアタシ、血が濃いみたいで。男から金盗みたくなって我慢できなくてそれで今朝ついに……あ、ちゃんと届けましたよ!」

「うおあ……」


 椅子から落ちそうになるぐらいに奏斗が仰け反っても、茉莉衣はどんどん身を乗り出し畳み掛けてくる。


「でも、奏斗くんに止められたら、スッとしたんです! だから、これからも叱って欲しくって!」

「叱ってて言われても……」

「じゃあ依頼します! 一回いくらですか!」

「はあ⁉︎ ばっかじゃねえの⁉︎」

「だって、便利屋なんでしょ⁉︎」


 動揺する奏斗が天を見やると、腹を抱えて笑いを堪えている。シオンはシオンで、瞳孔がきゅううと細くなっている。駄目だ、これはふたりとも助ける気がないぞ、と分かってしまった。

 渋々奏斗は姿勢を正し、茉莉衣に落ち着けとジェスチャーだけできちんと座らせる。言うことを聞く態度からして、派手な見た目と違い、きちんとした『お嬢様』であることは分かった。


「あー、なんつうかそのー、金はいらねえし」

「んじゃ、カノジョにしてくれますか!」

「しねえ」

「ええっ!」


 やべ、泣くか⁉︎ と一瞬慌てた奏斗だったが、

「初めてフラれました‼︎」

 と目を輝かされて、申し訳ないがげんなりしてしまった。

 

「とりあえずさ、あー……金盗りたくなったら、ここに来れば? 止めてはやるから」

「はあ〜ん、優しい〜! 好きぃ〜!」


 ついに奏斗は、両肘をテーブルに突いて両手で顔を覆う。それでも茉莉衣のテンションは下がらなかった。


「恥ずかしがり屋さん⁉︎ 可愛いっ!」

「うるせえ。ちょっと黙れ」

「はいっ!」


 ちょうど店を訪れた大学の同級生であるはやて羽奈はなのふたりが――


「うあ〜! 奏斗くん、ついに僕たちとダブルデートする日が⁉︎」

「奏斗さん、紹介してくれる?」


 と聞いてきたので、奏斗はいよいよテーブルに突っ伏した。


 誕生日ケーキを持ってきてくれた翔と麻耶には「ろうそく増やそう!」といじられ、残業を終えて合流した二神からは「まさか奏斗くんに彼女が……追い抜かされるなんて」と落ち込まれ、みんなから祝われた十九歳の誕生日パーティは、夜遅くまでワイワイ続く。

 

 奏斗にとって、今年も決して忘れられない思い出となった。

 


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2024/11/13~電子書籍、11/15~紙書籍

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【書籍化しました‼️11月発売👺】便利屋ブルーヘブン、営業中。 卯崎瑛珠@初書籍発売中 @Ei_ju

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