栗花落
西しまこ
第1話
細い雨が降っている。
僕は傘は持たない。細い雨なら、パーカーの帽子かキャップをかぶってやり過ごす。
傘は嫌いなんだよね。
これくらいの雨なら、僕は傘をささない。
傘を畳んだときの濡れた感じが嫌だし、何より傘を持ち歩くのが嫌なんだ。僕はしょっちゅう傘を忘れて、親に怒られた。だから、というわけでもないけど、傘を持ち歩くのはやめたんだ。
まだ小学生のとき、傘をさして歩いていたら前が見えなくて、僕は自転車にぶつかってしまったことがある。小さくて、傘をうまくさせなくて、雨は前から降っていたし風もつよかったから、傘をさすことにいっしょうけんめいだったんだ。
僕はそのとき何が起こったか分からなかった。
衝撃と痛みと誰かの悲鳴と。
僕はたいして怪我はしなかったけれど、相手の女性は後ろに幼稚園くらいの子を乗せていて、その子が自転車から放り出されて怪我をしたんだ。
僕は母さんに怒られた。なんでちゃんと前を見て歩かないのって。小さな子が頭を打ったじゃないのって。
ねえ、僕も痛かったよ。ここ、ほら、血が出てるよ。そんなのは怪我には入らないのよ! あの子に、もし障害が残ったら大変じゃない。
……まあ、いま思えば、自転車の女性の前方不注意だし、そもそも子供にベルトをしていなかった上にヘルメットもかぶらせていなかったし、むしろ僕の方が被害者のような気がするんだけど。好意的に解釈するならば、母親は「もし障害が残ったら、今後タカトシが大変だ」と僕のことを心配してくれていた、のだろう。
でも僕はもう、傘をさすのはやめたんだ。
細い雨なら、傘はささない。
強い雨のときはレインコートにする。傘は嫌いなんだ。
雨の中を歩いていたら、雨足が強くなってきた。駅まであと少し。
そのとき。
ふいに、雨粒がかからなくなった。
ふと顔を上げると、傘があった。きれいな空色の傘。
「タカトシくん、濡れちゃうよ?」
「サクラ」
「タカトシくん、昔から傘ささないよね」
「うん、傘嫌いなんだ」
「でも、雨強くなったから、いっしょに入ろう?」
「……ありがと」
空色の傘の下の景色は、明るい色になった。なんだか気持ちも明るくなった。
梅雨は嫌いだった。濡れるから。梅雨入りだと聞いて、暗い気持ちでいた。
「ねえ、タカトシくん。梅雨入りって、栗の花が落ちるって書いて、ついりって言うんだよ。知ってた?」
「知らなかった。栗の花が散るから?」
「うん、そうみたい。栗の花ってよく知らないけど、なんか、きれいじゃない? 雨に打たれてぱらぱらと散るの」
「栗の花って何色かな?」
「白よ!」
「ほんとう?」
「勘!」
僕たちはスマホを取り出して、栗の花を検索した。
もしかしたら、梅雨も傘も悪くないかもしれない。
了
一話完結です。
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栗花落 西しまこ @nishi-shima
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★87 エッセイ・ノンフィクション 連載中 131話
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