8日目


 ――――ふと、頬を撫でる風で目が覚める。

 目を薄っすらと開けると、そこには見慣れた白い天井があって。


 そしてそれと同時に今までの出来事がフラッシュバックの様に蘇ってきて、私は思わず飛び起きた。



「―—……生きてる」



 思わずそう呟いたけれど、昨日と同じ場所にいるからと言って生きてるとは言えないと思い直す。

 けれど引っ張った頬は痛くて――――その事実に、少しの間呆然とした。



「じゃあ、昨日のは…………今までのは、夢?」



 反射的にそう思い、腕を伸ばして隣にある引き出しを開ける。

 けれど開いた場所には『一週間ノート』と書かれたノートがちゃんとあった。



(やっぱり、夢じゃない)



 手に持ったノートを握りしめると、くしゃり、と手元で音がする。

 それに慌てて皺が寄ったページを伸ばしていると、薄暗い手元に違和感を感じて時計を見上げた。


 午前四時。


 そういえば、死神と初めて会った時もこの時間で。

 そしてまた――――出会った日とも、『あの日』とも同じように、雨が降り、雷が鳴っている音が聞こえる。


 会いに行くべきか、と考えてから、自分の体が震えていることに気づいた。


 また、自分だけ助かっているのかもしれない。

 また、大切な人が目覚めてくれない日々に絶望するかもしれない。


 そう考えたら前に踏み出す勇気がなくて、動くことができなくて、まだ寝てるかもしれないからと心の中で言い訳をする。

 けれど考えないようにしていた最悪な事態を無意識に想像して俯いて…………すると、不意に『一週間ノート』が目に入った。



 ぱらぱら、とページをめくる。

 一日目、二日目とページを読み進めて、そして七日目が途中までしか書かれていないのがわかって。

 それがきっと途中で死神が訪れたからだ、と笑って――――けれど頬に伝う涙に気づいたとき、私は自然に想いが浮かんだ。



(――――会いたい)



 会いに行くべきとか、そういうのじゃなくて。

 ただ、私が。

 普段はちょっと鬱陶しくて、それでも話は真剣に聞いてくれて、―—――そして誰よりも優しい嘘つきの死神に、会いたい。


 そうして涙を拭った、その瞬間―—――コンコン、と控えめにノックがされる。

 それから現れた顔に、私は目を見開いて…………そして笑みを零しながら、手元のノートへ視線を移した。



『これは、私が死ぬまでの一週間の物語』



 かつて眠っている幼馴染にそう言った通り、これは死神と出会ってからの七日間の出来事を書いたもの。

 そのはずだった。


 そう考えながら、『七日目』と書かれたページの先――――まだ何も書かれていない『八日目』を開き、私はそっと微笑む。



(あの人は確かに嘘つきで、けど————きっと私も、嘘つきだ)



 これは、私が吐いた一つの嘘。


 だってこのノートは、一週間だけではなく、私だけでもなくて。

 一年後、十年後、百年後まで紡ぐ――――私たちの、物語。






(雨の音は、もう怖くない)



 だって私は一人じゃない。

 雨の音も、雷の音も――――もう全部、大丈夫。



 目の前のその人は、どこか不慣れな様子で車いすを使い、ところどころでぶつかっていて。

 そんな彼に何を言おうかと考えてから、ふとそんなことを考えている自分が馬鹿馬鹿しく感じた。


 ――――だから私は、口元に弧を描くのだ。まるで、あのいけ好かない死神が浮かべていたような。

 そしてそんな私を見た彼は――――どこか困ったように、はにかんだ笑みを浮かべる。


 来世じゃなくなっちゃったけど、と。




「こんにちは。貴方を迎えに来ました」



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君が吐いた一つの嘘。 沙月雨 @icechocolate

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