☆第57話 決心

 そして、由里の願いの時刻を迎えた、今日の放課後。


 自身の教室から、この日の出や書店の前まで一目散に走って来ると、明博と大賀はそれぞれ、乱れた呼吸を整えた。


 二月上旬の肌寒い日だというのに、二人のひたいにはうっすらと汗が滲んでいる。


 上手く呼吸が出来るようになると、明博と大賀は互いの顔を覗き込み、アイコンタクトを取った。そして明博と大賀は、引き戸の取っ手にそれぞれ手を掛けると、二人一緒に息を合わせて、一気に日の出や書店の引き戸を引いた。


 ガラガラという引き戸の音に気が付いた夏季が、入り口に向かって『いらっしゃいませ』と声を掛ける。


 入り口に立っている明博と大賀の姿に気が付くと、夏季は少し驚いた顔をした。


「……笹野くんと、藤永くん、だったかしら?」


 明博と大賀は黙ったまま、こくりと首を縦に一度振る。


「あぁ、良かった。名前、間違えていなくて」


 そう言うと夏季は『寒いから、こちらにどうぞ』と言って、明博と大賀を店の奥の方へといざなった。夏季に店の中に入るように促された明博と大賀は、静かに店の引き戸を閉じて、夏季のいる店の奥の方へと向かう。


「昨日は本当にごめんなさいね」


 そう言って急須に手を伸ばそうとする夏季に『大丈夫です』と声をかけると、明博は唐突に話を切り出した。


「昨日、川村由里さんから、お話を伺いました」


 その明博の言葉に驚いた夏季は、急須に伸ばした手を止めて、明博と大賀の方へと勢い良く振り返った。


 そして罰の悪そうな顔をする大賀と、真剣な表情を見せる明博に、夏季は目を向ける。


 ひとつ深く息を吸うと、夏季はゆっくりとレジの前にある木製の背もたれのある椅子へと腰掛けた。


「……そう。私のことを聞いたのね」


 そう一言呟くと、夏季はレジの横の台の上に置いていたコーヒーカップに手を伸ばした。そしてコーヒーを一口、口に含む。

 渋い苦みと強い酸味に顔をしかめた夏季は、明博と大賀を一瞥いちべつすると、二人に静かにこう質問をした。


「……一体、どこまで由里に聞いたのかしら?」


 大賀と明博はゆっくりと、顔を見合わせる。しばらく黙っていた二人だったが、覚悟を決めたのか、明博が大賀の一歩前に出て、夏季の目をまっすぐに見つめてこう言った。


「……夏季さんと若菜先生の関係も含めて。全部お聞きいたしました」


 緊張しながら明博がそう答えると、夏季はふーっと深いため息を付いた。


「……由里の奴、全部、貴方たちに話をしたのね」


『後でどうしてやろうかしら』と言いながら、指の骨をパキポキ鳴らす夏季に、明博と大賀が目を開く。


 あたふたとしながら由里の事をかばおうとする明博と大賀の様子を見て、夏季は『冗談よ』と言って元気の無い笑顔を二人に見せた。その覇気のない表情に、今度は夏季のことが心配になった明博と大賀は、互いに不安そうな顔を見合わせた。


「……由里が貴方たちに話をしたのなら、仕方がないわね」


 そう言って先程口にしたコーヒーをもう一口、夏季は口に含む。


 そしてゆっくりと明博と大賀の方を見つめると、夏季は意を決し、こう言った。

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詩《うた》をきかせて 生永祥 @4696540

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