☆56話 「お願い、ね」

 その日一日の授業が終わり、待ち遠しかった放課後を迎えると、明博と大賀は急いで学校の校門から一目散に飛び出した。そして、目的地へと急いで向かった。


 二人が急いで走って向かう、目的の場所。それは昨日、由里の親友である夏季と会話を交わした、あの日の出や書店のことであった。


 本当は昨日、由里と話をした直後、明博と大賀はきびすを返し、急いで日の出や書店の方へと引き返そうとした。


 しかしその場でそんな二人の様子を見ていた由里が、明博の左手と、大賀の右手を、急いでぐっと掴むと、その両手を自身の左右の脇腹の方へと引き寄せた。


「え!?」

「な、なんだよ!おい!?」


 突然年上の女性から手を握られた明博と大賀は、今まで経験したことのない出来事に大変驚いた。


 その直後、明博と大賀は、由里の柔らかく温かな手の感触に、心底びっくりした。由里に手を握られていることを即座に自覚した二人は、この状況への、恥ずかしさと困惑で、それぞれ激しく狼狽うろたえた。特に大賀は顔を真っ赤にして、あたふたしている。


 そして由里は、普段見せる穏やかな優しい笑みの口元を、今日は、くっとへの字に引き締めると、いつもよりも神妙な面持ちで、明博と大賀に向かってこう呟いた。


「……きっと今、夏季ちゃん。すごく混乱していると思うから。今日は夏季ちゃんのこと、そっとしておいてあげてね」


 一気に表情を曇らせる由里が『お願い、ね』と何度も念を押して、明博と大賀の顔を交互に何度も見やる。


 そんな由里の姿を見ていると、明博と大賀は、何だか自分たちが悪いことをしているかのような気持ちになった。


 困り果てて黙り込む明博と大賀に、しばし悩んでいた由里が『……貴方たちは私の説明では納得出来ないのね。……それなら』と今度は優しく諭すように、明博と大賀に向かって、こう声を掛けた。


「……それなら。それでも、夏季ちゃんを訪ねるというのなら。せめて明日の放課後以降に夏季ちゃんの元を、訪ねてあげて頂戴ちょうだいね」


 そう言って由里は、ひどく混乱して戸惑った表情を見せて立ち尽くす美香を連れて、颯爽とその場を後にした。


 そしてその場に取り残された明博と大賀は、しばらくの間、呆然としていた。

 しかし頭のもやがとれると、明博と大賀は急遽その場で話し合い、お互いの意見をすり合わせた。そしてその結果、二人は今回は由里の提案に従うことにした。


 その後、『今日はもう自分たちに、出来ることは何もない』と解った明博と大賀は、その日はお互いスッキリしないまま、それぞれ自分の家に、半ば納得できないまま、帰ることにした。

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