エピローグ
後日談。
美結の両親が、美結への謝罪の申し出をすべて聞き入れ終わったのは年末間近だった。
初めは桐坂、須藤、亘、木部の四名が。
次に当時の担任だった岩田が。
柿崎母娘が。
退院した千国とその家族が。
自身の愚行を認め、心から謝罪した。
美結の両親は彼らに「二度と同じ過ちを犯さないで欲しい」と告げ、美結の墓前に立つことを許した。
莉佳は退院後の千国に連絡を取り、当時のことを謝った。
そして一緒に桐坂達に謝りに行こうと提案し、二人は四件の家を謝罪して回った。
高城柚鶴の自宅にも行ったが、受け入れてもらえず門前払いとなった。
「何しに来た! お前らのせいで柚鶴は……!」とインターフォンからは敵意が飛び出す。
当然の反応だ。
謝ったからなんだ、という話だ。
憎くて憎くて仕方ないだろう。
しかし、二人は諦めずに誠意を見せ続けようと誓った。
岩田は結斗が教育委員会に送りつけた情報だけでなく、莉佳の推薦に香織との不倫が影響していた事も改めて認めた。
誰もがそうだろうと分かっていながらも、面倒事を避けたい大人たちは確信を突かない曖昧な対応を取っていた。
しかし岩田は自らの処分を自らで求めた。
これには教育委員会も対応せざるを得ず、岩田を一定期間の停職処分とした。
この処分を受け岩田は謹慎前、謝罪のため亘家を訪ねた。
自身の軽率な行動で、未来ある若者の進路は変更を余儀なくされた。
どんな非難も心して受けようと身構えていた岩田だったが、亘はそのことについてはアッサリと許した。
一方で、美結の件に何の対処もしなかったことに対しては厳しい言葉も掛けた。
◇◇◇
五年後。
二十一歳になった飛鳥美鷹は、美結の墓の前に立っていた。
隣には数時間前に出所したばかりの結斗が立つ。
「美結、やっと全部終わったよ」
「死者は出さないって約束守れなくて、美結天国で怒ってるかも」
結斗と美鷹は復讐を誓った時に、とことん追い詰めて仕返しするが絶対に殺さないと決めていた。
そしてそれを棺で眠る美結に約束していた。
千国が高城の手を取り屋上から飛び降りるのは、本当に想定外だった。
実際の計画では、心の底から怯え反省したところで結斗が二人に戻ってくるよう声をかけるはずだった。
しかし千国が思わぬ行動を見せた。
予想よりもはるかに早いタイミングで、飛び降りることを決心してしまったのだ。
しかも高城を道連れに。
結斗はまずいと思い駆けだしたが間に合うはずもなく、柵越しの二人の少女は消えた。
千国は高城を殺したのは自分だと、嫌がる高城の手を取り一緒に飛び降りたと主張していた。
それは全て事実だった。
しかし責任を感じた結斗は、自分が責め立て飛び降りるよう追いやったと証言した。
千国の主張は、激しく動揺しパニックを起こしていた彼女の記憶違いだと言い張った。
これにより千国の刑は軽くなり、逆に結斗の刑は重くなった。
また、事件の背景からして情状酌量が認められる可能性が高かったのだが、結斗はこれを拒否するかのようにあえて反省の色を見せなかった。
内心では高城の死に責任を感じ、やりすぎたと後悔していた。
それでも結斗は最後まで復讐者としての役割を果たし、五年の刑期をつとめた。
犯した罪が消えることはないが、償うように。
夕方だと言うのに一向に気温が下がらず、二人の首筋には汗が伝う。
「それにしても、すごい花の量だな」
「毎年八月四日はこうなるんだよ。みんな、毎年欠かさずお参りに来てるみたい」
「俺達しかお参りに来てなかった頃とは大違いだ。ちょっと華やかすぎない?」
懲役刑となった結斗が美結の墓を訪れるのは五年ぶりだ。
驚くのも分かる。
美結の命日になると毎年彼女の墓には花が溢れる。お供え物が置ききれず本来置くべきじゃない場所にまで供えられている。
誰がやってくれているのか分からないが、美結の墓は他のどの墓よりもきれいに磨き上げられている。
やっとこの光景を結斗に見せられたことで美鷹は安堵する。
美結の死から七年もかかってしまった。
「結斗君、色々とお疲れ様」
「美鷹ちゃんこそ」
──言葉はそれだけで充分だった。
結斗の証言により、全ての事件事故は結斗が一人で計画し実行したことになっていた。
しかし実際には美鷹もいた。
それぞれが調べた情報を共有して計画を立てたのは美鷹。
結斗はそれをあたかも自分が計画したかのように実行していた。
極端な話、結斗は美鷹の言う通りに動いていただけだった。
それは結斗自身も実感している。
だからこそ、結斗は最後まで美鷹の事を隠した。
初めは美鷹も一緒に捕まる覚悟でいたのだが、自分が捕まった後復讐したことでどんな変化があるか見ておいて欲しいと結斗に頼まれ、渋々美鷹は納得した。
飛鳥美鷹による謀りは、柿崎莉佳、高城柚鶴、千国杏奈の三名を完全に欺いた。
結斗は思う。
やっぱり俺は鷹じゃない。本物の鷹は美鷹だ、と。
復讐を誓ってから七年。
美鷹は絶対に譲れない目的を漸く果たした。
鷹の目はそっと閉じられる。
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