第2話 今日も今日とて可愛い彼女。
祭りまで1週間後。
といっても昨日が月曜日、そして今日は火曜日。祭りは今週の日曜日だった。
つまり僕が直接彼女と会話をできる特訓は今日を入れて残り5日間になっている。これは些かハードではないだろうか。
僕は顎に手をやり考えるポーズをとっていた。
実は以前にも彼女とこのまま話せなくなるのはまずい、と思い特訓をしたことがあるのだ。その時は自宅で色々調べてはいたが実践にはいたっていなかった。
なので今回こそ勉強したことを実践するチャンスでもある。
まずは基本中の基本「挨拶」だ。
以前まで普通に会話ができていたはずの僕はなぜか挨拶までも少しぎこちなくなっていた。
そこで今日は挨拶プラス一言を自分の中でのミッションにしていた。
プラス一言はハードルは上がるが今回は自分に厳しく行くしかない。これは自分のためでもあり、彼女のためでもあるのだから。
もちろん伝える言葉は決めてある。
「おはよう、今日は良い天気だね。」これだ。
天気の話は鉄板である。当たりはないかもしれないがハズレもない。つまり当たり障りのない話である。これなら彼女に不快感を与えること無く会話をすることができる。
大丈夫。今の僕はやってやろう、当たって砕けろ精神だ。いつでも大丈夫。これは僕のためでもあり、そして彼女のためでもある。いくら優しくて可愛い彼女であっても隣の席のやつの挙動がずっとおかしいなんて絶対に嫌なはずなのだから。
教室のドアをくぐって自分の隣の席を見る。
彼女は来ていた。どうやら1限目の準備をしているようだ。
今日の彼女も可愛すぎる。一生懸命手を動かしている姿も可愛い。
僕はそのまま少し彼女を盗み見しながら自分の席についた。
彼女はどうやら勉強しているようだ。真面目で可愛いし、予習する努力家な姿も可愛い。
ふぅ、と息を吐く。カバンをおろし机の横にかけるこのタイミングで僕は口を開いた。
「おはよう、今日は良い天気だね。」
い…言えた!緊張していてものすごく変な顔をしている自信があるが言えたぞ!言ったぞ!
彼女の手元を見る。問題を解いているらしいそのシャープペンシルの動きが止まる気配はなかった。そしてもちろん返事はない。
あ。
終わった。
僕の特訓1日目にして挫折にて終了だ。
一体何がだめだったんだろうか。いや、正直だめなところしかないだろう。最近の僕の彼女への対応で良いところなんてあっただろうか。全くもって無い、無さすぎる。
そもそも集中して勉強している時に話しかけるのも良くなかったのではないだろうか。せっかくの集中が途切れてしまう。
もしかしたら彼女は怒っているのかもしれない。とてもありえる。
あんな優しい彼女が怒る姿は想像できない。
まずい、どうしよう。
いや。
彼女の怒った姿もとても可愛いだろうな。
想像できないと思ったがすぐに想像できてしまった。
頬を少し膨らませたりするのかな、眉間にしわが寄ったり目を少し細めて睨む仕草なんかもするんだろうか。もはや見てみたい。
「高橋くん。」
「え。」
「おはよう。さっきもしかして話しかけてくれた?
ごめんね。イヤホンで音楽を聞いていて声が聞こえた気がしたんだけど、話しかけてくれたかどうか自信がなくて…。」
少し困ったような笑顔ではにかみながらイヤホンを手に持っている彼女はとても可愛い。
なるほど。イヤホンね、イヤホン。確かにイヤホンを使っている時って周りの音は聞こえづらいよね。それで僕の声も聞こえづらくなっていたってわけだ。分かる、分かるよ。
良かった!
怒っていなかった。さっきはあんなこと思ったけどやはり彼女が怒ってしまうのは嫌すぎる。それが僕のせいっていうのは申し訳ないしね。
「あの、もしかして私の勘違いとか聞き間違いかな…?」
「あ、いや、ちが、えっと…。」
言葉がうまく紡げない。次の言葉が、伝えるはずだったことをとりあえず言わなくては。
「あの、おはようって。今日は良い天気、だねって言ってて。」
多少つまづいたがなんとか再度、言ったぞ。やったぞ僕。グッジョブ僕。
「そうだったんだ!聞こえてて無くてごめんね。」
彼女は一瞬パッと顔が明るくなったがすぐにシュンと少し落ち込んでいるような僕に対して申し訳ないといった様子だった。
僕の言葉が聞こえていなかったことなど全く気にしていないので今すぐにその顔をやめてもらいたい。いや、もちろんそんな彼女も可愛いのだけれど。それでもそもそも勉強中の彼女に話しかけた僕が悪いのであって、彼女がそんな顔をする理由はないんだから。
どうしよう、なんとかしなければ。
話題を変えるしかないのか。僕の鉄板トークの天気の話はもう使えないのにか?
他にすごい長文で彼女に話しかけるなんてこと僕にできるんだろうか。
天気、天気以外…天気…。
あ。
「こ、今週の日曜日って晴れなんだって。しかも快晴。」
昨日帰ってすぐに調べたこの情報。
せっかく彼女に誘ってもらった祭り。当日が雨天で中止になったらたまったものではないからな。降水確率は1日を通してほぼ10%だ。降るわけがない。
チラッと彼女の顔を見ると、少し驚いてているような困っているような顔で頬はうっすら赤くなっていた。
「わざわざ調べて、くれたんですか…?」
「え、あ、うん。わざわざってほどでは…。」
「…。」
少しの沈黙があった。
騒がしいはずの教室なのに僕の周りだけやけに静かに感じる。
まずい、天気の話を2回連続はやはり厳しかったのだろうか。
なにか、言ったほうがいいかな。なにか、なにか。
「あの。」
「嬉しい…。日曜日、私も楽しみにしてるよ。」
そう言って少し恥ずかしそうに微笑んでいた。
チャイムが鳴って席についた僕達は席についた。
僕は口角が上がるのを必死に抑えながら、心臓の鼓動を落ち着かせるのに必死だった。
今日は彼女の先程の言葉を何度も思い出しては顔をニヤけさせる日になりそうだ。
「私も楽しみにしてるよ。」なんときれいな響きだろうか…。
ん?
「も」って。
「も」ってつまり僕が楽しみで天気までしっかり確認してたのバレバレってこと…!?
一気に顔が熱くなり心臓の鼓動は速くなる。加速していく。
それからの記憶はほとんど無く気づいた頃には自宅へ帰っていった。
とりあえず、今日の目標は達成した。
そして、分かっていたことだが彼女は今日もとても可愛かった。きっと明日も可愛いんだろうな。
明日からまた頑張るぞ、と小さく拳を握りしめた。
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