第5話 恥ずかしがる彼女ももちろん可愛い。


 特訓4日目、金曜日。つまり今日は最終日だ。

 今日が祭りの前までに彼女に話す最後のチャンスの日でもあり、そして今日は彼女と一緒に帰る約束までしている素晴らしい日でもある。

 

 昨日は特訓成功どころではない。大成功だ!


 今日の朝は日差しもあり風も心地よい。うん、素晴らしい朝だな。


 やはり一昨日の写真を見て慣らす作戦がうまくいった気がする。

 あのおかげで昨日の僕は多少キョドりながらも無事に彼女との会話を終えることが出来た気がする。


 ふと昨日の彼女との会話、そして今日の帰りのことを思うと口角が上がるのを止めることが出来ない。


 昨日の好調のお陰で僕は今日も気合が入っていた。


 そして昨日気がついたことだが本の話なら以前と同じように出来る気がする。他の会話はまだ難しいかもしれないが…。


 なので今日の帰りも本の話をしたいな、と色々と考えていたら教室についた。


 彼女はすでに来ていた。


 僕はまっすぐ自分の席に向かう。


 「橋本さん、おはよう。」


 「おはよう。高橋くん。」


 ニコッと笑う彼女に僕は朝からクリティカルヒットをくらう。


 うっ。朝から爽やかな笑顔でとっても可愛い。



 さっきまで自信に満ち溢れていた僕だったが実際に彼女に会うとその自信は一瞬にして無くなりそうになる。


 こんな可愛いこと今日僕は一緒に帰る…。そんな事していいんだろうか。僕は前世で一体どれだけの善行をしたのだろうか…。



 結局その日1日当たり前のように授業は身に入らなく時折彼女の方を見ては顔をしかめたりニヤけるのを抑えたりとしていた。


 時間あっという間に放課後だった。


 みんなが帰る中僕と彼女はなかなか席を立たなかった。



 友人に「まだ帰らないの?」と聞かれたが僕は「えっと、本の予定が…」と意味の分からない返事をしておいた。

 この後のイベントに思考を持っていかれているので多少変な回答でも目をつぶってほしい。


 「まーた、本屋行くのか。じゃまた来週ー。」

 そう言って帰る友人に手をふる。


 まぁ、少し違うがわざわざ訂正することでもないしな。




 「あの、そろそろ帰る…?」

 彼女がカバンを持って変える準備をしていた。


 「う、ん。そうしよう。」

 彼女が席を立ったのを追うように僕もすぐに荷物を持って立った。


 

 靴を履き替えて駅に歩き出す。


 僕の左隣に彼女がいる…。

 すごい…。今現在僕は彼女と一緒に帰っているのか…すごいことだ…。

 やばい手汗が止まらない。



 「あの、昨日の本どうだった?」


 「え、あ!そう、そうだよね。貸すっていう話でね。ちょっと待って。」

 危ない、彼女に夢中で本来の用事を忘れていた。急いでカバンの中をガサガサと漁る。


 

 「あ、ごめんね。急がせて。ありがとう。」


 「全然大丈夫だよ。昨日帰ってすぐに読みはじめて面白くて気がついたら読み終わっていたぐらいだから。」


 「そんなに熱中していたんだね。」

 ふふ、と笑う彼女に僕は目当ての本を渡そうとする手をピタッと止めた。


 「…高橋くん?どうかした?」


 「あの、今本を渡そうと思ったんだけど。今渡したら橋本さんが持つことになるよね…。」


 「?うん、そうだね。」


 「重たいから駅まで僕が持って駅で貸したほうが橋本さんも身軽なんじゃないかな、と思って。」


 「重たいって、文庫本だよね。何ページくらいなの?」


 「400ページくらいかな…。」


 「よっ…。ふ、あはははは!」

 突然彼女が大きな声で笑いはじめた。


 こんなに大きく口を開けて笑う彼女はなかなか特別な瞬間であるが一体どうしたんだろうか。


 「大きい辞書ならまだしも文庫本でそんな気を使ってもらえると思わなくて…ふふ。

  私どれだけひ弱だと…ふ…思わてるのって。ふふ。」

 

 ツボに入ったのか彼女の笑いが止まらない。

 口を大きく開けて笑う彼女ももちろん可愛いのだが、僕はというと本を持ったまま顔を真っ赤に染めて立ち尽くすことしか出来ない。


 は、恥ずかしい。

 なにか言わなくては…。なにか弁解の言葉を…。



 「ごめんね、高橋くん。予想外にツボに入って笑ってしまって。」

 少し落ち着いた彼女が口角をあげたまま僕の方に向きなおる。


 「いや、えっとむしろそんなに笑ってもらえたなら良かった、かも…?

  あ、あと決して橋本さんのことをひ弱と思っているわけではなくて…!かと言って強うかと言われたら見えないけど…。」


 慌てて早口で言わなくても良いことまで口走ってしまっている気がする…。


 「ふふ、やっぱり高橋くんといるの楽しいね。緊張してたのがどっかにいっちゃったよ。」

 そう言って笑顔で僕を見る彼女。


 可愛い。

 真正面で見る笑顔可愛いがすぎる…。


 ん?さっきの彼女の言葉ってあれ、つまり…。


 「緊張…してたの?」


 「え!!…あ、いや、えっと、その…。」

 彼女の顔がみるみると赤く染まっていく。


 つまり僕と帰ることに緊張していたということ…緊張!?え、本当…!?


 彼女が僕から目をそらし手を開いたり、閉じたりと慌てている。


 はじめて見た…!

 恥ずかしがる姿は見たことがあったがここまでうろたえる姿をみたのははじめてだった。


 可愛い。

 え、可愛すぎないか。

 彼女の可愛さのバリエーションが増えた今日という日に僕は感謝が尽きないよ。



 「えっと、あの橋本さん…?」


 「…変なこと言ってごめんね…。」


 「え!全然変なことではないし、むしろ嬉しいと言うか僕も緊張してたし…。」


 「…高橋くんも緊張してたの?」


 「あ!いや、違、くはないけど。」

 僕の声が段々と小さくなっていく。


 しまった。余計なことを言ってしまった。余計なことというか恥ずかしいことだ!

 彼女に僕は緊張していたことがバレてしまった。

 


 いや、以前から僕の挙動はおかしい点が多いのですでにバレていた可能性もあるし逆に問題ないのか…?



 「えっと、ね。」

 彼女は赤い顔のまま僕の顔を見つめた。


 「お互い緊張してた、ということでお揃いだね…。」

 ふふ、と恥ずかしそうにしながら彼女は笑った。



 彼女はすごい。とてもすごい。

 とても可愛い彼女。

 その可愛さはいつだって最上級なのにさっきまでの可愛さを簡単に超えてくる。

 僕はそんな彼女の魅力にいつだってメロメロだ。



 その後最近読んだ小説の話などをしながらいつもより少しゆっくり歩きながら駅に向かった。

 2人とも顔の赤みはひかないままだった。



 「駅ついたね。」


 「うん。あ、これ小説。返すのはいつでもいいからゆっくり読んで。」


 「ありがとう。大切に読むね。」

 僕が差し出した彼女が本を受け取る。


 「じゃあ、また。」


 「うん、またね。」


 なんとなく名残惜しくてその場から動けないでいる。


 「また明日連絡するね。その、お祭りのこと。今日話そうと思ってたけど楽しすぎて忘れちゃった。」


 「あ!ごめん、僕も忘れてた。…あの明日時間あったら電話でも大丈夫?」


 「え!電話…!」

 「あ、いや無理にではなくて電話で話したほうが分かりやすいかなって思っただけで、橋本さんの都合が良い時間があったら僕がかけるし、あったらなんだけどね。」


 やばい。ただ分かりやすいかなというだけで深く考えずに発言してしまった。

 突然電話ってもしかしたら気持ち悪がられているかも…!

 なんか変な汗が出てきた。



 「あの明日少し用事があってね…。」


 やんわり断られた!

 彼女は優しいから強く言えないんだ。申し訳ない。でもそんな彼女も可愛い。


 「あー、全然大丈…。」


 「だからね、あの夜なら電話できるんだけど高橋くんは大丈夫かな…?」


 「え…?電話良いの?僕はいつでももちろん大丈夫です…。」


 「そっか。じゃあ、夜にまたお願いします…。」


 「あ、はい。お願いします。」


 「えっとでは、また明日。」


 「うん、また明日。」


 お互いぎこちなく笑いながら手を振り別れる。





 放心状態で家についた僕は今日のことを思い出した。

 まるで夢のような現実で。今日のことすべて僕の妄想なのではないかと疑うレベルだ。というか最近毎日のようにこんな素晴らしい日が続いている。僕はなんて幸せな人間だろう。




 明日は電話をする約束をしてしまったことを思い出しまた僕は今日もニヤニヤして過ごしていた。

  

 明日も楽しみだな。

 

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