イエローダイヤでカクテルを

バルバルさん

「驚いたか?」

「驚いたか?」


 そう言う彼は、いつも通りの裏表のない、キラキラという擬音がとても似合う笑顔を浮かべていた。


 その表情を見て、私はいつも彼を許してしまうのだが……今回は少し違う。その屈託のない笑顔を浮かべる彼の鼻を摘まんでやった。



 私の名前は柊由利。いわゆるキャリアウーマンをやっている一般人。

そんな私の彼氏はホストだ。夜の街で働き、女性に夢を見せるのがお仕事。これを知ったのは三年前の春のこと。


 私はとある地方の出身で、そこの県立大学を卒業した後に、都会での仕事を夢見て誕生日に上京したのだ。


 四月のことだった。電車を降りた私を出迎えた夢の大都会だったが、やはり田舎者の私にとっては色々なものがありすぎて、周りを見渡してばかりいた。


 そんな私に声をかけてきたのが、今の彼氏であるこいつだった。


「お嬢さん。キョロキョロしちゃってどうかしましたか?」


 そう声をかけてきた甘いマスクの青年。一瞬見惚れてしまったが、すぐに記憶のどこか引っかかる笑みだなと思った。


 この笑みをどこかで見たような。というより、しょっちゅう見ていたような……そんな気がしたのだ。


「そんなキョロキョロしていると、首が一周してしまうぜ? 由利ちゃん」


 そう私の名前を当てて見せた彼。ものすごく驚いたが、よくよく顔を見て見れば彼の正体が分かった。


「あなた、もしかして竜也?」

「お、やっと思い出したか。イケメンになっただろ。おどろいたか」


 そう。彼の名前は山木竜也。小学校から高校にかけての同級生だ。


 私の故郷で自分の両親と喧嘩して、町を出ていった後の行方が分からなかったのだが、彼も都会に出ていたようだ。


 ポカンとする私に屈託のない笑みを投げかける彼。この再会が、私と彼の始まりだった。


 私と竜也は同郷ということもあり、連絡先を交換して何度か会ったり合わなかったりを繰り返した。その中で、彼がホストをやっていることを知った。


 私はホストと聞くと、女性を甘い言葉で誘惑し、金をむしり取れるだけむしり取る最低の人種だと思っていたし、その考えは今でも変わらない。


 だが、竜也は少し違った。女性に本当に夢を見せるのが上手いし、アフターケアも上手なのだ。


 私も会社の人との付き合いで彼の店に偶然行ったことがあるのだが、彼は私の同僚や、私に理想の男性と一緒にいる。一緒に話しているという錯覚を覚えさせるような話し方、仕草で私たちに夢を見せてみせた。


 そして、店を出てやっと夢から覚めるような、そんな催眠術のような接待だった。


 だが、普段の彼はまるで少年だ。良い意味で少年なのだ。何というか放っておけないし、私をびっくりさせるためにいろんなことをしてくれた。


 一度、ホストとか抜きで旅行に一緒に行かせてもらったが、彼の瑞々しい感性と、色んなものに目を輝かせる様子は本当に子供の様で、だけど私に対する気遣いなどはちゃんと大人で。


 そんな普段の彼とホストとしての彼。両方の面を知ってから、段々と惹かれるような気分になった。ホストに惚れても良いことは無いとは思う。でも、彼は何か違うような。そんな事を思ったのだ。


 だが、彼女ができて一番困るのは彼だろう。何せホストなのだ。女性に与える印象第一の商売で、彼女など足かせ以外の何物でもないだろう。だから、この思いは胸の奥に封印して別の男性と一緒になるんだろうなぁ。なんて思っていたら。


「あの、さ。由利。俺と、付き合わない? 」


 そう彼が言ってきたのにはものすごく驚いた。


 そして、ホストが店の外で女を口説いていいのかと問い詰めた。


 確かに嬉しかったけど、驚きの方が勝ってしまい疑いの目を向けてしまったのだ。


「あ、俺がホストだから、遊びだろって思ってるでしょ。ホストでも、女性を本気に好きになることくらいあるさ。驚いたかい?」


 そう言って真摯な目を向ける様子は、少年の様でも、ホストのような夢を見させる男の物でもなく。真摯な大人の男性のものだった。


 彼はずるい、本当にずるい。そんな目を向けられて告白されたら。


「うん。いいよ」


 なんて答える以外に、無いじゃないか。


 付き合い始めてから何が変わったのかと聞かれれば、特に何も変わらないとしか答えられない。


 もしかしたら、竜也に告白されるより前に、私と彼は付き合い始めていたのかもしれない。


 ただ、ケジメをつけたかったと彼は言った。ちゃんと告白したうえで付き合いたいと。


 そんな彼は最近忙しいらしい。SNSにも反応が悪いし中々会えない。会えればその日は滅茶苦茶にかわいがってくれるのだが。



 やはり、付き合い始めたのだからちょっとくらい、彼女らしいことをしようと。彼のアパートに行った。そして、合鍵を使って入った。彼の部屋は、整理整頓が行き届いていて、小ざっぱりとしている。その部屋で、私は卵焼きを作ってあげた。彼好みのしょっぱい卵焼きを。


 そうだ、彼が来るのを待って、いつも驚かされているから、私から驚いたかと言ってやろうかと思い、彼の部屋で彼を待つ。きっと彼が死ぬほど驚いて喜ぶであろう、サプライズをしてやろうと、彼の机に卵焼きを置き。


 だが、待てども待てども彼は帰って来なかった。ちょっとしょんぼりしつつ、私は彼の部屋を後にした。


 やはり、ホストだから他の女性の接待をして遅くなったのだろうか。そう思うと、何だか悲しくもあり、これが彼の仕事なのだとあきらめもある。それを踏まえたうえで付き合っているのだ。


 それから五時間ほどたった後、彼からSNSが飛んできた。すさまじい文の量の謝罪文と、卵焼き、しょっぱすぎだという文句も。私は苦笑しつつも、ホッとしていた。そして、その文の末尾に、今夜会いたいと書かれていた。彼からのお誘いは珍しい。


 彼が指定した待ち合わせの場所はとあるバーだった。そこに入店すれば、彼が座っていて、その横に私も座る。


 彼は真剣な表情で、私に一杯のお酒の入っているグラスを、無言で差し出してきた。なんだろうこれは。と思いつつグラスを観察した。中には、黄色いレモンジュースの氷のようなものが入っている、変わったお酒だ。


 私はグラスを手に持ち、すっと傾ける。お酒はお医者さんがあまり飲むなと言っていたが、一杯くらいならいいだろう。とても美味しかった。何というか、とても高級な味かしたのだ。


 そして、氷だと思っていた粒は、確かにひんやりとするが、何か違う。


「このカクテルはな、ダイアモンズ・ア・フォーエバーって言う、ダイヤモンドを沈めたお酒なんだ」


 それを聞いて、目を丸くした。ダイヤを沈めるお酒なんて、何とも高級すぎて、私なんかが飲んでいいのかと。


「で、中の宝石だけどな、イエローダイヤって言って、四月の誕生石だ。由利の誕生日って四月だろ」


 私は、ぽかんと口を開けてしまいつつも、頷く。


「でな、宝石に込められた言葉は、永遠の良縁とか、そんな感じだったと思う。最近忙しかったのは、この宝石を手に入れて、このカクテルを作るために仕事頑張っていたんだ」


 そして彼は笑った。優しく、少年のような。でも真摯な笑顔。裏表のない、キラキラという擬音が似合う笑顔。


「俺、お前と結婚したい。きちんと故郷に帰って、お前の親や俺の親にも挨拶する。しっかり地に足付いた仕事に変える。だから、結婚してください」


 そして、驚きで疲れかけている私に向かって、いつもの決めセリフを言って見せた。


「驚いたか?」


 その笑顔を見て、私はその鼻をつまんでやったのだ。


「痛、何すんだよ。こっちは真剣に告白しようと」


 その言葉を、彼の唇に指をつけることで黙らせる。


「竜也。まず、謝らないといけないんだけど。明日から、夜に一緒に寝ても、その、そういうことはしないようにします」


 その言葉に、ショックを受けるような表情をする彼。こういうときは判りやすいなぁと思う。


「だって、びっくりさせちゃうでしょ? お腹の中の赤ちゃんを」


 そう言って、私はお腹を撫でながら、ポカンとする彼に言ってやった。


「驚いたか」

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