第4話 憧れちゃいました!
ななお先輩の声とともに、川の上流から下流へと、小さな青い鳥が飛んでいくのが見えた。わたしはすぐに見失っちゃったけど、ななお先輩は鳥の飛んでいったほうへ指をさす。
「あそこの木の枝にとまったよ!」
指差す先には、堤防の割れ目から生える一本の細い木があった。
はやる気持ちを抑えて、双眼鏡を目に当てた。けど、どこにいるんだろう。
「わかばちゃん、見える?」
「み、見えないです……」
「まだ飛んでないよ。水面に伸びた枝から、二番目のところ」
双眼鏡をゆっくり移動させて、枝を注意深く見ていく。
「あっ、いましたっ」
丸く切り取られた視界の中に、その姿が映った。
カワセミは、こちらを向くようにして木の枝にとまっていた。お腹はオレンジ色。羽は青色のようにも緑色のようにも見える。黒いくちばしは、小さな体のわりに長い。
「カワセミ。ブッポウソウ
ひまり先輩の解説を聞いていると、カワセミが方向転換して、背中をこちらへ向けた。
「わぁっ……」
思わず声をあげてしまう。背中側は首から尾にかけて、きらめくようなコバルトブルーの線模様があった。本当に宝石だ。こんな鳥が、こんな身近にいるなんて。
「わかばちゃん、どう?」
「……」
「わかばちゃん?」
「……」
わたしは双眼鏡を目から離すことを忘れ、カワセミに見入っていた。
しばらくすると、カワセミは飛び立ち、視界からいなくなってしまう。
ほぅっと息を吐き、双眼鏡を目から離す。すると、周りを先輩たちに取り囲まれていて、みんなの視線がこちらに向いていた。
「あっ、えっ? す、すみません、わたし、夢中になっちゃって……」
もしかして、なにか話していたのかな。わたしは恥ずかしくなって、ペコペコと頭を下げる。
わたしの真正面に立つななお先輩は、ニィッと笑みを浮かべた。不意に、わたしの右手が握られる。ななお先輩に手を繋がれて、彼女は来た道を歩き出す。
「カワセミも見られたし、今日の鳥見はこれで終了! 帰ろう、わかばちゃん!」
「えっ、は、はい」
ななお先輩に引っ張られるまま、わたしは歩き出す。
後ろを振り返ると、ひまり先輩とゆうき先輩が互いに顔を合わせていた。表情は違うけど、どちらもなんだか楽しそうで、わたしたちの後をついてくるのだった。
* * *
学校の裏門にある橋まで戻ってきたわたしたち。
ななお先輩がスマホを取り出し、話し始める。
「じゃあ、最後に
「鳥合わせ?」
「今日見られた鳥をおさらいすることです」
ひまり先輩の説明を聞いて、納得する。
えぇっと、今日わたしが見た鳥は……。
川にいた、くちばしの先が黄色いカルガモ。
校庭の木にいた、ほっぺが赤いヒヨドリ。
電線に群れでとまっていた、くちばしの黄色いムクドリ。
そして、川で出会った、宝石のような翡翠色をしたカワセミ。
「わかば、よく覚えたな。すごいぞ」
見た鳥を順に話し終えると、ゆうき先輩が褒め言葉を掛けてくれた。
やっぱり照れて、はにかんでしまう。
「あっ、そうだ。この双眼鏡、ありがとうございました」
わたしは首に掛けていた双眼鏡を取って、ななお先輩に差し出した。
先輩はスマホでメモを取り終えて、双眼鏡を受け取ろうと手を伸ばす。けれども途中で、その手を止めた。
「ねぇ、わかばちゃん。最初にも言ったけど、
真面目な顔になり、わたしを見つめる。ひまり先輩も、ゆうき先輩も、改まった表情でこっちを見ている。
わたしが答えを迷っているうちに、ななお先輩はふっと表情を崩した。
「実はね、鳥見部って、わたしたちだけしかいないの。見学に来る人は結構多いんだけど、なぜか入ってくれないんだよねー」
苦笑いを浮かべながら、頭を掻くななお先輩。
「ひまりが鳥トークを始めると、ドン引きされるんだよな」
「ななおさんが胸を揉むから、逃げられるのだと思われます」
「ゆうき先輩だって、人を抱いて卒倒させてたじゃないですかー!」
先輩たちは互いのことを言い合って、肩をすくめる。その表情は、苦笑ぎみだけれども、どこかさびしそう。
ななお先輩が、改めてわたしに向き直った。
「だからさ、わかばちゃん。無理にとは言わないけど、どうかな?」
先輩の大きな瞳がわたしを映す。わたしは手に持ったままの双眼鏡を、ギュッと握った。
鳥なんて、今まで興味なかった。けれども今日一日で、いろんな鳥を知ることができた。発見がたくさんあった。そのたびに、世界が広がっていくような気がした。
それに……。
「わたし……」
前に立つ、三人の顔を改めて見る。
ななお先輩のように、純粋に楽しい気分を味わってみたい。
ひまり先輩のように、もっと鳥に詳しくなりたい。
ゆうき先輩のように、周りに気を配れる素敵な人になりたい。
先輩たちに憧れて、彼女たちのそばに、もっといたいと思うから――。
「わたし、鳥見部に入りたいです! よろしくお願いします!」
双眼鏡を握り締めながら、深々と頭を下げた。
次の瞬間、背後に気配がしたかと思うと、脇の下から手が伸びてきて、わたしの胸を……!?
「ひゃぁぁああああああーーーっ!?」
「ありがとう、わかばちゃん! こんなに可愛くて、胸の大きな子が入ってくれて、あたしは嬉しいよー!」
「な、ななお先輩、やめてぇー!」
背後から抱きつかれるようにして、ななお先輩に胸を揉まれる。涙目になりながら、必死に逃れようと抵抗していると、先輩は耳もとへ唇を寄せて、ささやいた。
「あたしもね、入学した時、独りぼっちでこの橋の上にいたんだよ?」
……えっ? もしかしてななお先輩は、わたしが独りぼっちなのを知っていて、声を掛けてくれたのかな?
「おい、ななお。悪ふざけもほどほどにしろ」
「やはり、警察に通報しますか」
「わわっ、待ってください! わかりましたよ、ゆうき先輩、ひまり先輩!」
先輩方に注意されて、ななお先輩はわたしから離れて、目の前に来る。
三人は、笑顔でわたしに手を差し伸べた。
「「「ようこそ、鳥見部へ!」」」
〈終〉
バードウォッチングガールズ!~ようこそ、鳥見部へ!~ 宮草はつか @miyakusa
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