第2話 連れさられました!?

 気づけば、わたしは川沿いの道に来ていた。

 ななお先輩たちは、いつのまにか、首に双眼鏡を掛けている。そういえば、さっき部室に取りに行くって言って、わたしを引っ張ってダッシュしていき、またダッシュで戻ってきたんだ。


「わかばちゃん、これ、部の備品だから使って! まずは双眼鏡のピント調節から始めよう!」


 走り疲れて息を整えていると、ななお先輩が双眼鏡をわたしの首に掛けてくれた。


「あっ、えっと……」

「まずは、双眼鏡をのぞいて、目の幅を調整して? そうそう。次はあの鉄塔をのぞいてみて? それで、左右のピントを調節していくよ?」


 手取り足取りされるまま、わたしは双眼鏡を触っていく。ときおり、先輩の手がわたしの手に触れて、思わずドキッとしてしまう。

 後ろでは二人が、なにも言わずにわたしたちを見守って待っている。

 そもそもわたしは、まだ鳥見部に入りたいなんて言ってないんだけどなぁ。


「よしっ、準備OK! それじゃあ、鳥見に行こうー!」


 ななお先輩は片手を突き上げ、道を小走りで駆けていく。


「相変わらず元気がいいな。でも、そんなにはしゃぐと鳥が逃げるぞ」

「鳥見の基本は静かに。基本がなっていません」


 二人の先輩にたしなめられ、ななお先輩は足を止めてこちらに振り返り、頭を掻く。

 でも、笑っている表情はとても楽しそう。鳥見って、そんなに楽しいものなのかな。


「ねぇ、わかばちゃんはなにが見たい?」


 わたしたちは二列になって道を歩き出した。右手にはコンクリートの堤防があって、幅四メートルほどの川が流れている。堤防の割れ目から、ところどころ草木が生えていた。その奥は住宅地になっている。左手側は学校の敷地が広がっている。

 隣にやってきたななお先輩が、わたしの顔をのぞきこんで問いかけるけど、本当にこんな街中に鳥がいるのかな。


「わ、わたし、スズメとカラスとハトくらいしか知らないんですけど……」

「スズメ。スズメもくスズメ科。ほぼ全国に生息し、通年見られる。全体的に茶色く、頬部に黒い模様があるのが特徴。鳴き声は『チュン』など」


 突然、後ろからぶつぶつと声が聞こえた。立ち止まって振り返ると、ひまり先輩と呼ばれていた小柄な女の子が、わたしを見上げている。


「カラス。スズメもくカラス科の鳥の総称。ハシボソガラスとハシブトガラスの二種が一般的に見られる。ハシボソガラスはくちばしが細いのが特徴であり、ハシブトガラスはくちばしが太い」


 すごい。なにも見ていないのに、まるで図鑑を読んでいるみたいにすらすらと言葉が出てくる。ひまり先輩の淡々とした口調は、まるでAIとチャットしているみたい。


「カラスって、二種類いるんですね。初めて知りました」

「これは基本です」

「あっ、す、すみません! なにも知らなくて……」


 無表情で直視されながら言われて、思わず頭をペコペコと下げてしまう。

 すると、ひまり先輩の瞳が、かすかに見開いて揺れた。わたしから目をそらすと、ツインテールに結んだ焦茶色の髪がなびいた。掛けている黒縁の眼鏡を押し上げ、絞り出すように声を出す。


「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。最初はだれでも素人です。知らないのは、当たり前です……」


 どことなく震えていて、わたしの顔をうかがうように視線を上げる。上目遣いでこちらを見る瞳は、潤み帯びている。

 さっきまで無表情だったのに、そんな目で見られると、思わず手が伸びてしまう。


「だ、大丈夫ですよ。鳥に詳しくって、すごいなって、びっくりしただけです」


 気づいたらわたしは、彼女の焦茶色の髪を撫でていた。まるで妹をあやしているみたい。先輩だけど。


「あ、あぁっ、す、すみません! つい……」


 わたしは慌てて手を離して、再びペコペコと頭を下げる。

 ひまり先輩は、ポカンと表情が抜けたような顔でこちらを見上げていた。おもむろに、口角がかすかに上がる。


「自己紹介がまだでした。私は咲野さきのひまり。三年生です。これからよろしくお願いします。わかばさん」

「あっ、はい! よろしくお願いします。ひまり先輩」


 相手にならって頭を下げる。顔を上げると、ひまり先輩はまた無表情に戻っていて、わたしの横を通って歩き出した。彼女のツインテールがどことなく楽しそうに揺れている。

 前方には、先に行ったななお先輩たちが、足を止めてわたしたちを待ってくれていた。追いつくと、不意にななお先輩が、取り出した物をわたしに押しつけてきた。これは、えぇっと、野鳥図鑑?


「わかばちゃん、クイズだよ! ずばり、あの鳥はなんでしょうー!?」

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