第5話

 エルストの東の大門を抜けると、そこは草原だった。

 抜けるような青空の下、青い芝生が美しい。人々が行きかう街道は川に沿う様に東へと続き、川には時々船が航行していた。

 βテストの情報ではこの川の向こう側は難易度が高いんだったか。幸いにも、川が流れているのはエルストの南側。私が行かなければいけないジフ村は北だから、難易度が急上昇することはない。


「さて、北にまっすぐ行けばいいかな」


 ちゃんとウェイフェアが移動しているのかを確認してから、街道から逸れて北側へと歩みを進める。すると、草原のひざ下くらいまで伸びる草が絡みついてくるようで若干歩き難い。他のプレイヤーを見れば、狩りをする前に下草を刈っているみたい。

 ここで腰を落ち着けて稼ぎをする気はないから、あそこまではしないかなあ。


「ピギー!」

「ん?」


 突然の変な鳴き声に振り返れば、そこにはこちらへ草をかき分け走って来る兎。プレイヤーが気付いていなくとも、鳴き声で自らの所在を明かす意気やヨシ。


「マナ・ソード起動」


 最初はこれでよかろうもん。左手ではなく、あらかじめ設定しておいた声でのコマンド入力により、左腰に付けた鞘が開く。そこにはマナ・ソードの柄。うんうん、格好いいね!

 それを右手で引き抜き、抜刀の要領でそのまま、兎に向けて刃を振るう。


『クリティカル!』

「ピギュー!?」

「あっ」

『クレイジー・ラビットを倒しました!経験値を獲得します』


 真っすぐ向かってきた兎にマナ・ソードを振ったら、クリティカル判定まで出て、そのまま倒せちゃった。

 四足歩行動物が真っすぐ突っ込んで来たら、そら顔面を切りつけることになるし、これはもしやクリティカルのチュートリアル?


「ドロップは兎肉と」


 チュートリアルの動線がしっかりしてるのはいいけど、ちょっと拍子抜けだとは感じてしまうなあ。しかも、ドロップは食べられない兎肉。いや、飲めるとはいえ兎の血とかドロップしても困るけど。

 そして、しばらく突進してくる兎をクリティカル攻撃で即殺していると、ファンファーレが鳴り響いた。



『レベルアップ!あなたはレベル5になりました!』

「おー、やっとか」


 街での配達も含めてレベル5に到達。通常の種族ならこの段階でジョブ選択を確定させるけど、こちとら機械人マシーナ、ジョブ選択などない。その代わりに、もらえるスキルポイントにちょっとボーナスが入る。

 そうだ、スキルポイントで思い出した。


「スキル取らないとね」


 とはいっても、変に剣スキルを取ってしまうと剣にユニットを偏らせざるを得なくなるのは考えもの。『力が少し上がる』みたいなパッシブスキルを取るのもいいけど、これはどうしようかな……。


「ううん……。スキルポイントは持ち越しできるし、後回しにするか……」


 読めば、スキルポイントを使えるのは、レベルアップ直後か、街中などの安全圏にいる時だけ。うん、後回しにしちゃおう。今は困って無いしね、困った時に取ればいいや。

 レベルアップ画面を閉じて、エナ・ソードを鞘へと納める。するすると鞘の中に入っていくのが、寸法が完璧に調整された穴に何かを差し込むようで気持ちいい。キュイッと僅かなモーター音を鳴らして、蓋が閉じるのもとても小気味が良い。

 こういう細かい所にストレスどころか快感があるのが最高、このゲーム。


「さて、と」


 小さくなり始めたエルストを振り返って、方位を確認した後また北へと歩みを進めていく。やがて徒歩移動に飽き始めた頃、一つの道を発見した。真っすぐ北に向かう砂利道でその道に立って振り返ると、僅かに歪曲して南西側に伸びているのが確認できた。


「西の大門から出るのが正解だったかぁ」


 西側の街道からこの砂利道が続いていそうな雰囲気、こういう二択外しがちなんだよねえ。この道を歩いている他のプレイヤーがいないのは少々気になるけど、行くしか選択肢が無い。

 時々襲い掛かって来るクレイジー・ラビットを二三体倒すくらいの簡単な道のりを歩いていると、ふと、今までは定期的に襲い掛かって来ていた兎等の気配が突如途絶える。

 辺りを見回しても、それらしい気配は無く、ひざ丈ほどの草花が風に吹かれて揺られている程度。


「……」


 流石に不気味だから、エナ・ピストルを取り出しておく。装備を取り出すのにECを消費する都合上、不意打ちに機械人マシーナは弱い。先手を取られないようにするのがセオリーになるかもしれない。

 取得するスキルは索敵方面にしよう、そうしよう。

 警戒のために足を止めて数十秒、このままでは埒が明かないので早足にジフ村へと向かうことを決定。

 耳はそばたて、奇妙な草花の動きがないかも見る。索敵系スキルが無い分、自分自身の感覚が頼りになるけど、私はそう鈍感ではないはず。自分を信じろ。


――ガサ


 後ろだ!

 振り返りながら、引き金を半分振り絞れば、そこにはくすんだ灰色の毛皮を持つ犬。今にもこちらに飛び掛からんと頭を伏せていて、そいつのこちらを見る目は血走ってる。かなり可愛くない。


「ガウゥゥ!」

ビシュンッ!


 こちらに接近してきたタイミングで引き金を引く。反動は無く、爆発音のような銃声も無く、いかにもSFな電子音が鳴り響く。


「キャイン!」

「頭を狙ったんだけどな……」


 白い先行が突き刺さったのは犬の足。確かテキストに精度がそこそこだとか悪いだとか書いてあったわ!

 エナ・ソード抜いて確実に処理する?


「いや、このまま頑張ろう!」


 今こちらの様子を伺っているこの犬は遠距離攻撃手段を持っていないようだし、こっちが後ろに引きながら遠距離攻撃を擦っていれば問題なく勝てる。


「グルル……」

ビシュンッ!

「キャイン!」


 うーん、どうもエナ・ピストルは照準から上下に若干ズレているっぽい。これなら、犬の正中線の中心辺りを狙っていれば大丈夫かな。


「ガウァ!!」

「おおっと」


 犬が飛び掛かってくれば、こちらも大きく一歩下がる、だいたい5mより少し近いくらいの距離感を意識すれば向こうの飛び掛かり攻撃は難なく避けられる。

 そして、その後も何度かエナ・ピストルを当てたり避けられたりしながら、後ろに下がっていると――


――ガササッ!

「嘘!?」


 振り返ってごらん、そこには犬がいるよ。

 二体目ですってよ、奥さん。わたくし、大ピンチですわ。どうしましょ。


「ガウァ!」

「ええい!」


 視線を外したせいで、最初に遭遇した犬Aが飛び掛かって来るのを大きく横に飛ぶことで回避。もう四の五の言ってられないので、エナ・ソードを左手で逆手に引き抜き、そのまま手の中で柄を回転させて順手で持ち直す。

 そして、その間に素早く接近してきた犬Bを追い払うために牽制の一振り。


「ふぅ」


 エナ・ピストルの射撃に一秒以上の間隔を開けていたから、問題なくエナ・ソード用のECが確保できていたのは幸いだった。


「さて、どっからでもかかってきな」


 その声に反応したかは分からないけど、犬Aが姿勢低く走り込んでくる。犬Aにエナ・ソードを振るタイミングを見つつ、あらかじめ犬Bに向けて牽制の弾丸を放っておく。


「がうぅ!!」


 足元から勢いよく飛び掛かってきた犬Aに向けてエナ・ソードを振りながら横に一歩逸れるころで、突進を避ける。しかし、あまりしっかりと当たらず掠った程度になってしまう。


「キャイン!」

「ガウゥ!」

「ちっ!」


 ちゃんと遠距離攻撃で犬Bを牽制していたのに、そいつは華麗にタイミングを計って犬Aの陰にから足に噛みついてきた。いやな不快感に思わず舌打ちをしてしまいつつ、これはチャンスだと犬Bの眉間に銃口を突き付ける。


バシュン!

『クリティカル!』

「ギャイン!」


 よし!クリティカル!

 ついでに犬Bが怯んだ所に蹴りも入れて完全に追い払う。


「さて、振り出しだぞ?」


 犬Aも犬Bも私から僅かに距離を取った所でこちらを睨みつけて唸り続ける。相手の体力は見えないけど、犬Aの方は半分以上は削れていると信じたい。

 そして、今の膠着状態の内にECの残量を見ておく。そこまでエナ・ピストルのコストは大きくはないからすぐに回復する。だから満タン。存外距離を取ってお見合いをする場面が多いから、この調子ならエナ・ソードのスキルも振っていけそうだ。


「……賢い」


 なんて思っていたら、犬達は二手に別れて私の前後を取ろうとしてくる。

 これ、開始地点直後のモンスター?硬いし、賢くない?


「なるほど、パーティね」


 このゲームはパーティに上限は無い。囲んで棒で叩かれる事を想定して、ある程度の硬さとAIを搭載しているんだな。


「ソロには厳しいね」


 背後を取ろうとしてくる犬Aへとエナ・ピストルの引き金を引く。すると、私の行動を敏感に察知した犬Bが死角に入り込むために走り、犬Aはエネルギーの弾丸を避けるために飛び去る。


「甘い!」


 地面を踏みしめる音である程度の位置を把握しながら、エナ・ソードのスキルを発動しながらしゃがむ。飛び掛かって来るか、足元に噛みついてくるかの二択は――


「私の勝ちだ」


 私の喉笛に噛みつかんと飛び上がっていた犬Bの腹に向けて、バチバチと音を鳴らすエナ・ソードを思いっきり振り上げる。


「ギャイン!」


 空中で制御を失って地面へと落ち行く犬B。そして、一気に減るEPだけは確認しつつ、犬Bをここで確実に仕留めるために、背後からの足音は無視して倒れ伏す犬Bの頭に確実な一撃。


「とどめ!」

「キャウーン!!」

『クリティカル!』

『草原オオカミを倒しました!経験値を獲得します』

「ガウァ!」

「っ!」


 止めをさせた事を意味するアナウンスを聞きながら、勘で頭を庇った右腕に不快な衝撃。犬Aに噛みつかれたと認識した瞬間に、エナ・ソードを振りかかろうとするが、犬Aの突進の衝撃に地面へと押し倒されてしまう。


「ウウウゥウ」

「痛いな……」


 しゃがんだ状態から無理やり犬Bに止めを刺しに行ったのが、思った以上に体勢を崩していたらしい。そして、マウントを取られていては長物は振りにくい、右手に持つエナ・ピストルを手放して左手に持ち替えることも一瞬考えたが――。


「こいつで決まりだ」


 エナ・ソードを離した左手で素早くアイテムボックスを操作し、街で買ったナイフを引き出す。そして、それを未だに噛みついてくる犬の頭に突き刺して、ゲームセット。ATKは低いが、クリティカルなら痛かろう!


『草原オオカミを倒しました!経験値を獲得します。

 レベルアップ!あなたはレベル6になりました!』


 私に覆いかぶさっていた犬は光の粒子と消え、後に残るのはシステムメッセージとドロップ品だけ。

 草原に寝転がりながら、抜けるような青空を見上げる。綺麗な空だ。

 いつかあそこを飛びたいな。


「はあ」


 今回の反省点は、明らかだろう。索敵を怠った状態で、遠距離攻撃のみでモンスターを倒そうなどと言う行為をしたせいだ。それで、一対二の遭遇戦となってしまって一気にピンチに陥ってしまった。

 EPの減りが想定よりも優しかったのは収穫かな。

 レベルアップ時のスキル習得画面を操作する。


『スカウト:索敵1を獲得しました』

『スカウト:索敵2にレベルアップしました』


 とりあえずはスキル習得はこんなもんで、今回の反省は終わり。

 ドロップは……まだしばらく空を眺めていたいな。

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