第3話

 拝啓。私と同じくこのゲームを楽しんでいるであろう、我が親友。いかがお過ごしでしょうか。

 君は魔法剣士をやりたいと言っていたので、今は経験値稼ぎにでも行っているのでしょう。頑張ってください。

 私?私は今、落下しています……。


 そんな益体も無いことを考えつつ、遠くなっていく空を見上げながら背中から地面へと引っ張られる。

 そして、かなり強い衝撃と、ガラガラと何か硬い物同士が接触する音。

 視界の端に映るHPが3割ほど削れ、不快な痛みが背中に走る。


「いてて」


 上半身を起こしてどこに落ちたのかを確認する。飛び移ろうとした家の軒に落ちたのか。

 走り幅跳びをすればある程度飛べるんだし、家の屋根を走れば道なんて関係なくショートカットできるじゃん、とウキウキで飛んだり跳ねたりしていたらミスってしまった。

 家と家の間隔がまちまちのせいで、油断すると着地するタイミングがズレて落っこちるんだな。反省反省。


「コラー!うちの家に何しとるんかね!」

「やっば」


 下から飛んできた怒鳴り声に慌てて立ち上がって、すぐさまフライングユニットの出力を上げて軒を蹴って垂直に飛び上がる。そして、屋根に足をかけた所で重力を元に戻して、着地する。


「すみませんでしたー!」


 とりあえず謝りながら屋根を走って逃げる。こういうのは逃げるのが勝ちなのだ。怒鳴り声が聞こえた方とは逆の屋根の縁に足をかけて、飛びながらまた浮力を調整する。次は10mほどの幅かな?

 もう慣れ始めた浮遊感を味わいながら次の屋根を踏むために落下地点を調整する。


「10点満点」


 うん、完璧な着地。さっきは失敗したけど随分上手くなってる。走る勢いがあれば空中の姿勢も制御しやすいし、むしろその場の空中浮遊の方が難易度が高いんだな。

 走る速度をそのままに屋根と屋根を飛びながら、次の目的地が書かれたメモを見る。木の食器を届け終えてから、あちこちの看板を巡って見つけてきた配達クエストを片っ端から受けて、エルストを走り回っているのだけれど、経験値もお金も溜まるしマップ埋めもできる。そして何よりフライングユニットの練習も安全にできるのがとても良い。

 効率がいいとは言えないけれど、楽しめているからそれでいいのだ。

 メモから顔をあげて、次に来る最大の難関をイメージする。

 段々と背が固くなっていく屋根で見えないが、その向こうにはエルストを南北に区切る大通りがあるはず。プレイヤーが最初に降り立つ大通りだ。


「30mってところか」


 行けるか?行けるさ!

 重力を若干弱くしつつ、段々背の高くなっていく建物の屋根を飛び移っていく。そして、大通りに面する4階建ての屋上を走り抜け、大ジャンプ!


「おおおお!!」


 少し目線を下げれば、人間と、人間じゃない種族、エルフやドワーフ、獣人などが楽しそうに会話をしている。

 そして、正面を向けば、どこまでも透き通った青い空。

 走り幅跳びの要領で空中で足を回しながら、結構なスピードで迫る大通りの向かい側へと落下地点を想定する。

 迫る屋上の縁に足を延ばし、集中で速度がゆっくりと見え始め、その瞬間に向かいの建物の屋上の縁に足の裏をしっかりと引っ掛ける。


「おおっとっと」


 全速力で走って、空気抵抗で速度が若干落ちつつも、それなりの速度が出ていたので減速するために屋上をスライディングの要領で滑っていく。


「ふぅ~」


 やがて速度がゼロになればほっと一息。立ち上がって今飛んできた距離を振り返る。たった数秒の浮遊体験だったけれども、楽しかった。

 エルストで走り幅跳びしないといけない間隔は多分この大通りの30mが最大だろうから、ここをクリアできたってことは、この街ではもう縦横無尽に駆け回れるはず。


「そう考えると、【スカイ】で十分だったのか」


 初心者が空を飛ぶ練習をすることを考えたら、このポンコツフライングユニットでも要件を満たしていたのかもしれない。……いや、そうだとしても説明が足りないわ。

 そんなことは置いておいて、次の配送先はこの近くのはず。さっさと届け物を届けに行こう。




「ありがとうございました」

「いえいえ」

『称号【初心者配達員】を獲得しました』


 受けた配送クエスト全てを終わらせたら、なんと称号がもらえてしまった。確認してみるか。


称号【初心者配達員】

|あなたは多くの人に安全に荷物を届けた。

|ミニマップに届け先が表示されるようになる。

|――お届け物でーす


 地味に、いや、かなり便利だな。今までは渡されたメモ用紙を見ないといけなかったのがこれで解消されるのは結構デカい。エルストのマップ埋めはもうほとんど終わっていることも考えれば、これからは配達がより一層効率化されること請け合いだ。

 いや、別に配達員になりたいからこのゲーム始めたわけじゃないんだけどな……。

 金策の手段が目的と化してしまっているのは良くないな、切り替えて街の外に行く準備でもするかな。


「もし、そこのお方」

「私ですか?」

「ええ。あなたです」


 路地を歩いていると後ろから声をかけられ、振り返るとそこにはガタイの良い大男。腰には剣を携え、古びていても質のいいマントを羽織っていた。プレイヤー表示が無いので、彼はNPCか。


「この辺りで荷物や手紙を配達しているのはあなたか?」

「ええ、そうですが」

「なら、運んでもらいたいものがあってな」

『メインクエスト進行!手紙の配達』

「おあ!?」


 変な声が出てしまった。なんか配達員してたらメインクエスト進行したんだが?

 メインクエ進行ならここは断るという選択肢はないな。とりあえず受けよう。


「はい、どれを運べばいいのでしょうか」

「これだ。この手紙を、エルストの北にあるジフ村。その村長に運んでいただきたい」

「承りました」


 手を差し出して大男から真新しく綺麗な便箋を受け取る。封蝋はされている物の、紋章なり家紋なりが刻まれているわけではない。その代わりに、グレイというサインが記されていた。

 これは少し突っ込むべきか否か……。

 うん。この大男の名前を聞くくらいは許されるでしょ。


「あなたの名前はグレイでよろしいですか?」

「ああ、そこのサインにある通りグレイだ。村長にもそう伝えてくれればいい。完了報告はいらない、報酬は村長から受け取ってくれ」

「わかりました」

「では、頼んだぞ」


 大男はそう言って踵を返して去っていく。背中の広さや、立ち振る舞いを見るに、騎士か何かだろうか。メインストーリーのあらすじからメタ読みするとエルンダート王国の姫様お付きの騎士になるんだろうが、こういうメタ読みはあまりやらないほうが良い。

 とりあえず、不詳の剣士という事にしておくか。


「さて、街の外に出るとなれば冒険の準備をしないとね」


 今までの配達からそれなりの金額の報酬を受け取っているから、これで装備を整えられるはず。機械人マシーナの種族特性上、エネルギーが枯渇しない限りリペアユニットで回復し続けられるから、最優先は武器になるか。

 確か大通りに面した場所に機械人マシーナ用の装備が買える店があったはずだからそこに行こう。その内ドロップ品なりプレイヤー製の物が出回る可能性があるけど、まだサービス開始初日だからそういう物は期待できないしね。

 NPCとしかすれ違わない、僅かに暗い路地を縫って歩く。このエルストは無秩序に建物が乱立された歴史があるのか、中央の大通りといくつかの区画以外はかなり道が入り組んでいる。

 ミニマップが無ければ、絶対に迷うような道を抜けて、開けた一直線の大通りへ。

 辺りを見回して、自分と同じ機械人マシーナが集まっている場所へと近付いていけば、やはりそこに機械人マシーナ用のユニットが売っている店を発見。機械人マシーナプレイヤーの露店もその店の前に開かれているのを見るに、皆ここに集まっているんじゃ無かろうか?

 数十人しかいないのは、全体的に人気がないのか、外に狩りに行って少ないだけかは考えないことにする。不人気じゃないもん。


「どのユニットが効率良いんだ?というか、ユニット高い」

「エネルギーシールドが魔法攻撃を防いで、物理シールドが物理攻撃を防ぐんだよ」

「この特殊攻撃って?」

「無属性魔法と同じ扱い。属性で耐性減衰が無いから結構強い」


 皆がそう口々に雑談している間を縫いながら、彼ら彼女らの事を観察する。機械人マシーナはキャラクターメイキングの幅が広いため、かなり多種多様な外見をしている。私は光背を頭に乗せているが、プレイヤーによっては何もなかったりケモ耳がついていたりする。それなのに、髪色が何となく白や青の寒色か黒かと偏っているのはお約束って奴なのだろうか。

 因みに、フライングユニットを装備してるの私だけだったよ……。


「いらっしゃいませ」


 そんなことを考えながら武器屋に入ると、無表情の機械人マシーナの中性的な店員がお出迎え。艶の無い黒髪の店員から目を離すと、そこには様々な武器が納められていた。

 基本的に機械人マシーナの装備は金属光沢のない滑らかな素材の細長い直方体の中におさめられている。このゲームの世界観は機械があるタイプのファンタジーではあるが、メカメカしいものはこういう艶消ししたプラスチックにも似た物に収められている傾向にあるらしい。


「お探しのものは何でしょうか?」

「とりあえず見て回るので、後でまたお願いします」

「かしこまりました」


 店員さんからの言葉を断れば、彼か彼女かは美しい所作でお辞儀をしてくる。クールで可愛い。

 さっさと武器を決めるか。とはいっても、私とて数多のゲームを渡り歩いてきた。剣も銃もほとんど問題なく扱うことができる。なら、いっそのこと両方買うか。ユニットはエネルギー収支がプラスなら殆ど無制限に装備できる仕様だし。

 このゲーム、装備は基本的に無制限なのだ。剣士が何本も剣を携えていてもいいし、魔法使いが大量に魔術書を持っていても良いのだ。代わりにアイテムボックスはかなり狭い。バックパックを背負って行けってスタンス。

 そうと決まれば、近接攻撃ユニットカテゴリから、ブレードを。遠距離攻撃ユニットからガンを物色する。


ブレードユニット【ソード】ランク1

|物理

|ATK-10

|EC-0

|ただの鉄で出来た両刃の剣。そこまで切れ味は悪くはない。

|――素振りに飽きたら次はコレ。


ガンユニット【マスケット】ランク1

|物理

|ATK-8

|EC-0

|ただのマスケット銃。

|エネルギーを僅かに消費して鉛玉を発射する。精度はまあまあ。

|――こんなもの、的当てと一緒。


 う~ん!特筆すべき内容も無し!デザインもただの剣とシンプルなマスケット銃で、柄やストックにデザインも無い。

 まあ、一番最初に手に入る物と考えると、こういうものがある意味妥当なのかもしれない。それにしてもあまりにもシンプル過ぎて、EC、エネルギーコストすら0ってのが良いね。

 因みに、EPとはエネルギーポイント、マジックポイントの機械人マシーナバージョン。エネルギーコストとは、ユニット起動時に消費するのもので、装備するだけでは消費しなくていい。【スカイ】のECは20とかなりデカかったりする。

 これは流石に次の上のランクの物を買おう。


ブレードユニット【エナ・ソード】ランク2

|物理・エネルギー

|ATK 15

|EC 10

|鉄の刃の表面にエネルギークリスタルの回路を組み込んだ剣。

|エネルギーを込めながら斬ることで、追加の特殊ダメージを与えられる。

|――バリバリするぜ!


ガンユニット【エナ・ピストル】ランク2

|エネルギー

|ATK 10

|EC 10

|護身用のピストル。連射はできない。

|エネルギー弾を発射する。精度は少し悪い。

|――身を守るために、懐に忍び込ませておこう。


 遠近両方揃えるとなると、ECの圧迫が意外とシャレにならなくなってくるな。【サブ・ジェネレータLv1】を含めた現在の最大EPが120になってるから、【スカイ】のECが20も合わせると、圧迫がしんどくなりそう。

 この後防具や、索敵範囲を広げる常時ECを消費するタイプのユニットも装備したら戦闘中のエネルギー収支がマイナスに突っ込むんじゃないか?

 ええっと?まず、全力戦闘するとして、【エナ・ソード】と【エナ・ピストル】の起動でEPが100/120、ざっと防具を見た感じここからEP20ほど更に消費して、毎秒いくらかのEPを削る。これに加えて、ジェネレータが生成する分で毎秒EPが回復する。そして、【エナ・ソード】と【エナ・ピストル】の特殊効果を使ったら更にEPを消費するわけで……。


「エネルギー収支の計算ソフトとかないかな……」

「ありますよ」

「え?」

「まじ?」

「え、なんてなんて?」


 ふと呟いた声に後ろから店員さんの声が飛んでくる。そして、それに反応するのは、私と私の近くにいた他のプレイヤー達。皆、私と同じようにぶつぶつ呟きながら指折り計算してたから、この店員さんの発言は寝耳に水だろう。


「1000AUでエネルギー収支計算ユニットを購入しますか?」

「します!」


 私が手を挙げて勢いよく言えば、周りのプレイヤー達も口々に購入に殺到する。


『エネルギー収支管理ユニットがメニューに追加されました』


 早速、メニューに行ってエネルギー収支管理ユニットを起動する。


||Total Stock EP 120

||Generation EP 15/s

||Consumption EP 0/s

||EP Balance +15/s

|【メイン・ジェネレータ】

||Stock EP 100

||Generation EP 10/s

|【サブ・ジェネレータLv1】

||Stock EP 20

||Generation EP 5/s

|【リペアユニットLv1】

||EC 10

||Activation EP 20

|【スカイ】

||EC 20

||Consumption EP 20/s


 必須だろこのユニット!なんで標準搭載されてないんだ!

 そう叫びたい!


「必須じゃねえかこのユニット!なんでデフォじゃねえんだ!」


 ほら、お隣のプレイヤーもそう言っている。

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