第2話
さて、このエターナル・ホライゾンと言うゲーム。もちろん、メインストーリーがしっかりある。とはいっても、自由度が高いゲームなので、辺りを見回す限りプレイヤー達はメインストーリーを進めるよりも先に、あちこちへと探索しに行っているようだけど。
個人的な嗜好として、こういうオープンワールドではストーリーを先に進めたい派。なので、ストーリーを進めるために……。
「どこに行けばいいんだ?」
こういう分からない時はメニューを開くが吉。メニューを開いたついでにミニマップ表示などの表示設定をこなして、あらすじ欄を見つける。それをタップすれば、一冊の本が手元に現れた。
「これで読めってことか」
適当にページをめくってみて手触りを確認する。うん、紙の質感の再現がとても良いし、装丁もちょっと古めかしくて中々雰囲気があってよろしい。
公園のベンチに座って本を開くことにした。
『惑星テラ。
魔法が発達したこの星には、数多の種族がいた。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人……。
時に争い、時に協力し合いながら人々は暮らしていた。
そこに迫る悪しきモノ。
だが、誰もその影が忍び寄ってきていることに気が付かない。
不作が続いても、見慣れぬ獣が街道を闊歩しても、人々はよくある事だと思い込んだ。
それゆえに、悪しきモノはひっそりと、確実にテラを蝕んでいった。
聡い者が世界の危機だと声を上げても誰も信じなかったが、ついに多くの人間がそれを信じざるを得なくなった破滅がついに起こってしまう。
エルンダート王国が一夜にして滅んだ。
ようやく剣を取り、杖を取った時にはもう遅い。国々は分断され、人々は昏迷に陥った。
あなたは旅人だ。
あなたがどこから来たのか誰も知らないが、あなたは旅人の街エルストへとやってきた。
あなたは旅人だ。何をしても良い。
エルンダート王国が滅んだ謎を解き明かしてもいいし、悪しきモノへ挑んでもいい。
仲間と共に国を興してもいいし、もちろん、流浪の旅を続けてもいい。
旅人よ、あなたの行く先に幸あれ』
「ありがちな奴」
いやいや、今プレイしているゲームをそう揶揄するもんじゃありません、私。
ティザーPVを見た時はこのあらすじが渋い声で読み上げられながら、様々なロケーションを映してたから凄い良かったでしょ。
湖に浮かぶ街とか、切り立った崖に付き出す街、天空に浮かぶ城。あと、神話関係の古めかしい壁画とかも映し出されていた。考察も出来そうだなんて思っていたでしょ。
「紙に書き出すとこういうのってわくわくが減るんだ。そういうもの」
そう、いかな名作と言え、要約をただ渡されるだけではわくわくは減るもんだ。なんなら箇条書きしたらどれも似たり寄ったりさ、多分。
切り替えて、メインストーリーの第一話を見てみるか。確か、キャラクリ直後にムービーが挟まった気がするけど、速く飛んでみたくてスキップしちゃったんだよな。
『あなたは、旅人だ。
あなたがどこから来たのか誰も知らないが、あなたは旅人の街エルストへとやってきた。
そして、次の目的地のことを考えていると、一つの噂話が飛び込んできた。
エルンダート王国の姫様がここ、エルストにいるらしい、と。
あなたはその噂話が気になったが、亡国とは言え一国の姫と関りなど持てようはずもない。それよりも、今は次の目的地の選定と、必要な路銀を稼ぐ時だ』
「なるほど……」
プレイヤーは次の目的地が決まっているなら次にさっさと行ってもいい。決まっていようと決まっていなかろうと、とりあえずお金稼ぎをしに行けばいい。それで、この街にとどまり続けていたらお姫様に会えるようなフラグが立つかもよ。
みたいなメタ読みで良いのかな?うーん、有って無いようなメインストーリー。
「じゃ、とりあえず金稼ぎにでも行きますか」
と、本を閉じて立ち上がったのはいいものの、困ったぞ。武器がないので狩りに行けない。
「と、なると、街の中でアルバイトか」
うん。平和に行こうよ、平和に。
Tipsを見る限り、街中にある掲示板から依頼を受けられるようになっているらしいので、観光がてら掲示板を探しますかね。
プレイヤーの殆どがいない公園を出て、辺りを見回す。相変わらず白い漆喰が美しい街並み、石畳も綺麗に均されていて、ゴミ一つ落ちていない。
そんな道を適当に歩く。旅人の街と聞けば確かに、プレイヤー以外のNPCも旅人のように見えなくもない。
「お、見っけ」
水路脇にある掲示板を見つけたのでそれを覗いてみると、内容は荷物運びとかちょっとした家事手伝いなどなど、地域に根差したものがほとんどだった。そして、それらの依頼主を見る限り、この掲示板があるブロック付近に住んでいるらしい。
掲示板の場所によって受けられる依頼と依頼人も変わってきそう。
「最初は小物の配達でいいかな」
掲示板から紙の端を破り取ったのは、食器の配達依頼。そう難しいもんでもないでしょ。
早速依頼人の元へと行く。たどり着いたのは、木工職人の家。その扉を開けば、ニス臭さが鼻をくすぐる。
扉を潜り中に入れば、そこは暗い店。棚には幾つもの木の食器。それに埃が一つもかぶっていないのを見るに、よく店内は手入れされているのだろう。
「いらっしゃい」
「掲示板に貼られていた依頼で来ました」
店の奥から聞こえてくる声にそう応えると、店の奥がにわかにうるさくなる。そして出てきたのは小脇に挟める程度の木箱を持つ初老の男性。
「運んでもらいたいのはこれだ。場所はメモに書いてある」
受け取った木箱を脇に挟んで持って、メモを見れば簡略化された地図が書かれてあり、そこには配達先のしるしと受取人の名前が三つ。三つ!?
「じゃあ、よろしく」
三か所ですか?と聞く間もなく、男性は店の奥へと引っ込んでいってしまう。
「はーい」
とりあえず返事をして、店を出る。三か所かあ、ちょっと面倒くさいな。
左右を見て道の確認。そしてメモを見て、配達先の確認をする。
「うーん。どう回るのが一番早いかな……」
とりあえず一番近くの配達先に行こう。木工職人の家から何度か道を曲がって路地に入った所の家の木の扉をノックする。
すると出てきたのは折れた犬耳が特徴的なふくよかなおばあさん。
「お届け物です」
「ああ、はいはい。ありがとうございます」
小脇に抱えた木箱からこのおばあさんに渡す分の小箱を取り出して渡す。そして、笑顔でお辞儀をしてくる彼女に軽く会釈をして次の家へ。NPCの反応が自然だ。
また路地を歩いて行くのだけれど、この西洋建築立ち並ぶ細い路地を歩くのはとても心躍るもので。ただのお使いイベントであっても、かなり楽しめる。時々すれ違うNPCも様々な人種がいて、軽く挨拶をすればきちんと反応も貰える。
うん。歩いているだけでこのゲームをやってよかったと思える。
そして、そんな事を考えながら道を行くと、現れたのは水路。それも、結構幅広。
恐らくゴンドラが余裕をもってすれ違えるための幅なのだろうけど、そのせいで向こうに行くことができない。水路の上流下流を見ても近くに橋はない。
地図によれはこの水路を渡ってすぐの所が次の目的地なのに、橋を探すとなるとかなりの大回りになってしまう。面倒くさい、何とかできんものか……。
「……飛ぶか」
フライングユニットで重力を小さくして幅跳びをすれば5m以上は余裕で飛べるはず。
飛べるよね?
「いや、ぶっつけは駄目でしょ」
とりあえず、木箱を置いてから、フライングユニットを左手で起動する。いつものフィッという僅かな機械音と共に身体が軽くなる感覚。今回は空を飛ぶ必要はないから、重力は四分の一くらいまで下げるだけにする。
そして、その状態で軽く走って……。
「いや、走るの難しいな」
通常の重力の感覚で走ろうとすると体が上下に動いて上手く走ることができない。となれば踏み切る直前で重力を小さくするのが良いか。やはり予行練習は必須だな。
フライングユニットを起動しつつ、浮力がほとんど0になる様に出力を調整。その状態で小走りになり、踏み切った所で左手をひねって重力を下げる。
「おおっ!」
軽く踏み切っただけで、凄い飛んだ!
ジェットコースターや、フリーフォールで感じるような内臓が浮く感覚を味わいながら、石畳に着地。それと共に重力を元に戻す。
振り返れば、3mは軽く飛んでいたし、高さもかなり出ていた。
「街中だからエネルギー消費も当然なし」
これなら行ける。
置いておいた木箱を小脇に抱え直し、水路から垂直方向の路地に入って助走距離を確保する。そして、走る!
「さん、にい、いち!」
掛け声と共にに水路の縁に足をかけ、思いっきり踏み切りつつ、フライングユニットの出力を上げる!
重力に囚われない私の体は高く舞い上がり、走った勢いで前へ前へ進む!
「飛んだ!」
自由飛行とは言えないけど、確実に今、私は飛んでいる!
少し目線を下げれば、高速で後ろに流れて行く水路、そして前を向けば迫りくる向こう岸と、家の壁。
「家の壁!」
飛び過ぎだ馬鹿野郎!
ほとんど0Gで踏み切って走り幅跳びしたら飛びすぎるに決まってるだろアホウ!
かなりの速度で迫りくる白い漆喰の壁。走り幅跳び中に方向転換も、すぐに着地するは不可能。いや、重力を元に戻せば行けるけど、変に落下するよりはこのままの勢いのまま、壁にとりついた方が良い!
左手と右足を突き出し、向こう岸の壁になんとか軟着陸。それと共に、すぐさま重力を半分くらい戻して、ゆっくりと安全に着地。
「危なかった……」
あともう少し判断が遅れたら、壁に顔をぶつけるところだった。
「でも」
振り返って、今飛び越えた水路を見る。やっぱり結構な幅があるそこを、今、私は飛び越えてきたのだ。
空を飛んだとは口が裂けたとしても言えないが、その第一歩として、これは数えていいんじゃなかろうか。
「楽しかったな」
まだお使いクエストの最中だ。さっさとこの木の食器を届けてやらないと。
次の目的地はもうすぐそこ。さあ行こう。
私はどうしても足取り軽やかに、ニヤニヤとする顔を隠すこともできずに次の家に向かうのだった。
……重力半分なんだからそりゃ、足取り軽いわ。忘れないうちに戻しとこ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます