蒼穹を翔けろ!~仮想世界の空を飛ぶために必要なものは何ですか?~
ATライカ
第一章 森から来たる軍勢
第1話
青空の下、がやがやと人混みが騒がしい大通り。
大通りに面する家々は白い漆喰と骨組みの木の茶色が美しい。
少し目線を下げれば、人間と、人間じゃない種族、エルフやドワーフ、獣人などが楽しそうに会話をしている。
ふと視線を横にすると、ガラスに映った自分の顔が見えた。
真っ白な肌と真っ白なストレートの長い髪、目が合う瞳は空色。そして何よりも目立つのは、頭の上に光る天使の輪、もしくは光背と呼ばれるもの。
うん。リアルからほとんど顔を弄ってないけど、良いね。
両肩から下げられた光沢少なく、なめらかな質感の黒く細長いユニットは、この種族の最も特徴的なもの。
そう、フライングユニット!
エターナル・ホライゾンと言うゲームを始めるにあたり、私が選んだ種族は機械人、カタカナ語でマシーナらしい。
魔力ゼロの代わりに、様々な外付けユニットを適宜取り換えてその場その時にあった武装を駆使して戦うことができる種族。
機械なので魔法の影響がなく、味方のバフだろうと、敵からのデバフだろうと受け付けないとのこと。後、睡眠食事が不要だったりもして、基本的に一人で役割が完結している。
逆に言えば一人で完結しているからパーティプレイに不向きだったり、器用貧乏になりがちではあるのだけど。
まあ、そんなのはどうでもいい。フライングユニットだよ、フライングユニット。
このゲーム、プレイヤーが空を飛ぶことができるのだ。
私はCMとティザーPVで見たプレイヤーが空を飛ぶシーンを見て、一目惚れをして、このゲームを始めている。
オープンβ版で発見された空を飛ぶ方法は三つ。魔法使い系装備の箒、空を飛ぶモンスターへの騎乗、そして
そして、この中で一番小回りが利くのが、
ふふふ、ガラス越しに映ったフライングユニットだけでもうすでにわくわくする。
「あっ」
店内の人と目が合ってしまった。
逃げよ。
ニヤニヤしてたの見られた……、恥ずかし……。
さて、やってまいりました、始まりの街の中にある公園。今はプレイヤーが外へ出ていくか、冒険の準備をしているかで人影は無し。NPCっぽい街の住人がちらほら見えるくらい。
「さて、練習するか」
聞くに、フライングユニットのみならず騎乗を含め、空を飛ぶということの扱いはかなり難しいらしい。β版を配信していたライブを見る限りだと、箒で空を飛ぼうとしていた人はかなり四苦八苦していた。恐らくフライングユニットもそうだろう。
それなら、何も消費しない街中で色々練習しないといけない。
さて、まずはフライングユニットの起動をしないと何も始められない。
今私が装備しているユニットは、増設した【サブ・ジェネレータLv1】とフライングユニット【スカイ】、それから回復用の【リペアユニット】。どちらもキャラクターメイキングでもらえる初期装備であり、前者は
「ええっと、親指と人差し指を叩いて、ジェネレータの確認」
呼び出したチュートリアルの通りにしてみると、視界の端にジェネレータの現在の状態が表示される。今はエネルギーが満タンであることと、素で持っているメイン・ジェネレータが起動していること、【サブ・ジェネレータLv1】が動いていない事が確認できた。
「なるほど……、これはステータス確認しんどそうだな」
一人で完結している種族なので、戦闘中でも自分で常にエネルギー収支を見続けないといけないのはかなり大変では?
いや、MP管理と同じか。MPと違って自力回復を続けるのがエネルギーの差別点であり、強みでも弱みでもある。強みとしてはもちろん無尽蔵のリソース、弱みはポーションなどで即回復することができない点。一概にどちらが強いとは言えない。
「その内慣れるか」
ま、そんなのはどうだっていい。私は空が飛びたいんだよ、空が。
フライングユニットの起動コマンドの初期設定は、左手の親指、人差し指、中指を二回素早く合わせる、と。
「フライングユニット、起動」
ぶぅん……
背中のフライングユニットの僅かな起動音と共に、一瞬の振動。そして、一瞬の浮遊感とかかとが浮く感触。これがアイドリング状態。
後ろを振り返ると、肩にのった黒く細長い直方体が真ん中から開き、青い光を放っていた。綺麗。
「ふふふ……わくわくが止まらない……」
ちょっと前に体重をかけてみるか。
「お、おおっ?」
なんとなくの押された感触と、重心の高さがそのままで重力なくつま先だけで歩く奇妙な感覚。
「あ、これ、怖いな?」
β版での評判では、『箒とフライングユニットはクソ怖い』だったな。いや、これ普段の歩く感覚と違い過ぎてかなり怖い。
まあ、まあ、まあ、怖いのは分かってるんだ。大丈夫大丈夫、すぐ慣れるさ。
「高度を上げるのは確か……」
左手親指と中指を合わせながら、手首を捻る。だっけ。
「とりあえず指を合わせて、ゆっくり、ゆっくりぃぃぃ!!」
後ろのフライングユニットからフィッと機械音が鳴った瞬間、背中を引っ張り上げられる感覚。そして足が浮き、前へと空中で無理やり前転させられる!ヤバいッ!
そして、急激に迫る緑色の地面!
「ぶべっ!」
無様に顔面着地してしまった……。ヤバいと思って、慌てて高度を下げる方に手首をひねったから墜落した、のかな……。
ゲームだからそこまで痛くはないけど、かなり怖い。
左手でフライングユニットの電源を落としつつ、口の中に僅かな草の渋味を感じながら、顔をあげる、何人かがこちらをチラチラとみてきているが、無視無視。
ため息をついてしまいながら芝生に座って、辺りを見回す。
結構広い公園だけど、自分のようにフライングユニットの練習をしている人はいない。もっと範囲を広げて魔法使いが箒を練習しているわけでもない。
これはあれだな?怖いってのが先行して広まったから人気がないな?
確か、セーフエリアや街中では掲示板にアクセスできるんだったか。
「チャットオープン」
キーワードコマンドで掲示板を開き、同じように空を飛ぼうとしている人がいないかを検索してみる。すると、『飛行騎獣、仕様が変わってる模様』と言うスレは出てきたものの、同じように
『最優先ユニットってどれ?』と言うスレを覗き見た所、
必須・リペアユニット
一位・近距離攻撃ユニット
二位・ジェネレータ増設
三位・シールドユニット
四位・遠距離攻撃ユニット
五位以下、お好み
と結論付けられていた。フライングユニットのレス?無いねえ……。
私だって、初期装備でリペアユニットとジェネレータ増設はやってるから、そこまで逸脱してないもん!
三つの初期装備はそれで埋まってるから武器は持ってないと言う問題点はありますがね。
「さて、もうしばらく頑張るか……」
なんだかテンションも落ち着いてきたな。とりあえず、50cmは宙に受けるようにはしよう。
あ、因みに、魔法使い系ジョブには空飛ぶ箒は仕様変更も相まって簡単に乗れると人気らしいですよ。やったね、仲間が増えたよ。増えたか?
その後しばらくフライングユニットの練習をするも、これが難しい難しい。公園の木に片手を付きながら、10cmほど浮いてみるだけで怖いわ、安定しないわ、即墜落するわで、まったく上達しない。
「いや、視点を変えよう」
上達しない時、分からない時は基礎から見直す。これ大事。
まずはアイドリングから見直そう。
「フライングユニット、アイドリングへ」
口に出してゆっくりやるのも大事。左の指を叩いてアイドリングに入れる。
僅かな浮遊感と共に、かかとが浮く。流石にこの感覚には慣れた。
「この状態から前に体を向けると、進んで、後ろに体を向けると下がる」
よし、地に足先を付けていればこれはもうできる。
さて。この状態は一体どういう状態なのかをもう一度よく考えてみなければならない。フライングユニットは肩に接続されていて、左右一対。そして、前後に動く時は押される感覚と、僅かに足が付きつつ大体平行移動。
つまり?
「あー……つまり、アイドル状態は重力加速度を打ち消す分だけ上昇しているって感じ?」
それならば、だ。しっかりバランスを取りつつ、ひざを折り曲げたら浮くよね。
「重心をずらさずに、足をゆっくり……」
ゆっくりと地面から少し足を浮かせる。すると、浮いた!
「浮いた!アッ!」
一瞬喜んだのもつかの間、重心がズレて一瞬にして制御を失ってしまう。まあ今回は大丈夫、僅かに足を浮かせただけだし、問題なく着地。
「アイドルで重力がちょうど0って事は……」
公園の木に右手を添えながら、アイドリング状態から、手首を回して下降の方へと持って行く。すると、地に足の裏がペタッと付くことになる。多分、この状態は、重力加速度が半分くらいになってるはず。
「ジャンプをすれば二倍くらい飛べるはず」
しっかりと右手を木に当てながら、足の裏で軽くジャンプ。
すると、予想通りに通常の倍近く飛び上がれて、普通よりはゆっくりと地面へと墜ちていく。
「なるほどぉ!」
何となくコツがつかめてきたぞ。次は重力を7割くらいカットして、一気に飛び上がり、木の枝へと捕まる。
すると、簡単にぶら下がることができた。そして、しっかりと腕に体重はかかっている物の、それは余りにも軽い。
「ここでアイドリング」
すると、腕にかかる荷重が無くなり、簡単に懸垂することができる。そして、木の枝が胸元にある状態でそっと手を離せば……。
「と、飛んでる!」
重力をマイナスの方向にせずに釣り合いがある状態だと、ちゃんと飛べる!
「ただ、問題は……」
しっかりと木の枝に掴まり直して考える。この【スカイ】というフライングユニット、欠陥品なのでは?
常にフライングユニットが地面と垂直方向に力を加えるような物だったら、何の問題も無いものなのだが。一方でこの【スカイ】は、肩から下げられたフライングユニットと平行上向きだけに、力を加えている。
「だから、すぐにバランスを崩すんだろうなあ……」
肩に直接ついているせいで不安定なのが一番の大問題。加えて、地面に寝転んでフライングユニットを起動したら地面を滑っていくだろう。周りの目が有るからやらないけど、ほぼ確実にそう。
「これは初期装備故の仕様なのか、フライングユニット全てがそうなのか……、組み合わせで色々できるようになるのか……」
これは探索をするなり、ストーリーを進めないといけなくなったぞ。
「ふふふ……、そう来なくっちゃ」
最初から全て手に入ってしまうとこれがMMORPGである必要が無くなってしまう。やってやろうじゃあないか。
「……とりあえず、上方向に大ジャンプする練習でもするか」
その後、上昇しながらジャンプしたら、高速で木の枝に脳天を打ち付けて墜落したのはご愛敬。
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