第6話
「さてと」
しばらく空を見上げた後、体を起こす。草原に寝転んで、青空を眺めながら風を感じる至福の時間は終わり。ドロップ品の確認をしないとね。
「草原オオカミの肉、草原オオカミの毛皮、草原オオカミの牙」
うん!使えなさそう!
いや、ユニット製造に必要なアイテム自体知らないから使えるのかもしれんけど。多分鉱石が必要になりそうだし、ユニットそのもののドロップも生物からは望めそうにないのでは?
そもそも、このゲームのドロップの仕様も知らなかったわ。武器が直接落ちるタイプなのか、素材だけが落ちるタイプなのかちゃんと見ておけばよかった。
「何回か狩って見ればわかるでしょ」
抜きっぱなしだったエナ・ソードを杖代わりにして立ち上がり、こちらを草花の間から睨みつけている草原オオカミに切っ先を向ける。視線をずっと感じてたんだよ。一匹ならそう怖くはない、今回はこちらから攻めさせてもらおう。
彼我の距離は10mほど、その距離を走って詰めに行けば、受けて立とうと言わんばかりに草原オオカミもこちらに走って来る。この犬っころの攻撃手段は飛び上がるか、足元を狙ってくるか、ならその両方に対応できるようにエナ・ソードを横に寝かせる。
「ガウァ!」
「下!」
草原オオカミが吠え、足元を狙ってきたのを、横にすれ違いながら横に寝かせたエナ・ソードを下方向に傾けて奴の大口の中を狙う。ユニットのスキルも発動させて、バチバチと音を鳴らす刃は見事に草原オオカミの口を真っ二つに引き裂いた。
『クリティカル!』
「ギャッ!!」
『草原オオカミを倒しました!経験値を獲得します』
一撃、いいね。
ダメージ計算式がどうなっているのかな。0距離でクリティカルを発生させたエナ・ピストルで葬れなかったことを考えると、これは物理ダメージと特殊ダメージ両方が入ってるのかな?
速度補正もありそうだし、この辺りのダメージ計算式がどうなっているのかも気になるところだけど、そこは真面目な検証プレイヤー達に任せよう。
「しばらくは剣振って行くか」
残りのEPを確認しながら、リペアユニットを起動する。
『リペアユニットLv1を起動します』
システムメッセージの後に、EPが減り、HPゲージが増える。そして、EPがゆっくりと回復していく。このリソースの無限さが
抜いたまんまの装備を鞘とホルスターに戻してから、一撃で葬った草原オオカミのドロップ品を確認する。
マント【草原オオカミの毛皮のマント】ランク2
|DEF 3
|草原オオカミの傷がない毛皮。
|獣臭い。なんとなく、草の匂いもする。
|――野生の匂い。
「へぇ!装備が落ちるタイプなんだ」
アイテムボックスから取り出すと毛皮のマントは結構大きく、背の高い私でも問題なく羽織れるマントだった。生きている間の草原オオカミはあまり良い色じゃなかったけど、マントになると緑色が入って、ちょっと明るいウグイス色といった感じになっている。
羽織るとなると、フライングユニットの上から着ることになるから、装備欄からセットしてみよう。
「あー、変わらずユニットの上に羽織るのか」
まあこれはこれでいいけど、ちょっと臭う気がするから常用はしたくないね!
とはいえ、マスクデータが好きらしいこのゲーム開発陣のことをメタ読みすると、この装備はこの草原で装備しておけば隠密にボーナスが付くんじゃなかろうか。
草原オオカミの鼻を誤魔化せるとかそんな感じで。
「……レベル上げ優先かな」
今はレベルも上げておきたいからマントは外しておこう。エナ・ソードのクリティカルで瞬殺できるなら、効率は悪くないでしょ。
「頑張ろ」
草原を北上しつつ、時折襲い掛かって来る草原オオカミを処理していると、遠くの方に森が見え始めた。そして、その森と草原の境界線辺りに、いくつかの建物も。推察するに、林業か狩りで生計を立てている村なのだろうか。
「いい加減じゃま」
『草原オオカミを倒しました!経験値を獲得します。
レベルアップ!あなたはレベル7になりました!』
草原オオカミを狩りまくって何とかレベル7。ここまでかなり長かった。草原オオカミで上げる事が想定されているレベルは5から6くらいになってるっぽい。
途中から草原オオカミが二体同時に襲い掛かってくるようになってるのに、レベル6から一向に上がらないレベルに違和感を持ち始めたころになると、あれだけ狩ったんだから、このままレベル7まで行きたいと欲が出る。
そんな、いやらしいレベルデザイン。
「スキルは……、と別にあとで良いか」
こうやって次に取るべきスキルを確定できずにずるずると後回しにしてしまうのは、大体なんでもできてしまう
「プレイスキルをもう決めないといけないな」
だからこその、レベル5になればジョブで方向性を決めろって事なんだろう。
レベル7に上がったことだし、気休めに草原オオカミの毛皮のマントを被って、もう見えているジフ村へと急ぐ。すると、やはりと言うかなんというか、マントを被って道を歩いていると、本当に草原オオカミが襲ってこない。
アイテムに明確な効果が書かれてなくて、曖昧に書かれているのは試行錯誤してくれってメッセージだと受け取ろう。そうしよう。
歩いていくうちに、ジフ村と森がどんどん大きくなって行く。建物の数をおおよそ数えて見るに、ジフ村は人口が数百人くらいの規模の村。一方で、その村が面する森は東西にかなり広がっていて、相当の広さがあるようだった。何が出てきてもおかしくはない。
『発見:ジフ村』
やがて柵で囲われた村の入り口に立つと、システムメッセージが現れる。よし、流石に別の村だよって言われたら、落ち込む自信があった。
別に村の門番がいるというわけでもないらしいので、臭いマントだけを装備から外して柵の切れ目から村へと入る。
その村の家々は木造むき出しで、屋根も木の板で作られているようだった。村人もやはり二百人前後はいるようで、とはいえ柵の中という広くはない場所に密集しているので以外と活気があった。
「お、プレイヤーの方ですか?」
村の観光をしがてら村長の家らしき場所を探していると、声をかけられる。振り返ると、そこには身の丈ほどの杖を持ったエルフの魔術師らしい男。
「はい。プレイヤーですよ」
「ああよかった。自分一人しかここに来ていないのかと」
エルフの男は金髪を耳にかけながら、明らかにほっとした様子でそんなことを言い始める。
「どういうことですか?」
「ああ、ため口で良いですよ。実は俺メインストーリーの進行でここに来たんですけど、他のプレイヤーが一向に来なくて不安になってたんですよ」
「ああ、そういうこと。私もタメでいいよ」
私の手紙の配達もメインストーリーのクエストでここにきているけど、彼の言葉を信じるに他のプレイヤーは全然来ていないらしい。不思議だ。
「俺はベッツ、見ての通りエルフの魔法使い。よろしく」
「こちらこそ、私はミディ。
ベッツは杖を見せつけながら腰から下げられた専用のホルスターに入った本を叩いて見せる。私は、まあ、見れば明らかだろう、両手を広げる。
すると、ベッツは私の頭の上に目を向けてきた。
「やっぱ、キャラクリの範囲広いのいいよな」
「いいでしょ」
閑話休題、今知っておかなければいけないのはメインストーリーの道筋なのに、ここに人が全然いないことだ。
「で、ベッツはどういった進行でここに?私は街の配達の仕事をしてたら、グレイって男にここの村長に手紙を配達してくれって言われて来た」
「手紙?俺は護衛の仕事だな。元々色んな杖を物色していて、どこで作ってんだ?ってショップの店員に聞いたらここを教えてくれて、『ついでだし護衛任務があるぞ』って」
「全然違うな……」
「だな」
ベッツと私のクエスト進行は全く違う。共通しているのは、街の人と深く交流していたという事だろうか。そうなると、ここに来るプレイヤーが少ないことはある程度納得できる。
大抵のプレイヤーは今はレベル上げや、次の街に行くことに奔走していて、街のクエスト消化を後回しにしているだろうからだ。
「考えられるのは、大半のプレイヤーが次の街に行こうとして、エルストを探索していないって事だろうね」
「ああ~、なるほど」
ベッツは私の意見に頷いて納得する。逆に言えば勢いが落ち着いてきてエルスト探索をし始めたら、ここに来るプレイヤーも増えるという事だ。
「ま、明日になれば人も増えるでしょ。私はクエスト終わらせてくるから」
「おう。じゃあな」
私がアイテムボックスから手紙を出して、それを振って一旦のさよならを言う。それにベッツも手を振ってくれた。
「とはいえ……」
少し疑問が残るのは確か。
なぜ、手紙の配達と、護衛任務、そしてジフ村がメインストーリーにかかわるのか?
「はてさて、いかがしますかね」
どう考えてもジフ村が重要地点。しばらくはこの辺りでレベル上げでもしておこうかね。
その前に手紙の配達があるから、村で一番立派な明らかに村長の家ですって家へと真っすぐ行く。ミニマップにも配達先が表示されているけど、一応道すがら村人を捕まえて問いかければ、やはり村長の家。
早速ノックして、もしもし。
「誰じゃ?」
ノックの後に現れたのは老年に差し掛かった男性。頭の禿げや顔のしわが目立つが、かなり体がしっかりとしていて、背筋も伸びている。グレイとの関係性を考えると、この人も軍に所属していたのかもしれないな。
「こちら、グレイと言う方からのお手紙です。ご確認ください」
「ふむ?グレイから?」
村長は私から手紙を受け取ると、その場で封を開けて手紙を開いてしまう。ここはにこにこと笑顔を作っておいて、棚ぼたの情報を期待しよう。
すると、村長は手紙の内容を読み進めるごとに、顔のしわを深めていく。深刻な内容だったのかな?突っ込むか。
「どうなされました?お手伝いできることなら、助けになれます」
「……いや」
村長は手紙に視線を向けたまま、僅かな返事を返してくる。ふむ、どうやら内容は中々重い物らしい。
「そうか……」
村長はそう呟いて手紙を折りたたんで封筒へと戻す。そして、最初に出会った時よりも老け込んだ表情でこちらを向いた。笑顔を返しておこう、可愛いでしょ?
「お主は旅人か?」
「ええ」
「エルンダート王国に行ったことは?」
「残念ながら……」
首を振って応えると村長は大きな溜息。手紙の内容はエルンダート王国に関する物かな?
「手紙を届けてくれた礼をせんとな。少し待っておれ」
「はい」
村長が家の中に戻っていったのを見送ると、感じていた後ろからの視線に振り返る。そこにはベッツは何かを聞きたそうな表情で立っていた。それには、笑顔のまま、唇に人差し指を立ててから、あっちへ行けと手を振る。
話の共有はしないといけないと思うけど、ここで一人増えて場ががややこしくなるのは嫌なんだよねぇ。
「待たせた」
「いえいえ」
村長からは革袋を手渡される。中身はAUの硬貨かな。思った以上にもらえてびっくり。
「お主はこれからどうする?」
「と、言いますと?」
おや?何か不穏な問いかけ。ここは情報を引き出しておきたい。
「エルストに戻るのか、また別の街へ行くのか?ということだ」
「うーん」
悩む声を上げながら後ろを振り返って、ジフ村を見回してみる。すると、夕方に差し掛かり始めている時間だからか、森の方から集団で歩いてくる樵らしい男達が見えた。彼らは怪我をしているらしい男に肩を貸しているようだった。
ふむ、森の奥に何かがありそうな予感。
ならば、答えは一択。
「里山に興味がありまして。というのも、こう大きい森が無い所で生まれた物ですから。しばらくここに逗留しようかと」
「そう見るものなどない。……あまり村の皆に迷惑をかけないように」
村長は僅かに迷惑そうな表情をして、明らかに私のことを追い払おうという雰囲気。
そんな顔しても出てきませんよ。
「いえいえ、旅人ですから心得ておりますとも。村の方々にはご迷惑をおかけしませんし、里山に入る時もお手を煩わせません」
「……そうか。長居は無用じゃ」
村長は諦めたのか溜息。そして、話はこれで終わりだと言わんばかりに家の中に引っ込んでいってしまった。
私も一応閉まった扉に軽く一礼してから、家から離れる。そして、しばらくなんてことはないように歩いて、村長宅の死角に入ってから、唯一の知り合いの名前を呼ぶ。
「ベッツ」
「ほいほい」
家々の間から出てきたのは何かを聞きたそうなベッツ。さて、情報共有と行きましょう。
ベッツに先ほどの会話と、村長宅から偶々見えた樵の集団について語ると、彼は思案顔で顎を撫で始める。
「う~ん。森の中に何かあるのは確実だろうが、俺は探索が苦手なんだよな」
「それに関しては、私が索敵系のスキルを取ってるから大丈夫」
「そうか?ああ、ユニット付け替えで色々できるんだったな」
「さっき貰った報酬もあるしね」
さっき貰った報酬と溜まったスキルポイントをやりくりすれば問題なく準備は整えられるだろう。そのためには、エルストにいったん帰らないといけないが、そこはファストトラベルで何とかしよう。
「ところで、この村のファストトラベルのポイントは?」
ベッツにそう問いかけると、彼は難しい顔になる。おい、マジか?
「この村にチェックポイントは無い」
「……」
絶句。ゲーム内時間はもう夕方だし、ゲーム外時間ももう良い時間だぞ。これからエルストに行って装備整えて、とんぼ返りはかなりきつい。夜の草原なんて流石に歩けない。
「……今日はもうログアウトするよ。明日の朝からマラソンするよ」
「そうだな。俺もフレンド連れてくるわ。メイン進んでるって言えば来てくれるだろ」
今日はもう終わり!寝る!
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