夢のような体験
西順
夢のような体験
夢のような体験をした。こう書かれると大抵の人間は夢オチを思い付くだろう。だが私の体験は夢のようで夢ではない。
私はとある女優のファンである。こう書くと付き合ったのか? 結婚したのか? と騒ぐ人間がいるだろうが、私はそこまで夢想家ではない。端的に言えばとあるテレビ番組の企画でその女優と会う事になったのだ。
その番組は視聴者のお願いを叶える番組で、視聴者はどんなお願いを叶えて欲しいかメールを送り、番組の司会者が生放送中に送られてきたメールの中から一通無作為に選び、それがどんなに無茶なお願いでも、番組が総出で叶えると言うのがコンセプトの番組だ。
そんなもの、無作為と喧伝しておきながら、最初から仕込まれている一通を司会者があたかも知らぬ顔をして選んでみせているのだろう? と私も思っていた。一縷の望みを賭けて番組にメールを出すまでは。
そして生放送の最後に、司会者がプリントアウトされたメールの束が入ったボックスから私のメールを取り出し、私の名前を読み上げた時、私の頭には「?」が浮かんだのだ。いつの間にやら拝んでいた両手は強く握り締められていて、赤くうっ血していた。そしてスマホが振動しだして心臓が止まる程びっくりしたのを覚えている。メールに電話番号を記載していたから、司会者から掛かってきたのだ。
☆ ☆ ☆
女優に会う。しかも私が会いたかった女優は、アイドルグループから卒業して女優になった人で、ドラマの宣伝などでバラエティ番組に出る事も少なくなかった。中々ぶっ飛んだトークを繰り広げていたのを今でも覚えているし、何なら録画を観直す事もある。
一般人からしたら難題だが、芸能界に関わりを持てればそれも確率が上がる。なので私は制作会社に入社した。下っ端ADから始め、ディレクターになった所でその女優が芸能界を引退した。まだ彼女が二十二歳の時だ。理由は色々と囁かれたが、すぐに次の話題が押し寄せて、誰も興味を抱かなくなり、その女優は忘れさられていった。
女優が引退して五年になる。私は既に制作会社から退職し、一般企業で働いていた。そんな私なので、メールが選ばれた事が正に夢のようだった。こう言った番組の場合、事前に色々リサーチなどをして、少なくとも実現可能なメールだけを選んでボックスに入れているはずだからだ。つまり、私のメールが読まれた時点で、女優に私と会う意思がある事を物語っていた。
☆ ☆ ☆
私のメールが読まれてから、テレビ局で色々打ち合わせをして一ヶ月後、私は台湾にいた。その女優が台湾人だからではない。女優は生粋の日本人だ。だが台湾と言う事は現在台湾で暮らしているのだろうか?
高雄の六合夜市に彼女はいた。椅子に座って大きなエビが五匹も刺さった串焼きを食べていた。憧れの女優との出会いがこれは、中々にエキセントリックだが、アイドル時代からこんな感じだったし、テレビの中と素の姿が変わらないと分かって嬉しかった。そしてエビを頬張る彼女は可愛かったから良し。
同じエビの串焼きを注文し、彼女の向かいに座ると、高鳴る胸の鼓動を抑え込みながら、色々と彼女に質問していった。
「今、何をされているんですか?」
「叔母がセレクトショップをしているから、その手伝い。世界中回って、服の買い付けをしているの」
へえ。セレクトショップは個人経営の服屋で、経営も難しいと聞くが、台湾の夜市でのんびりエビの串焼きを食べているのだし、生活に困らないくらいは稼いでいるのだろう。
その後もあの映画が良かった、ドラマが良かった、アイドル時代のあの歌が好きだ、とファン丸出しの会話をほぼ一方的に繰り広げ、私は最後に肝心な話題を彼女に切り込んだ。
「何故、女優をやめて、芸能界を引退したんですか?」
「え? 私引退した事になっているの?」
…………何ですと?
「単に事務所とソリが合わなくなってフリーになっただけのつもりだったんだけど。それで仕事が無くなったんだ」
エビの串焼きを食べ終わった彼女は、串をブンブン振り回しながら、プリプリ怒っている。私はそんな彼女を横目に、カメラを回すスタッフの方を振り向いた。頷いているのでどうやら本当の話のようだ。まあ、あの事務所、最近になってゴシップ誌に色々悪事がすっぱ抜かれて評判ガタ落ちだし、きっと彼女もその被害者の一人と言う事なのだろう。
「まあ、世界中回れて、各国の美味しい物が食べられるし、奇麗な服を見て回れるから、このままでも問題ないんだけどね」
先に食べ物の話が出てくるのが彼女らしい。何であれ、私の夢のような体験は、私がエビの串焼きを食べ終わるとともに幕を下ろした。
その後、彼女の姿をテレビや映画で再び観るようになり、女優として引っ張りだことして返り咲いた彼女は、国内外の映画賞の授賞式でレッドカーペットを今日も歩いている。
夢のような体験 西順 @nisijun624
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