第5話 決着 高速少年

 邁進する鎧騎士。バイパスも終盤。残りは一キロにも満たない。このまま突き進めば自身の勝利。勝負には勝ったが、清輝を打ち取ることは出来なかった。だがしかし鎧騎士はそのことに一切の後悔もなかった。

 既に桐生清輝は自身の起こす怪異に取り込まれている。彼自身の意志に関係なく、再びこのバイパスに現れる。その時討ち取れば問題はない。


 そう思った矢先のことだった。首筋に斬り裂くような痛み。否。痛みはない。ただの幻。


 鎧騎士は後ろを見る。遙か彼方に追い抜いて行った桐生清輝がもう視認できる距離にまで迫っていた。考える。その速度、気迫。必ず自身が終着点に到達するより先に清輝に捕まる。そうなれば自身の負け―――。


 鎧騎士は一つの賭けに出た。僅かに速度を緩める。それは傍目から見たらわからないほどの僅かなもの。だが徐々にその速度を落とす。清輝に理解されないギリギリのラインで。

 残り二百メートル。ついに桐生清輝は鎧騎士の背後を捉えた。


『ほう。よく我の疾走に追いついた。見事と讃辞を送ろう。だが我を倒さねば抜くことは出来ぬぞ。貴殿にそれが出来るのか?』


 清輝は鎧騎士の問いに答えない。否、答えられない。彼の神経思考全ては加速、その一点にのみ研ぎ澄まされている。


 加速し続けるその運動エネルギーのまま、勢いに任せ跳躍。それは今までの跳躍の中で最速最高のもの。鎧騎士の頭上遙か彼方…。


 桐生清輝の跳躍。それに合わせるように鎧騎士は今まで抑えていたスピードを解放した。急加速。それによって生じる結果はただ一つ。鎧騎士へと向かうはずの跳躍はただ虚空を進むのみ。


――かかった!!


 己が策が成就したことを確信した鎧騎士。間合いを外された清輝の跳躍は今最高到達点ピークに達した。あとは放物線上に落下するのみ。


 如何に桐生清輝が速かろうと足場がなければ自慢のスピードは出せれない。鎧騎士はタイミングを見計らう。狙うべきは回避不能の薙ぎ払い。方向転換不可、避けることも不可、刀で受け止めるのも不可。完全絶対のその一撃。それに対して清輝はただ只管に、〝加速″した。


 バゴンッ!! 清輝の後ろから踏み抜く音。道路標識を足場にし、桐生清輝は空中で更なる加速をした。それは絶対の一撃だったはずの薙ぎ払いを越え、鎧騎士の頭上をも越えた。


「――沈め」


 言葉と同時に鎧騎士の頭上からの唐竹割り。一筋の閃光が鎧騎士、そして騎馬の正中線に走る。


「――見事」


 その一言と共に鎧騎士は夜の闇に霧散していった。


「――っと」


 危うげなく着地。そのままゆっくりと落ち着けるかのように桐生清輝は速度を落としていく。戦いは終わった。同時にこの馬鹿げた競争も。


 気がつけばバイパスの終着点。タイムは 9 分ジャスト。タイムレコードを遙かに上回る新記録。けれども清輝はそんなこと知りもせず、「疲れたー!!」と叫びながらアスファルトの上で横になった。



N 県某市 O バイパスの走り屋たちの間にはこんな伝説がある。一人の少年が鎧騎士とタイムアタックを行い勝利した。その時叩き出されたタイム 9 分ジャストは誰も越えることが出来ない。地元住人はその少年に畏怖と尊敬を込めてこう呼ぶのだ。



――高速少年と…。


その話を聞き一人の少年が頭を抱えたのは言うまでもない。




―――これにて終幕

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桐生清輝の冒険 高速少年編 山﨑或乃 @arumonokaki

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