第4話 鎧騎士
深紅のポルシェ。車好きでない一般人でも耳にしたことがある押しも押されぬスーパーカー。加賀義彦の愛車だった。
魔のバイパス。徐所に速度を上げる。鎧騎士が現れる条件を満たしつつある。義彦は後部座席の桐生清輝に声をかける。
「おそらくもう少しで鎧騎士が現れる。覚悟はいいな清輝」
「もちろんだぜ。義彦さん。アンタも手筈通りに頼むぜ」
「任せとけ。ヘマはしねぇ」
バックミラーに映る桐生清輝は一本の刀を抱え不敵な笑みを浮かべている。その顔つきに微かな安堵を覚えたのも一瞬だった。義彦の顔が強張る。
「来たぜ清輝」
『中々良い走りをする。我とひと勝負しようではないか?』
二人の脳裏に声が響く。義彦は急いでバックミラーを見る。背後に巨大な鎧騎士。思わず義彦の額に冷汗が浮かぶ。
「いいぜ、来いよ鎧騎士ぃ」
『その答えを待っていた!! 行くぞ』
走り出す鎧騎士。義彦のポルシェを抜かさんと疾走する。
「なーんて言うかと思ったか。行け清輝!!」
急ブレーキ。高速走行をしていた義彦の身体に激しいGが襲う。
『戯けが!! 勝負を捨てたか!?』
一気に義彦の車を抜き去った鎧騎士。勝負を捨てる行為をした愚者に、怒りの鉄槌を振り下ろさんとしたとき、義彦の車から影が走りぬける。
急ブレーキをかけた義彦。そのままハンドルを横に切る。慣性プラス遠心力。ドアを開け清輝は飛び出した。ロケットスタート。先行していた鎧騎士の背後にすぐさまついた。
「悪いな、鎧騎士ぃ。テメェの相手はこのオレ桐生清輝だ!!」
『フハハハハハ!! 成程真打登場というわけか。だがしかし馬にも乗らず、貴殿の足だけで我が騎馬に追いつくことが出来るかな?』
疾走そして跳躍。空中でその手の刀を鞘から抜き放ち、鎧騎士を斬りかからんと迫る。
『ちいぃ』
すぐさま反応。その手のロングスピアが清輝を射抜かんと迫る。その刺突を清輝は刀で切っ先をずらしその反動で横に跳ぶ。着地そのまま疾走。互いに位置は同じ。先行する鎧騎士。その背後で追い抜かんと迫る桐生清輝。
「どうだい? オレはお前の〝敵″か?」
『成程。先程の非礼は詫びよう。確かに貴殿は我と勝負するに足る者だ』
莞爾と笑う鎧騎士。ようやく自身と互角に戦える存在と出会えた喜びかはたまた…。
「オレのファーストアタックは防がれた。だが全てを防げるとは思うなよ!!」
『貴殿こそ、如何にその疾走が速かろうと我を抜くことは出来ぬと知れぃ!!』
夜空を金属音と火花が飾る。超越者桐生清輝に速度で勝てるものはいない。だがしかし依然先行するは鎧騎士。
あくまで桐生清輝が勝てるのは速度のみ。そう〝速度のみ”なのだ。鎧騎士の卓越した槍術が桐生清輝の速さを封殺していた。
清輝は焦る。バイパスはもう中盤に差し掛かっているにも関わらず、自分は鎧騎士に弄ばれている。
――ここ!
何度目かの清輝のアタック。跳躍。そして斬撃――には届かない。それより先に鎧騎士の穂先が迫る。舌打ちと共にずらしかわす。着地と同時に加速し、騎馬の足を狙うも槍の薙ぎ払いが彼を襲う。完全な千日手だった。
山を抜ける。巨大なコンクリートの柱が支える〝橋″。大きくカーブを描いており、眼下の街を、そして遠くの海を一望出来るそれはまさに空中路。
鎧騎士が仕掛けたのはそこだった。
『ふはははは。いいぞ素晴らしい桐生清輝。だが貴殿よ、これをどうかわす!?』
――なんだ? 何を仕掛ける!?
今までの攻防。その全てが清輝が先手で行われていた。鎧騎士から攻めるのは初めてだった。
槍による攻撃?
――いや違う。あれは俺が近づかなければならない。あえて近づき先行していることのメリットを消すことはしない。投躑もかわされる算段が高く、武器を失うデメリットが大きく現実的ではない。
騎馬による踏みつけ
――もっと論外。あれは相手が前にいて初めて意味のある攻撃。いまのこの状況には当てはまらない。
カーブに差し掛かる。騎馬の怒号。尾を振り乱し吠える。幾本もの尾毛が清輝の前に飛ぶ。
それは口だった。尾毛が一瞬で肥大化。口のみの化け物となって清輝の視界を埋め尽くす。刀を振るう。軌跡は追えない。月明かりに瞬く閃光のみがかろうじて認識できるのみ。
「こんなんじゃ足止めにも――」
ならないぜと続くはずの言葉は喪われた。清輝の視界から鎧騎士が消えた。
どこだ!?
一瞬の思考の空白。彼の直感が答えを告げた。
道ではない。その横の何もない筈の虚空へと目を向ける。それは飛翔だった。
『ふははははは。何も跳躍が貴殿だけの専売特許ではないのだ』
鎧騎士が行ったのは一言でいえばショートカット。空中路のカーブを跳躍し、直線に進む。ただそれだけ。だがしかしそれの与えた効果は大きい。清輝と鎧騎士の距離は大きく離された。
鎧騎士もわかっていた。口での攻撃では清輝の足を止めることすら出来ない。故に目隠し。このショートカットを安全に行うための一瞬の空白。目論見は果された。コンクリの沈む音。無事に着地そして疾駆。
鎧騎士は思う。この距離では決して清輝は自分に追いつくことが出来ない。だが鎧騎士はほんの少しも安堵しない。わかっているのだ。桐生清輝のポテンシャルは計り知れない。油断すると追いつかれる。故に全力。僅かたりとも力は抜かない。
残された清輝は吠えた。
「クッソタレーーー!!」
思わず出た悪態。逆転手を思考する。鎧騎士の行ったショートカットは、清輝には無理だ。あれは速度と踏み込む強靭な足があってこそ出来る芸当。速度は満たしても、圧倒的に筋力が足りない。だったらどうするか。思考し続ける頭脳とは裏腹に彼の本能が答えを出した。
―――加速。
超越者になる以前、清輝本来の力が雄叫びを上げる。
加速。そうだ加速。ショートカット? そんな邪道不要。ただ只管に加速。それが現状を打破する唯一にして絶対の答え!!
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