第15話
魔導銃を中に向けるシルエに、動きを止めて目を見開く住人。
ナナリーもシルエ同様に銃口を向けながら、中の人数を確認していた。
(他の組も……、問題はないようだな)
スイクンは二人から数歩後ろで、他の組がヘマをせずに小屋に突撃できたか確認してから小屋に踏み入れた。
「聖痕……」
スイクンの手の平にも刻まれている紋様と類似したもの。
「間違いないわね、傷付きよ」
銃口を向けられた住人の男の一人が両手を上げながら声を震わせる。
「ま、まってくれ! 急になんだってんだ。教国軍の軍人がどうしてこんなところに」
脂汗を浮かばせながら、その瞳には不安の色が見えた。
殺気はない。
本当に工作員なのか? それとも、相手を油断させるための演技?
今のスイクンにはどちらとも取れないが、それでも自分らが優位に立っていることだけは理解できている。
「白々しいわね、シルバン公国のスパイが。お前たちがここを拠点にしていることは掴んでいるのよ」
銃口を男から下げないシエラに「スパイ……。そんな俺たちが」と呟くがいまだに飲み込めていないようだ。
「シルエ、スイクン、机の上に何かのリストらしき資料を見つけましたわ」
小屋の中を探っていたナナリーが机の上に広がっていた数枚の紙を拾い上げながらスイクンとシエラに見せつける。
「ナナリー、そこには何が書いてある?」
視線を男から一切外さないシルエに代わって、スイクンがナナリーに問うた。
「ええっと……、これは街にあるお店の店名と従業員名簿、でしょうか。その他にも色々名前が書かれていますわ」
「違う! それはっ!」
男が声を裏返してナナリーが持つ資料に手を伸ばした。
「動くなと言ったはずだ薄汚い傷付きが!」
目を細めたシルエが男の伸ばした腕を打ち抜いた。
「ぐあっ!」
鮮血を撒き散らしながら膝をつく男に、周りの住民も一気に緊張と恐怖に圧し潰される。
幼子は泣きわめき、それを抱く母親はあやすことも忘れ悲鳴を上げる。
「ナナリー、それは証拠として持ち帰るわよ。他にもなにかあるか探して」
「分かりましたわ」
床を流れるどす黒い血に、スイクンは目を背けながらナナリーとともに探索する。
「他にもリストのようなものがあるね」
スイクンが拾い上げる紙にも多くの名前が羅列されていた。
(やはりスパイ、なのか)
スイクンも彼らと同様、聖痕が刻まれた勇者の末裔である。
そんな彼らがテレンジア教国に潜伏し情報収集をしていたことに胸が苦しくなった。
(僕も同罪だ……。僕も彼らと同じ人種なのだから……)
彼らの工作は、シルバン公国とテレンジア教国の両国の争いを激化させる一因である。
どうして彼らもシュテルン連邦国の住民のように互いに手を取り合って平和な道を歩むことができないのだろうか。
それがスイクンには堪らなかった。
「……だめ、だ。このままだと俺たちの同胞が……」
腕を打ち抜かれ、いまだに血を流し続ける男がまるで覚悟が決まったように呟いた。
そして一つ深く息を吸うと、
「うぁぁああああ!」
打ち抜かれていないもう片方の腕を伸ばし、ナナリーへと飛び込んだ。
「っ!?」
ナナリーは咄嗟に横跳びし、床を転がりながら男の手を避けた。
それもそのはず、男の伸ばした手の平には聖痕がありそれが今は淡く灯っている。
傷付きが相手に接近して行う攻撃は一つ。
「インパクト!」
手の平の一点から魔力を放出させる打撃。
それは鋼鉄の壁すらも貫くほどの威力を持っている。
「ナナリー! くそっ、いま動きを止めるっ!」
シルエは一つトリガーを引くと、銃口をわずかにずらしてすかさずトリガーを引いた。
青白い光が男の両太ももを貫き、男はバランスを崩しながら壁に顔から衝突した。
「今だ! お前たちはここから逃げろっ!」
しかし男の狙いはナナリーになかった。最初からインパクトをぶつける対象は木造の小屋の壁だったのだ。
至近距離において凄まじい威力を持つインパクトが、小屋にぶつけられたならどうなるか。
「まずい! シルエ、ナナリーすぐに小屋から出るんだ!」
スイクンは勇者殺しの剣を抜き、出入り口のあたりを叩き破りながら外へと横跳びした。
シルエとナナリーもスイクンからわずかに遅れて、彼が作ってくれた大きな穴から転がり出て、崩れ落ちる小屋の瓦礫から避難した。
スイクンの手には無機質な剣身。
瓦礫の奥には、森の方へと逃げていく赤子を連れた女や他の住人が見えた。
シルエとナナリーが逃げていく人影に銃口を向けるが、崩れた瓦礫と一緒に巻き上がった砂塵でうまく照準を合わせることができないようで射貫くことができない。
「ダメッ! 当たらない!!」
「こちらもです! 砂埃が邪魔でうまく見えません!」
焦るようにトリガーを引き続けるシルエとナナリー。
他の組が突撃した小屋も同様に、住人に抵抗されているようで小屋から飛び出してくる者や、建物に火を点けその混乱の隙に逃げ出す者。スイクンらが対峙した男のように小屋を崩す者など辺りには混乱が広がっていた。
(経験が浅い僕たちにはまだ早かった……)
だが早かった、で済まされることではない。
木が燃え立ち込める煙や巻き上がった砂塵、視界はかなり悪く魔導銃で撃ち続けたとしても、何人かは仕留めることができるだろうが他の多くは取り逃がしてしまう結果になるだろう。
「また誰かが死んでしまうことになるなんて、いやだ」
スイクンは恩師であるメイビス教授を救えなかった。今でもはっきりと覚えている。大量の血を流しながら虚ろな瞳を浮かべるメイビス教授の死に顔を。
逃げた彼らがもたらす情報が、スイクンにとってのメイビス教授のような誰かにとって大切な誰かの命を刈り取ってしまうかもしれない。
ここで彼らを捕まえなければ、より多くの血が流れることになる。たとえ相手が同じ勇者の末裔だとしても、同胞だと言われようとも。
スイクンの、剣を握る手に力が込められる。
『勇者殺し、起動。遠方にて複数の対象を確認。パタルヌ、モード「マルチアンチ」。各照準は使用者の感覚共有にて行う』
勇者の末裔は勇者殺しの剣を抜く すずすけ @suzum9270
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