第14話

「ゲ、ゲイル=ラミアス中尉!」


 シルエは驚きの声の後すぐに敬礼を取り、上官であるゲイルに挨拶をする。横のナナリーも同じくすぐに敬礼した。


 二人から遅れてスイクンが敬礼するが機敏な動きではない。


「貴様の日々の様子は聞いている。マシューの計らいもあるのだ、今後もやつの顔に泥を塗ってくれるなよ。俺も貴様のことは一人の軍人程度の戦力として期待している」


「はい」


 ゲイルは鼻を鳴らすと「昼食の時間だろう、行っていいぞ」と残し歩いていった。

 スイクンはゲイルに対し嫌な奴だという認識しかできておらず、今後も相容れることはないだろうと思った。


「今のって、ラミアス中尉よね? すごいわねスイクン、中尉から直接言葉をかけられるなんて!」


 反して興奮しているのはシルエ。

 シルエやナナリー、彼女らにとってゲイルやマシューは雲の上の存在のようで挨拶を交わすだけでも光栄なのだという。


「シュテルンにいた時に会ったことがあるから。……僕は苦手なんだけどね。なんか冷たくて怖いんだよね」


「そこがいいんじゃないの! あの冷徹な目で冷静に物事を判断する思慮深さ、フランクなバレル中尉と並び立って良いコンビなのよ!」


 食堂へ向かいながら目を輝かし、身振り手振りをしながら全身で話すシルエ。


「あら、シルエはラミアス中尉とバレル中尉のどちらの推しなのかしら?」


「推しって……」


 あくまで上官にすぎないだろうあの二人は、とマシューとゲイルが推しという概念の対象になっていることについていけないスイクン。


「私は断然ラミアス中尉ね! ほら私の性格ってどちらかというとバレル中尉に似ているじゃない? だからよくバレル中尉と自分を置き換えて、ラミアス中尉とのコンビで任務にあたる妄想をするの! きゃー!」


 興奮して自分の妄想癖を公開しながら叫声を上げるシルエに「シルエの新しい一面が見られましたね」とスイクンにのんびり話しかけるナナリー。


「それよりもお腹がへったよ僕は」


 スイクンは二人を流すことにした。

 スイクンは時々二人を理解できないこともあるが、まさしく今がその時だった。そういったときは話を流すことに決めていた。





「全員傾聴!」


 スイクンら訓練生が起立して並ぶ中、前方に立つ教官が声を張って口を開く。


「今日は普段より実践的な教練を行う」


 これまでアカデミーの敷地内で完結してきた教練だったが、教官が言うには外部での教練をおこなうということらしい。


 外部ということで皆に緊張が走ったが、だからといって動揺で声を漏らすといったこともない。


 皆直立不動で静かに教官の指示を確認する。


「テレンジア教国の国境付近でシルバン公国のスパイと思われる傷付きが集まる拠点を確認した。今日の教練は三人一組の小隊に分かれて、スパイ拠点の壊滅を目的とする」


(スパイだなんて。仮にそうだとしてなぜ僕たちにさせるんだ?)


 スイクンは上等兵という立場ではあるが、シルエらと変わらず経験の浅い訓練生であることに違いはない。


 そんな失敗の恐れもあるような者らに教国の脅威ともなりえるシルバン公国の工作員を当てるだろうか。


 周りがシルバン公国の工作員を壊滅させる任務にかなり意気込んでいる様子を見せるが、スイクンだけは懐疑的だった。


 とはいえ、疑念を抱いたところでスイクンにはどうすることもできない。拒むことも許されない。


「教国において、敵国シルバン公国に益を与えるスパイ行為は処刑対象の重い罪である。敵は抵抗してくることが予想される」


 抵抗。

 つまり戦闘になるということだ。


「君らには臆しないでもらいたい。敵工作員の生死は問わない。目的は組織の壊滅にある、敵工作員の命を奪ったからといって咎めることは一切しない」


 スイクンの手が震える。


「無事に目的を果たしてもらいたい。すぐに三人組を形成し出発することにする。以上だ!」


 教官が去ったあと、皆姿勢を崩して各々に近くの人間と話し始める。


「スイクン、一緒に組みましょう」


「私もご一緒してよろしいですか?」


 シルエとナナリーがスイクンのもとに現れる。


「うん、一緒にいこう」


 スイクンとしてもあまり知らない人間と行動するよりもやりやすい。即座に了承し三人で行動することに決めた。


 訓練生の全員が三人組を組んだところで教官を先頭に、列をなして工作員がいるとされる場所へ向かった。


 街からは遠く離れ、木々が鬱蒼としている中を歩く。

 それでも人が通った跡があるようで、二人分の幅で道が出来ていた。


「こんなところに道ができているなんて」


「やっぱりこの奥にいるのでしょうか?」


 教官の話とはいえ木々が鬱蒼とした森をくぐる時には、誰もが入手した情報が嘘なのではないかと疑ったほどであった。


 教官が「すでに近いんだ、あまり大きな声を出すな」と注意しながら速度を落とさず歩き続ける。


 そのまま歩き続けること数分して森を抜ける。じめじめと肌にまとわりつく気持ち悪い空気は消え去り、スイクンの目の前には開けた空間とそこに何棟と並ぶ木造の小屋が見えた。


「対象はあそこにいる。では事前に話しておいたように指定時刻に一斉にとりかかるように」


 目的となる小屋に対し、各組が割り振られている。

 スイクンらは中央から少し奥に建てられた小屋が割り振られていた。


 腰につけられた剣の柄を手で触りながら、スイクンは抜かないことを願った。両隣で潜んでいるシルエらは魔導銃を手で触りながら、初の実戦に対する緊張を紛らわせているようだった。


「……時間ね」


 呟いたのはシルエ。

 と同時に、訓練生の全てが一斉に駆けだす。


 なるべく足音を立てないよう抜き足のような足さばきで対象となる小屋へと向かう。

 ドアの前までやってきたスイクンは、耳を当て中の様子を窺った。


「……物音と、微かな話し声。間違いない、中に人がいる」


 話し声からしてこちらの動きにはまだ気づいていないようだ。

 スイクンはドアの前をナナリーに譲ると、


「鍵を頼むよ、ナナリー」


「おまかせください」


 鍵に向けて魔導銃を向けるとすかさずトリガーを引いた。

 バンッと青白い光が施錠を打ち抜き、次の瞬間にはシルエがドアを蹴破る。


「動くな! 私たちはテレンジア教国軍よ、お前たちのことはすでに把握している。無駄な抵抗はやめなさい!」

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