第13話
〇
「次、スイクン上等兵前に出ろ」
「はい」
スイクンは勇者殺しを、黒手袋を嵌めた手で握り指示されたように前に出る。
スイクンから少し距離を離し、向かいにもスイクン同様にテレンジア教国軍の軍服を纏った青年が立っていた。
彼の手には小型の銃のような武器がおさまっていた。
「では、始め!」
教官の合図とともに前に駈け出すスイクン。
獲物が剣では、まずその間合いに入り込まなければ攻撃もできない。
死んだような無機質な剣を横に構えながら、驚異的な瞬発力でスイクンが飛び込む。
「近づけさせない!」
対する青年は銃の照準をスイクンに定めトリガーを引く。
瞬間、青白い光がスイクンを狙い奔る。
魔力により強化されたスイクンの身体は、砂塵をまき散らしながらサイドステップでその光を避けた。
「これを避けるか」
青年は銃口をスイクンに合わせながら次々にトリガーを引くが、そのどれもをスイクンは身のこなしだけで躱していった。
「ちょこまかと。そんな前時代的な魔装武具で!」
銃から次々に光が伸びるがそれらがスイクンに当たることはない。ただ後方の壁を穿つのみで青年にはまるで光の方がスイクンを避けているような気までしていた。
「直線的な動きはもう少し近づいた後で」
スイクンは左右に身体を動かしながら徐々に青年に近づいていく。
剣身の五倍くらいの距離まで近づいたころだろうか、近づくにつれ青白い光を避けることは困難となっていくものだがスイクンは事前に察知しているようによけ続ける。
スイクンの軍服を掠ることもできず、青年の顔には冷や汗が浮かぶのみ。
(いけるか?)
スイクンのギアがもう一段階上がった。
次のトリガーを引かれる前に、スイクンの身体は瞬間移動したように剣が届く懐にまで接近していた。
「っ!?」
横から剣を振ったスイクンの勇者殺しは青年の首元まで残りわずかといったところで動きを止める。
「そこまで!」
教官の合図に剣を下げるスイクンと肩を落とす青年。
「さすがはマシュー=バレル中尉が推薦しただけはあるな。遠距離戦闘武具を身のこなしだけで退けるとはお見事だスイクン=ホーク上等兵」
「はい……」
教官に拍手をされながら褒められるスイクンだが、その顔に喜びはない。
会釈だけをして後ろへと下がっていった。
「次、——」
スイクンが下がったあとも教官の合図で二人の青年が前へと出て、同様に戦闘を行っていった。
ここはテレンジア教国にある訓練学校、通称アカデミー。
教国軍の軍人を育成するための機関である。
マシューに連れられたスイクンは、アカデミーに入校させられて軍での必要最低限の教養を学ぶよう指示されたのだ。
「さすがねスイクン。あんな動き、逆に捉えられるほうがおかしいわ」
スイクンの横に並んだ少女もまた軍服を着ている。
軍事にあまり明るくないスイクンは、ここに来るまで軍隊に女性がいることは想像できていなかった。
なにせ男のスイクンでもかなり辛い訓練が課せられているのである。それを同じだけやってのけるには身体能力的なハンデがある女性には大変だろう。かなり強い意志がなければ乗り越えることができない。
しかしここにはスイクンの想像を超えた数の女性軍人がいた。
「スイクンのその身体能力は生まれつきなの? 教官含めて誰もスイクンの動きができないほどのものよ、それ」
スイクンに話しかける少女——シルエがその大きな瞳でスイクンを覗き見る。
「僕のは、生まれつきかな? あんまりこれまで身体をこうして動かしてこなかったんだけど、やってみたら出来ただけで」
こめかみのあたりを爪でかきながら、スイクンはぎこちなく笑った。
「スイクンの出身はどちらだったかしら? もしかするとスイクンの生まれ故郷に秘密があるのかもしれませんね」
シルエを挟んだ並びに垂れ目のおっとりとした雰囲気を持つ少女、ナナリーが考えるそぶりを見せながら話しかけた。
「前はシュテルンにいたよ。最近テレンジアに移ってきて」
生まれはシルバン公国だが、嘘はついていない。スイクンはそう自分に言い聞かせた。
「シュテルンって言いますと、この前大きな騒ぎがありましたわよね? 教官や他の上官方が何やらざわざわしていたのを覚えていますわ」
「うん、僕がこっちに来たのもちょうどその時で」
スイクンの言葉でばっとシルエが身を乗り出してきた。
「もしかしてその騒ぎの時にシルバン公国の軍人を一人倒したっていうのがスイクン?」
「どういうことですか? シルエ」
「小耳にはさんだのよ。シュテルンの一般人が傷付き軍人を一人やっつけたっていうのを。その青年がここに来るって言っていたのよね」
「盗み聞きはあまり感心しませんが……。そうだったんですの、どうりでスイクンは入隊後すぐに上等兵になられたのですね」
ナナリーは手を広げて驚いた素振りを見せてから、スイクンを優しい目で見つめながら褒め称えた。
「偶然、だよ」
いまだに残るジャレンスを両断した感触にスイクンは僅かに震える右手を左手で覆い隠す。
「なに言っているのよ! それは自慢していいことだわ! 私の村だったらみんな喜んでお祭り騒ぎになっているくらいよ」
「なんの訓練も受けていないスイクンはきっと勇敢に立ち向かわれたのでしょう? 本当に素晴らしいことですわ。もっと詳しく聞きたいくらいですもの」
「そう、かな。あんまりまだ実感がなくてね。僕もその時のことは混乱していてほとんど覚えていないし他に話せることはないかな」
スイクンとしてはあまりあの件については話したくはないのだ。スイクンにとっては辛い出来事であったし、話せばぼろが出る恐れもある。
こうして仲良く話ができているシルエとナナリーだが、彼女らも末裔のことは良く思っていないらしい。がそれも当然のことだろう、強い意志を持って軍に入っているのだから彼女らが末裔を良く思っているわけがない。
「そっか。それは残念ね」
身を乗り出していたシルエが壁に背もたれると、ちょうど実技訓練の終了を伝えるベルが鳴った。
スイクンらは昼食のため廊下を移動していた時、目の前には彼の見知った顔があった。
「スイクン=ホークか。少しはマシな顔つきになったようだな」
きりっと鋭い目つきをした男。
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