第12話
「仕方ない、で国のために戦った勇敢な戦士を殺めた人間をなんのお咎めもなしに受け入れるのか? 君はあの死んだシルバン軍人の親の前でもそれを言えるのか?」
マシューは敵国シルバン軍人の肩を持つつもりはまったくない。これはスイクンに自身と向き合わせるため、そして現状におけるテレンジア教国における最大の利益はなにかを考えた上での発言である。
「……」
スイクンは口を閉ざし、顔を伏せた。
「ゲイル、本部に連絡を入れてくれ。『勇者殺し』一本の奪還と一人入隊推薦をしたい者がいるとな」
ゲイルは「なんで俺がしなければならんのだ」とぼやいたが、スイクンと自分では場が持たないと判断し席を立ちあがった。
「……どうして戦争なんかするんですか。みんなシュテルン連邦国の人たちみたいに協力しあって生きていけばいいじゃないですか。ここではできることをどうして」
「ああ、俺もそう願っている。遠い理想だがな」
「こんな互いにいがみ合って、そんなのでいつ戦争が終わるっていうんですか。平和な世の中が戻ってくるっていうんですか!」
軍人を目の前に言うことではない、そんなことはスイクンも理解している。だが吐き出さずにはいられなかった、不条理な現実とそんな真っ只中に自分が放り投げられた状況に。
「……何も分からないくせに調子に乗るなよ貴様」
ドアへと向かっていたゲイルの足は止まっていた。
ドアノブに伸ばされていた腕を戻すと、スイクンを振り返り殺さんばかりの眼力で睨みつけ歩み寄った。
「おい止めろゲイル」
突然のことに驚くスイクンだが、そんなことは気にせずゲイルはスイクンの胸倉をつかみ上げた。
「終わるさ。戦争は終わる。敵を全て討ち取れば平和な世の中は戻ってくる! 俺たちはそのために今も戦っている」
それだけを残し、ゲイルは足早に部屋を出ていった。
二人きりになった部屋には重苦しい空気が漂っていたが、そんな中マシューが口を開いた。
「あいつの両親は傷付きに酷い仕打ちを受け続けて亡くなったんだ。ほとんど嬲り殺しみたいなもんさ」
「えっ……」
「誰もが共に手を取り合える平和な世の中を願っていた。だがな、もう修復不可能なところにまできてしまっているんだ。ゲイルもそうだが俺もそうだ。俺にはゲイルほどの背景はないがな、苦しい思いはしてきたし多くの死を見てきた。そしてこの手は何人もの血で血塗られている」
そしてスイクンも不慮の戦闘だったとはいえ、一人殺してしまっている。
「さっき君に対し俺が発した言葉は、同時に俺に対してもゲイルに対してもまだ見ぬシルバン軍人に対しても言えることだ。並んだ墓標の一つ一つにそれを謝罪し受け入れてもらえるのか、世界はそれを受け入れるのか? 俺にはどんな方法を取ればそれが可能となるのか分からん。きっとお偉いさんたちもそうだろうさ」
マシューは続ける。
「簡単な方法が一つだけ浮かんだ。それが、手を取り合えない敵は全て滅ぼすことだった。それが手っ取り早く確実な方法だ。謝るべき相手もいない」
「……それじゃ大量の血が、人が死んでしまうじゃないですか」
「だろうな。だが、それが果たされた時、俺たちテレンジアなのかシルバンなのかは分からんが、残った国には平穏が訪れるのさ。俺はそれがテレンジア教国に訪れてほしいと思っている」
「僕にはそんな考え方はできません」
マシューは「そうだろうな」と呟いて、深々と背をもたれた。
「一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
先ほどまでの真剣な声色ではなく、どこか砕けたような口調。
スイクンはそれに警戒しながらも質問を受け入れた。
「僕に答えられるものであれば」
「そうか、それじゃ聞かせてもらう。君、いま渇きを感じていたりするか?」
「渇き? いえ、先ほど紅茶を飲みましたので全然喉は渇いていません。それにそんなことに気が回るような状況でもないので」
スイクンは皮肉げに答えるが、マシューは一切気にする素振りもなく「そうか」と呟いて続けた。
「君、傷付きだろ?」
「っ!?」
「あー、失礼。当の本人を前に蔑称は良くなかったな。カラー? 末裔? どの呼び方が適しているのか分からんが、まあ聖痕があるんじゃないか?」
マシューは黒手袋を嵌めているスイクンの右手を指さした。
「なんで急に、そんなこと」
「まあ、なんとなくな。別に警戒しなくてもいい。俺はゲイルと違ってスカーだからどうこうするってつもりもないしな。だが、一応は入隊を推薦する立場なんだ、人となりくらいは知っておかなければならんだろ」
短い時間だがマシューと言葉を交わしたスイクンは、彼がそれを知ったところで誰かに言いふらすことはないだろうと判断した。スイクンの希望的観測に過ぎないかもしれないが。
それでも遅かれ早かれ発覚しているに違いない。なにせこうして短い時間言葉を交わしただけで指摘されたのだから。
黒手袋についてはタリアやカイが聞かれたことがあった。
その時は、二人を騙すようで罪悪感を覚えたが火傷をしているのだと誤魔化して切り抜けたこともあった。
「はい、そうですよ。僕は勇者の末裔です」
スイクンは手袋を外し、聖痕をマシューに見せた。
「やはりな。だが、これでさらに聞きたいこともできた」
「なんですか」
スイクンはすぐに手袋を嵌めなおす。
「聖痕なんてここでは珍しくもないだろう。どうしてそんな手袋をして隠している?」
「それは言えません」
それ以上は一切話すつもりもないと、スイクンはきっぱりとマシューの質問を断った。
「ふむ。まあ、いいか。俺が知りたかったのは君に聖痕があるかどうかだけだからな」
マシューはカップを傾けて口を潤して一息ついた。
「そろそろゲイルも戻ってくるかな。スイクン、聖痕のことは隠しておいた方がいい。理由は言わなくても分かるな?」
「はい」
「こんな話をしておきながらあれだが、俺も君を巻き込んでしまって罪悪感を覚えないわけでもないんだ。君の入隊後も俺は出来る限り便宜を図るつもりだ」
「……」
「君の理想が間違っているとは思わない。正しいとさえ思う。だが、それを君が追うにしても命あってのものだからな」
スイクンが返答する前にドアが開かれゲイルが入ってきた。
「連絡を済ませた。とりあえずの本国も状況は把握したようだ、俺たちもすぐにテレンジアに戻らなければならん」
ゲイルはスイクンに目を落とし「こいつも届けなければならんしな」と冷たく放って、マシューとスイクンに席を立つよう促した。
「行こうかスイクン」
スイクンはタリアとカイの二人にちゃんとした別れもできないことを悔やみながらシュテルン連邦国を離れた。
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